選択肢の無い選択

「ーーはあ、参ったな」


 とある晴れの日の昼下がり。


 冒険者ぼうけんしゃギルドにてため息をつく若者が一人、

 テーブル席でひじをつきながら食事をしていた。


 彼にパーティを組んでいる仲間はいない。


 外見は平凡、背丈は少し高いだけ。

 特にこれといった特徴は見られない。


 強いて言えば、黒い髪に微量びりょうの白いメッシュが入っている事だけだ。


 僕はそういう平凡な人間だからだ。


 一人で食事をする様ははたから見ればとても寂しそうに見えているだろう。


「頼れる人もいないし、やっぱりこれは断ろう」


 席を立ち上がり、

 ギルドハウスの受付に向かう。


 手には一枚の紙。

 それを何度もチラ見しながら受付嬢に見せる為持っていく。


「あの、すみませーー」


「ダメです♪」


 何かを話す前に言葉をさえぎられてしまう。


 僕はもう一度話を聞いてもらおうとこころみる。


「あのー、ちょっとよろしーー」


「何度言えば気が済むんですか? ヴァン君、これで確か七度目です。三日連続でなんて…しつこい男の子は嫌われちゃいますよ?」


「…………………………」


 ヴァン・ラインシュ、そう呼ばれた僕は黙りこくってしまう。


「その依頼、そんなに嫌なんです? ちょっと調査して帰ってくるだけじゃないですか」


「……その道のりが大変なんです。詳細に書かれた内容が僕にとってトップレベルで難易度高いんですよ」


 今日もギルド依頼を断りにきたのだ。


 ここ三日間は取り下げるよう必死に冒険者ギルドに通っている。


 その依頼の内容とは……、


「大きな山二つ越えた先にある王都なんて無理です。ただでさえ遺跡いせきの調査なんてろくでもないのに!」


 遺跡の調査。


 古代文明がのこしたとされる遺跡は世界各地にある。


 まだまだ解明かいめいされていない所が多い。

 こうして冒険者ギルドなどで取り扱っている調査依頼であった。


 その達成目的は意外にも簡単で、

 嘘偽りなく何も無いと報告すればそれで依頼達成となる。


 報酬もそこそこ高く、

 ぼちぼち人気のあるものだ。


 だが僕が調査する遺跡はとても遠い場所にあるらしい。

 

「遺跡に出てくるモンスターの種類見ましたか?レベルが高いモンスターばかりで、【ダークリザードバーサーカー】っていう名前だけで恐ろしいと感じ取れてしまう奴もいるんです」


「きっと名前だけですよ」


「…でも、平均レベル三十なのにこいつだけ四十二ですよ?」


「…大丈夫です! ヴァン君ならきっと勝てますよ!」


「戦う前提で話すのはやめて下さい!?」


 その冗談で作られたような遺跡に行くように直々に支部長から依頼されたのだ。


 指名されて依頼されるのは大変珍しい事で、

 誇っても良い事なのだが、

 

「いいですか? エナさん。僕、一応学生なんです。今抜け出しちゃうと今後の人生に支障が……」


「その辺は心配要りませんよ? 支部長から学校の方へ連絡している筈ですから。何も気にせず冒険できますよ♪」


「何故もう受ける事になっているんでしょうか…」


 僕達が住んでいるこの街はラナザード。


 大きくもなく小さくもない、

 至って平和な街だ。


 そして遺跡の近くに位置するのは人口が多く、

 大都会とされる王都ハーミヤ。


 ーーこの街から歩いて行けばおよそ二週間はかかる距離にある。


「パーティメンバーも誰もいない十六歳のソロの僕が、生き残れるとは到底思えないんです!」


「そこは、護衛か何かを雇って…」


「そんなお金あると思いますか? 今日こそこの依頼を断ろうって気持ちでやってきました。支部長にどんなにお願いされようとも、自分の命優先です!」


 僕はそう大きな声で断言した。


 やっと自分の口から本音が言えてちょっとスッキリした気持ちになる。


 エナはその言葉にこう返答した。


「ーーでも、残った借金はどうするつもりですか?」


「………え?」


 エナは改めて説明するように話す。


「え? じゃありませんよ。支部長がとても大事にしていられた宝物と呼べるアーティファクトの賠償金はどうやって稼ぐつもりで? このままでは一生返す事なんて出来ないと思うんですよ私」


「そ、それは地道に返していくつもりで…」


「最近のヴァン君の活動履歴は二ヶ月以上止まったままです。あと数日何もしなければ、冒険者カードの取り消しが執行されてしまいます」


 その言葉に汗を垂らしてしまう。


 僕はまだ冒険者経験一年目の新米しんまいだ。


 今まで魔物の駆除くじょ依頼などは受けずに、土木工事や家庭のボランティアのような依頼を受けてきた。


 たくさんの依頼を達成してきたが報酬は多くはなく、未だに多額たがく借金は返せずにいた。


「せっかく支部長が救いの手を差し伸べてくれているのに、それを無下むげに扱うのですか? 可哀想ですねぇ」


 さらに大量の冷や汗が出てきてしまう。


 エナという目の前に座る受付嬢に、

 自然と恐怖を感じてしまう。


「それに、その腰に提げている剣のようなものは飾りなんですか?それでモンスターやらを威嚇いかくくらいは出来るじゃないですか」


 エナは僕が常に持ち歩いている剣を見て言う。


 確かにこの地域の者が見れば珍しい形をした細長い形状の剣。


 これはかつて僕の幼馴染おさななじみがくれたものだ。


「もう雑用の依頼なんてありません、ヴァン君が全てやってしまいましたからね。この依頼を受けないと冒険者ギルドから追放、そして容赦の無い借金取りから逃げる日々が始まりますが……本当によろしいですか?」


「う、うぅ」


 ほぼ選択肢のない選択をさせられる。


 もう、僕に残された道は一つのようだ。


「大丈夫ですよ、安全な道を歩いて行けば危険に見舞われる事なく王都に辿り着けますから! 遺跡なんて調査するだけです!」


 もう断れる雰囲気ではない。


 完全に僕が行く事が決定してしまっている。


「……もうどうにでもなれですね、分かりました。僕、この調査依頼を受けます。何で誰もやらないのかが気になりますが、これも借金の為です!」


「その意気ですよ、ヴァン君。では頑張って下さいね。ギルド職員一同、あなたの無事を常に願っています」



 こうして、ヴァン・ラインシュは遺跡の調査の為、借金の為に。

 まずは王都に向かう事にしたのであった。

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