第22話

 ふわふわとした気分だ。踊りながら、ふと横を見ると、そこには見覚えのある顔があった。灰色の髪の青年だ。


「あれ、君は……」


 向こうも僕に気づいたようだ。僕たちは踊りながら、しばらく見つめあった。


「ブラッドか!?」


「グレイ!」


 僕たちは嬉しさのあまり抱き合った。足はステップを踏みながら。

 彼はどこかの町で出会った、大道芸人の青年だ。実は彼は、狼男であり、満月の光を浴びると狼に変身する。ちなみに、彼は僕の記念すべき一人目の友達だ。


「久しぶりだね。元気だった?」


「もちろんだ!」


 久しぶりの友との再会。ああ、僕はなんて幸せなんだろう。やっぱり、あの紅茶のおかげかな? 自然と僕に、幸福を運んでくれる。

 


「ブラッド様、もういいんじゃないですか? 十分踊ったでしょ?」


 と痺れを切らしたソフィアが声をかけてきた。気づけば日が暮れている。どれだけ夢中になっていたんだろう。でも、止められない。もっと踊っていたい! なんなら一生このままでも構わない!


「ソフィアもおいでよ! 楽しいよ!」


「いい加減にしてくださいよ。私は踊りません。それに、これ以上ブラッド様の滑稽なダンスを見続けるのは、目に毒です」


 目の保養の間違いではないかい? この華麗なるダンス、素晴らしいだろ? 

 そんな時だった。


「さぁてみなさん! そろそろお休みの時間だよ!」


 アイザックが呼びかけた。お休みの時間だって?

 やがて音楽が止まり、僕たちはホテルへと案内された。こんなにもてなされちゃって、最高すぎる。


「ブラッド様、本当に大丈夫だと思いますか? なんだか怪しいですよ」


「心配する必要は無いよ、ソフィア。アイザックはいい人に決まっているよ。まあ、もし何か万が一なことがあっても、君がどうにかしてくれるだろ?」


「うわ、人任せ……」


 ソフィアは僕の横で深いため息をついた。


「私、どうなっても知りませんからね?」


「ソフィアさん! 久しぶり!」


 大きな声でグレイが挨拶をした。


「あら、グレイ様ではありませんか。お久しぶりです。あれからどうですか? 狼にはなっていませんか?」


「うん、大丈夫だよ。ソフィアさんが教えてくれた方法のおかげで、ばっちりだぜ。本当に感謝しかない!」


「それは良かったです」


 どうやらグレイは、きちんと自分自身と、向き合えるようになったようだ。ずっと心配していたけど、とにかく元気そうでよかった。


「みなさぁん、このホテルの部屋は、好きに使ってかまわないからね! もちろん、食事もついているよ! あ、帰りたくなったらいつでも言ってくれたまえ! まあ、帰りたくはならないだろうけど! こんなに幸せな国なのだから! あはははは!」


 アイザックは高らかに笑った。最高だよ。君のもてなし精神には感服だ。


 ソフィアは一人部屋で、僕はグレイの部屋に泊まることになった。グレイは数日前にこの国へやってきていたらしい。

 それにしても、語り合いたいことがいっぱいある。旅の話とか、いろいろ。

 今夜は寝られないな。



 この国にやってきて、一日が過ぎた。僕はなぜだか、どうしようもなくあの紅茶が飲みたくなった。あの味が忘れられない。残念ながら、ご飯の時の飲み物には、水しか出なかった。僕はあの紅茶を楽しみにしていたのに。

 あの気持ち悪い料理も、慣れてしまえばなんの抵抗もなく食べれる。

 ホテルの部屋で、グレイが美味しそうに紅茶を飲んでいる。羨ましくて、机の上に置いてある紅茶の茶葉の入った小さな缶を覗いた。まだたくさんの入っている。


「ねえ、グレイ」


「何だ?」


「その紅茶、少しちょうだい」


「え、嫌だ」


 ケチだ。


「俺、今一文無しだから。これ買ったせいで。大事に飲まなきゃ」


 それはやばい。


「じゃあこれ、どこで買えるの?」


「そこら中にこの紅茶の専門の店があったぜ。ホテルのすぐ近くにもあるぞ」


 教えてもらったところは、すぐそこだった。早速ソフィアを連れて行こう。


 *


「え、金貨二枚!?」


 こんなに素晴らしい紅茶が金貨二枚だと? 思っていたより安かった。僕は喜んで買った。 


「ブラッド様、無駄遣いはやめてくださいよ?」


 これは無駄遣いではない、断じて。僕の心と体を潤すために必要なんだ。


「おやおや、君たちはブラッドとソフィアだったね」


 アイザックが急に目の前に現れて驚く。心臓に悪いからやめてくれ。


「ごきげんよう。どうだい、この国は。いい所でしょ?」


「うん! 今まで行った国の中で、一番素晴らしいよ」


「それは良かった」


 アイザックは満足そうにニターッと笑った。


「あの……」


 ソフィアが口を開いた。


「どうしてこんなにも、もてなしていただけるのでしょうか。私たちは、入国しただけですよ。あなた達にとって、何かメリットがあるのですか?」


「おやおやおや、君たちはそんなことを気にしなくていいんだよ。僕たちはただ、この国を少しでも良いと思ってほしいだけ。あわよくば、この国に住むことも考えてくれたらなとも思っている。それだけだよ」


 善意が素晴らしすぎるよ。残念ながら僕は旅をしているから、この国に居続けることは出来ないが。なんだか申し訳ないな。


「ところで、ソフィア」


 アイザックがグッとソフィアに近づいた。


「君、この紅茶を飲んでいないだろ? 美味しいから、飲んでみなさい」


 なんで分かったんだろう。あの時アイザック、ソフィアが紅茶を零したところを見ていたのかな?


「は、はい。後で飲ませていただきますね。今はお腹いっぱいなので」


「後で感想を聞かせてね。待ってるよ。あと、君、昨日踊っていなかったよね? ダンスパーティーは毎日あってるから、ぜひ参加してくれたまえ」


「ええ、気が向いたら参加しますよ」


 これ、絶対参加しないやつだ。

 アイザックは再びニターッと笑うと、コツコツと靴を鳴らしながら去っていった。


「しょうがないから、僕の茶葉、少し分けてあげるよ。僕、優しいから」


「いりません。絶対飲みません。気色悪い」


 あれ、ソフィア、なんか怒ってる?


 

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