旅の始まり


「はあ、何でこんな事になっちゃったのかなぁ〜」


 依頼受注を終えて、

 一人我が家へ帰る。


 人通りが少なくなってきた道を歩く。

 遅い足取りでとぼとぼ進む。


 基本的に僕に友達はいない。


 パーティメンバー作りには失敗し、

 学校でも静かに席に座って暇していた。


 エナはギリギリ友達に入るかもしれないが、

 仕事以外の話は一切していないのでお互い知り合い程度の認識だろう。


「確かに僕が壊したのは事実だけど、普通椅子の上に野放しにしておくかなあ? 絶対机に置くでしょ」


 たまたま椅子の上に支部長のアーティファクトが置いてあった。


 仕事に疲れた支部長にも注意が足りなかったかもしれない。


 誰も来ないだろう、来たとしてもそれがある事には気づくだろうと考えてそのまま支部長はお手洗いへ。


 そこへ、たまたま依頼を終えて疲れ果てた僕がよろよろしながらテーブル席にやってくる。


 アーティファクトがある事には特に気づく事はなかった。


 下を見ずに上だけを見ながら椅子に勢いよくドーン!!


 そして、一年の時を経て今に至るという訳だ。



「でも、壊しちゃったのは僕の注意不足のせいだし……やっぱり行くしかないのかな〜」



 支部長一割ヴァン九割といった所だ。

 支部長はとっくに謝礼金を譲渡じょうと済み。


「残りの借金、あと何だっけ、370金貨?」


 支部長の持つアーティファクトはそれはそれはとても高価なものだったようで、

 それを売れば豪邸ごうていが買えてしまうと言われていた品だった。


 約一年学校の放課後、

 休日等の合間をって冒険者ギルドに足を運んでいる。


 そうしてもなお、

 まだまだ終わる気配を感じられなかった。


「一年で20金貨という事はこれをあと18回繰り返せば、お、終わる訳か……」


 ちなみに、この世界の通貨は上から金貨、銀貨、銅貨で成り立っている。


 金貨はゴブリンの群れを10殲滅せんめつすれば相当すると言われている価値だ。


 毎日毎日雑業ばかりしてきた僕にとって、

 それは大偉業とも言えるような無理難題むりなんだいだった。


 遅い足取りがさらに遅くなっていく。


「今回のは達成報酬たっせいほうしゅう20金貨。これじゃあ必死にやってきた自分を笑いそうになっちゃうよ…」


 一年間の努力がこの一つの依頼だけで済まされると考えると、自分が馬鹿みたいに思えてしまう。


 ひくひくと口角が上がるのが分かる。


 そんな事を考えていると、

 一軒の薬屋くすりやが目に入ってきた。

 

「…あ、そうだ。出発に備えてポーション買っておこう。家に余ってなかったかもしれないし」


 なけなしの金が入った袋をじゃらじゃらさせながら、

 ヴァンは何があっても良いようにポーションを買いにその薬屋へ入っていった。


 会計の席に座る老婆ろうばが見えてくる。


(あれ?ここの店員さんって変わったのかな?)


 前に訪れた時と違う店主に違和感を覚えるが、

 すぐに気にしなくなる。


 旅に必要な物を購入こうにゅうする為ポーションの置いてあるコーナーへ向かった。


 色とりどりのポーションがたなに並んでいる。


「スタミナポーション、回復ポーション……なにこれ、ば、爆発ポーション? 何でここにおいてあるんだ?」


 購入するポーションを選ぶ。

 手に取ってその効果を確認する。


 今持っている金で買う事ができるのは最大で3つまで。

 確実に役に立つようなポーションが欲しい為、

 ヴァンは慎重に選択する。


「うーん、いまいちわからないなあ」


「では、私が選んでやろうか?」


「え? 良いんですか? でも、買うものは自分で選びなさいっていつも母さんが…………………」



 …一瞬誰と話しているのか分からなくなる。


 自然に自分の独り言に入ってきた人物を思わず二度見してしまった。


「うわあ!」


「おおう!?突然大声を出すでない!」


 そこには先ほど会計の席に座っていたはずの老婆がいた。

 いつの間に横でポーションを選んでいる様子を眺めていたようだ。


「ど、どうしたのお婆さん。いきなり現れるとビックリしちゃうよ」


「こっちも驚いたわ。年寄りに向かってこんな距離で叫んじゃいかん」


「それは、ごめんなさい…」


 老婆に軽く頭を下げる。


「で、お探し物は見つかったかい?」


「えっとー…それが、どれを買ったらいいかわからないです。実は僕、王都に行く予定があってですね」


 何故このコーナーにいるのか簡易的に説明する。


「ほう、王都か。あんたまだそんなに若いのに大変だね。ここからだとかなり長い道のりになるんじゃないかい?」


「はい、そうなんです。だからこうしてポーションを……」


「ーーところでなんだが、ちょっと上手い話があるんだけど聞くかい?」


 老婆はヴァンの言葉をさえぎって、突然そんな事を言ってきた。


 いざ面と向かって話すと、

 この老婆からは不思議なオーラのようなものが感じられる。


 その店主と思われる不思議な老婆の言葉に気になってしまったのか、聞いてしまう。


「う、上手い話?」


「そうさ、今はあんたしか客はいないからね。王都へ行くんだろ? そんな苦労人のあんたに特別に話してあげようと思ってね。そんなポーションよりも、絶対に役立つ物さ」


 ますますその話が何なのかが気になる。


『ポーションより絶対に役に立つ物』。


 そんな事を言われたら当然食いついてしまう。


「もう必要なくなっちまってね。今日処分するつもりだったんだが、要るかい?」


 そう言って老婆はふところから何かよくわからない、

 変な色をした液体が入った小さな瓶を取り出して見せる。


「それは……?」


「ーーリセットジュース。私はこれをこう呼んでいるね」



 リセット。


 それは聞いた事がない言葉だった。

 どこか響きの良い謎のワードにヴァンは老婆に聞いてみるり


「り、せっとって何ですか?」


「…ああ、ここではあまり使われない言葉だったね。リセットってのはようは『やり直し』の事さ」


「やり直し?」


 それを聞いても意味が分からず、

 やり直しという言葉を繰り返す。


 どういう事なのか想像がつかない。


「文字通りさ。時間を、人生を一度だけやり直す事ができる。まあ簡単に言うと時間の巻き戻しだね」


「じ、時間の巻き戻し!?」


 信じられないと驚きをあらわにする。


 僕は単純な性格であった。


「もう要らないんだ。……それに私が持ってたら面倒だしね」


「え?」


「いやなんでもないよ。それで、どうするんだい?」


 老婆に買うのかと聞かれる。


 僕はそこでようやく真剣に考え始めた。


 果たしてそれは本当なのかどうかを。

 普通に考えてそんなものは存在しないだろう。


 それに、

 そんなものがあったらとっくにこの老婆が使っていると思う。


 自分に売るメリットが一切無いからだ。


 適当に嘘を言って自分に偽物を売ろうとしているのではないかと疑う。


「偽物かどうかと心配しているね? それなら大丈夫さ。使用者の私が保証しよう。これは非常に良いものだよ」


 などと言ってくる。


 明らかに怪しいが、

 嘘を言っているようには見えなかった。


「…それってとても高価なんじゃないですか? 僕そんなお金に余裕ないんですが」


「そうなのかい? でもそんなに大層たいそうなものじゃありゃしないさ。…じゃあこうしよう、お前さんが買ったポーションにおまけしてやろう」


「お、おまけ、ですか……!?」


 本当に偽物ではないかと疑う。


 なんだか自分にそれを押し付けたいような感じもしてきていた。


「や、やっぱりいいです。なんかヤバそうな気がするので!」


「いいから私の好意を素直に貰っておきな!さっきから焦れったいね!」


 そう言って老婆は突然小瓶のふたを開けた。


 それを、僕の口へと近づけて……。


「ちょ、ちょっとやめて下さい! 絶対いけない物でしょ! さては僕の体がおかしくなったりしますね!?」


「そんなこたあないさ。さあお飲み!」


 年老いた老人とは思えない力で僕の抵抗をもろともせずに、

 そのまま得体の知らない中身を口に突っ込まれた。


「!!?、〜〜っ!!」


 謎の液体が喉を通っていくのがわかる。


 よく分からない状況に戸惑い、焦る。


「ぷはあっ!! ぜ、全部飲んじゃったじゃないですか! ぺっぺっ!」


 やがて小瓶の中身全てを飲み干してしまい、

 正体不明の液体を身体に取り込んでしまったのであった。


「大丈夫さ、そこに並んでるやつよりは役に立つ。リセットを使いたい時はその場で『リセット』って叫びな。すぐに効果は発揮されるからね。チャンスは一度だけさ。一番やり直したい時だけ使う事だね」


 そう教える老婆。


 完全に事故でも何でもない。

 ただ強制的に液体を飲まされてしまった。


 すぐに自分の状態を確認する。


「か、体に異常は無いようですね?」


「だからさっきから言っとるだろうに。さ、早くポーションを買っていきな。なに、礼は要らないからね。私なりの応援さ。王都への旅は大変だろうけど、頑張って生きておくれ」


 老婆は何事もなかったかのように、

 早くポーション買って出て行けと言ってくる。


「もう、一体何なんですか……」


 訳が分からないまま、

 先程は手に取っていた三つのポーションを老婆に渡して会計を済ませた。


 本当にやり直しが出来るのかも定かではないものを飲まされ、少し不安な気持ちになった。


「じゃあね、坊や。次会う時はわからないけど、無事である事を祈っておいてあげるよ」


 そんな言葉を最後に聞いて、

 僕は薬屋を後にして自宅へと帰っていった。



「…明日の旅に響かないといいなあ」

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