第22話
ふわふわとした気分だ。踊りながら、ふと横を見ると、そこには見覚えのある顔があった。灰色の髪の青年だ。
「あれ、君は……」
向こうも僕に気づいたようだ。僕たちは踊りながら、しばらく見つめあった。
「ブラッドか!?」
「グレイ!」
僕たちは嬉しさのあまり抱き合った。足はステップを踏みながら。
彼はどこかの町で出会った、大道芸人の青年だ。実は彼は、狼男であり、満月の光を浴びると狼に変身する。ちなみに、彼は僕の記念すべき一人目の友達だ。
「久しぶりだね。元気だった?」
「もちろんだ!」
久しぶりの友との再会。ああ、僕はなんて幸せなんだろう。やっぱり、あの紅茶のおかげかな? 自然と僕に、幸福を運んでくれる。
*
「ブラッド様、もういいんじゃないですか? 十分踊ったでしょ?」
と痺れを切らしたソフィアが声をかけてきた。気づけば日が暮れている。どれだけ夢中になっていたんだろう。でも、止められない。もっと踊っていたい! なんなら一生このままでも構わない!
「ソフィアもおいでよ! 楽しいよ!」
「いい加減にしてくださいよ。私は踊りません。それに、これ以上ブラッド様の滑稽なダンスを見続けるのは、目に毒です」
目の保養の間違いではないかい? この華麗なるダンス、素晴らしいだろ?
そんな時だった。
「さぁてみなさん! そろそろお休みの時間だよ!」
アイザックが呼びかけた。お休みの時間だって?
やがて音楽が止まり、僕たちはホテルへと案内された。こんなにもてなされちゃって、最高すぎる。
「ブラッド様、本当に大丈夫だと思いますか? なんだか怪しいですよ」
「心配する必要は無いよ、ソフィア。アイザックはいい人に決まっているよ。まあ、もし何か万が一なことがあっても、君がどうにかしてくれるだろ?」
「うわ、人任せ……」
ソフィアは僕の横で深いため息をついた。
「私、どうなっても知りませんからね?」
「ソフィアさん! 久しぶり!」
大きな声でグレイが挨拶をした。
「あら、グレイ様ではありませんか。お久しぶりです。あれからどうですか? 狼にはなっていませんか?」
「うん、大丈夫だよ。ソフィアさんが教えてくれた方法のおかげで、ばっちりだぜ。本当に感謝しかない!」
「それは良かったです」
どうやらグレイは、きちんと自分自身と、向き合えるようになったようだ。ずっと心配していたけど、とにかく元気そうでよかった。
「みなさぁん、このホテルの部屋は、好きに使ってかまわないからね! もちろん、食事もついているよ! あ、帰りたくなったらいつでも言ってくれたまえ! まあ、帰りたくはならないだろうけど! こんなに幸せな国なのだから! あはははは!」
アイザックは高らかに笑った。最高だよ。君のもてなし精神には感服だ。
ソフィアは一人部屋で、僕はグレイの部屋に泊まることになった。グレイは数日前にこの国へやってきていたらしい。
それにしても、語り合いたいことがいっぱいある。旅の話とか、いろいろ。
今夜は寝られないな。
*
この国にやってきて、一日が過ぎた。僕はなぜだか、どうしようもなくあの紅茶が飲みたくなった。あの味が忘れられない。残念ながら、ご飯の時の飲み物には、水しか出なかった。僕はあの紅茶を楽しみにしていたのに。
あの気持ち悪い料理も、慣れてしまえばなんの抵抗もなく食べれる。
ホテルの部屋で、グレイが美味しそうに紅茶を飲んでいる。羨ましくて、机の上に置いてある紅茶の茶葉の入った小さな缶を覗いた。まだたくさんの入っている。
「ねえ、グレイ」
「何だ?」
「その紅茶、少しちょうだい」
「え、嫌だ」
ケチだ。
「俺、今一文無しだから。これ買ったせいで。大事に飲まなきゃ」
それはやばい。
「じゃあこれ、どこで買えるの?」
「そこら中にこの紅茶の専門の店があったぜ。ホテルのすぐ近くにもあるぞ」
教えてもらったところは、すぐそこだった。早速ソフィアを連れて行こう。
*
「え、金貨二枚!?」
こんなに素晴らしい紅茶が金貨二枚だと? 思っていたより安かった。僕は喜んで買った。
「ブラッド様、無駄遣いはやめてくださいよ?」
これは無駄遣いではない、断じて。僕の心と体を潤すために必要なんだ。
「おやおや、君たちはブラッドとソフィアだったね」
アイザックが急に目の前に現れて驚く。心臓に悪いからやめてくれ。
「ごきげんよう。どうだい、この国は。いい所でしょ?」
「うん! 今まで行った国の中で、一番素晴らしいよ」
「それは良かった」
アイザックは満足そうにニターッと笑った。
「あの……」
ソフィアが口を開いた。
「どうしてこんなにも、もてなしていただけるのでしょうか。私たちは、入国しただけですよ。あなた達にとって、何かメリットがあるのですか?」
「おやおやおや、君たちはそんなことを気にしなくていいんだよ。僕たちはただ、この国を少しでも良いと思ってほしいだけ。あわよくば、この国に住むことも考えてくれたらなとも思っている。それだけだよ」
善意が素晴らしすぎるよ。残念ながら僕は旅をしているから、この国に居続けることは出来ないが。なんだか申し訳ないな。
「ところで、ソフィア」
アイザックがグッとソフィアに近づいた。
「君、この紅茶を飲んでいないだろ? 美味しいから、飲んでみなさい」
なんで分かったんだろう。あの時アイザック、ソフィアが紅茶を零したところを見ていたのかな?
「は、はい。後で飲ませていただきますね。今はお腹いっぱいなので」
「後で感想を聞かせてね。待ってるよ。あと、君、昨日踊っていなかったよね? ダンスパーティーは毎日あってるから、ぜひ参加してくれたまえ」
「ええ、気が向いたら参加しますよ」
これ、絶対参加しないやつだ。
アイザックは再びニターッと笑うと、コツコツと靴を鳴らしながら去っていった。
「しょうがないから、僕の茶葉、少し分けてあげるよ。僕、優しいから」
「いりません。絶対飲みません。気色悪い」
あれ、ソフィア、なんか怒ってる?
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