番外編5 吸血鬼ジョゼフ
「ジョゼフ様! この辺りは危険です。吸血鬼ハンターがうろついているらしいですよ」
それはまだ、私の一人称が、「僕」であった時の話。
執事のアルバートが、必死に私を止めます。
「大丈夫だよ。万が一その吸血鬼ハンターに出会っても、アルバートがなんとかしてくれるだろ?」
「そんな……」
私はアルバートを困らせてばかりでした。
私たちは、気ままに世界を旅していました。行くあてもなく、ただフラフラと。それが楽しかったのです。
とある街で吸血鬼ハンターの噂を聞きました。吸血鬼ハンターとは、その多くがダンピールがなります。人間と吸血鬼の子どもであり、吸血鬼を殺す能力を持っています。私たち吸血鬼の天敵です。
「見つけた!」
そんな時、どこからか声が聞こえてきました。気づいた時には、私の二の腕の辺りから、血が滴り落ちていました。一瞬、何が起きたのか分かりませんでした。今までにない激痛が走ります。おかしいです。痛みが全く引きません。いつもなら、このくらいの怪我であればすぐに痛みは緩和されるのに。
「あなた、吸血鬼でしょ?」
声の方を見ると、そこには美しい女性が立っていました。今までに見たことがないほどの。
「あなたは……」
「ジョゼフ様! 彼女は吸血鬼をハンターです! 逃げましょう!」
アルバートは慌てる。でも私は、逃げたくなかった。なぜなら私は、彼女に惹かれていたから。
「僕は吸血鬼ですよ。あなたは僕を狩りに来たのですか?」
「そうに決まっているじゃない。吸血鬼は人間の敵よ!」
そう言うと、彼女は私に襲いかかってきました。私は殺されぬよう、攻撃をかわしながら彼女に言いました。
「あなたは本当にお美しいですね。ぜひ血を吸わせて欲しい」
「何呑気なことを言ってるの? あなたは私に殺されかけているのよ?」
彼女は攻撃を続けます。
「私は吸血鬼が憎い!」
「おやおや、それはなぜです?」
「あなたには関係ない事だわ」
するとアルバートが、隙を見て私を抱きかかえてしまいました。
「ジョゼフ様! 危険です。一度撤退しますよ!」
「待ちなさい!」
私はアルバートに連れていかれてしまいました。どうやら彼女を巻いてしまったようです。
*
あれから数日が経ちました。アルバートは私が彼女と関わることを望まず、あの街に近づかせようとしませんでした。
私たちは以前と同じように旅を続けていました。
そんなある日、また私は襲われました。
「どうして僕の居場所が?」
「私には、吸血鬼がどこに潜んでいるのか何となくわかるの! ダンピールだからね。今度こそ、あなたを殺す!」
そうして、戦っては逃げ、見つかってはまた戦う日々がしばらく続きました。私は嬉しかったですよ。彼女に会えたので。命を狙われているにも関わらず、私は彼女が好きでした。戦うにつれて、私は彼女の良さがどんどん分かっていきました。
ある日、戦っている途中、彼女は足を踏み外し、真っ逆さまに崖の下へ落ちて行きました。私はマントを羽織っていたおかげで、空を飛ぶことが出来たので、彼女を救いました。地面にぶつかる直前で彼女を捕まえ、安全に地上へおろしてあげました。
「どうして……どうして助けてくれたの? 私はあなたを殺そうとしているのに」
彼女は怒りと困惑が混ざったような顔をしました。
「それは、あなたに死んで欲しくなかったからですよ」
「どういうことよ。私はあなたの敵よ?」
彼女はまだ、私に警戒しています。私は意を決しました。
「敵だろうと、関係ありません。僕はあなたが好きです。だから助けました」
生まれて初めての告白です。少し緊張しました。
「何を言ってるの!」
彼女は顔を赤らめました。
「あなたが好きです。だから僕はあなたに危害を加えたくありません。争うのは、やめにしませんか?」
「ふざけないでよ。私がどんな思いで吸血鬼ハンターなんかやってると……」
抗おうとする彼女の唇に、私はキスをしました。
「ふざけてなどいないです。これで、信じてもらえますか?」
彼女は何も言いませんでした。
「僕はあなたと一緒にいたい。僕と共に旅をしませんか? 明日の朝、もしそれを承諾してくれるなら、僕の元へ何も武器を持たずに来てください。もし武器を持っていても構いません。その時は僕は死ぬ覚悟でいます」
私はその場を去りました。後ろから慌てたようにアルバートがついてきます。
もしこれで、明日私のところへ来てくれなかったら、諦めるつもりでした。彼女とは分かり合えなかったと。そして、潔く殺されても構わないと。
*
次の日、驚いたことに、彼女は私の元へ武器を持たずにやって来ました。
「あなたのような吸血鬼には、初めて会ったわ。私はずっと、吸血鬼が嫌いだった。みんな人間に酷いことをする奴らだと思ってた。でもあなたは違った。私に殺される覚悟で、私を好きだと言ってくれた。だから私は、その思いを受け止めなければならないと思う」
後で聞いた話、彼女は幼い頃に、吸血鬼に両親を殺されたそうです。彼女はダンピール。ということは、両親は吸血鬼と人間。吸血鬼は死刑に値する罪を犯したことになります。いつ殺されてもおかしくありません。
それから彼女は、吸血鬼を憎みながら、ダンピールの能力を生かして、吸血鬼ハンターとして各地を回っていたそうです。
「それじゃあ、僕と一緒に来てくれるのかい?」
彼女は頷きました。私は嬉しかったです。
「私はあなたを殺さない。でも、勘違いしないで。私はまだ、あなたを好きになった訳じゃないから」
それでも構いません。必ず、私のことを好きにならせてみせます。
「僕の名前はジョゼフ。君は?」
「私はカーミラ」
ダンピールと共に旅をするというのは、いつも死と隣り合わせです。いつ殺されてしまうか分かりません。だけど、私は彼女を信じます。殺されても、恨みはしません。
アルバートは、最初は反対していましたが、私がなんとか説得しました。
それから、私たち三人の旅が始まりました。
*
時が経つにつれて、私たちの仲は深まりました。あれから数年がたったある日、カーミラは私の思いに答えてくれました。
「あなたとずっと一緒にいて、私はよく分かったわ。あなたはいい吸血鬼よ。だから、私の人生を、あなたに捧げます」
「それは、プロポーズかい?」
「……そうよ」
カーミラは少し照れながら言いました。
「ありがとう」
ようやく、待ち望んでいたこの日がやってきたのです。私は幸せでした。
しかし、問題がありました。吸血鬼とダンピールの結婚をよく思わない吸血鬼が多くいるのです。私は故郷である吸血鬼の国を捨てなければなりませんでした。
だから私は、最後に一度だけ国に戻り、友人たちに結婚することを知らせて、荷物を全て持って去ろうと思いました。
もちろん、国へは私一人で戻ります。カーミラのことはアルバートに頼みました。
「クルト、僕、今度結婚することになったんだ」
まず一番に、クルトに報告しました。彼は信頼出来る古くからの友人です。
「それはおめでたいな。相手はどんな吸血鬼だい?」
「それが……吸血鬼ではないんだ」
「は? もしかして、人間か?」
「いや、違うよ。相手は、ダンピールなんだ」
クルトは絶句していました。このような反応をされることは、分かっていました。人間と結婚することは禁忌とされているのに、それよりももっと危険なダンピールとの結婚なのですから。ダンピールが吸血鬼に危害を与えることを、みんな恐れています。だから、ダンピールとは関わろうとはしません。
「驚いたよ。だけど、お前が選んだことなら、俺は応援する」
クルトはそう言いました。良い友人を持ったことに感謝します。
私はあと、近い親戚と数名の友人にこのことを話しました。両親は、どこか遠くに旅立ってしまっていたので、言う必要はありませんでした。
彼らは色々な反応を示しました。賛成してくれる人もいれば、反対する人も。でも私は、この国とはお別れ、そしてそれは必然的に彼らともお別れなので、悔いのないようにしたかったのです。
家に残っていた大金と、その他の大事な荷物を抱え、私は国を後にしようとしました。
そんな時でした。国の吸血鬼たちが、私を探しているのです。
彼らは私を罪人だと言い、捕らえられてしまいました。どうやら、ダンピールと結婚することがバレていたようです。どうしてでしょう。きっと、私がこの話をした吸血鬼の中に、裏切り者がいたのです。悲しいですが、それはしょうがないことです。私は罪を背負ってしまっているのですから。
私は処刑されそうになりました。その時、マスクド・トルクが現れたのです。彼は颯爽とやってきて、私を国の外へ連れ出してくれました。その正体がクルトだと、すぐに分かりました。彼は命の恩人です。
吸血鬼たちは途中まで追ってきましたが、やがて諦めてくれたようです。
「ありがとう、クルト」
「いいんだよ、ジョゼフ。俺たちは友達だからな」
彼はなんと、私の大金と荷物まで取り返してくれたのです。
「俺はお前の幸せを願ってるよ。たまには俺とも会ってくれよ」
「ああ、必ずだ!」
私たちはそこで別れました。本当に、彼は素晴らしい友人です。
その後、私はカーミラ達と合流し、吸血鬼の国から遠く離れた、エアスト国の森の中に館を建てました。私のうちはもともと裕福で、家に残っていた大金を持ってきたおかげで、お金には困りませんでした。
やがて、私とカーミラは結婚し、一つになりました。そこで産まれたのが、私の愛しい息子、ブラッドです。
もちろん、子どもを作ることに、私たちは抵抗がありました。親が、罪を犯した吸血鬼と、ダンピールだと知ったら、子どもはどう思うでしょう。
吸血鬼とダンピールの子どもは、吸血鬼の遺伝子を多く受け継ぐと、何かの本で読みました。やはり前例はあるのでしょう。
しかし、私たちはどうしても愛の結晶を残したかったのです。彼女はダンピールですから、人間と同じように、いつか寿命がきて死んでしまいます。
一緒に死ぬことだってできました。彼女が死ぬ直前に私を殺してくれたら良かったのです。しかし、彼女はそれを望みませんでした。逆に、私が彼女に私の血を飲ませれば、吸血鬼となり、永遠に一緒にいられます。しかし、私にはそれができませんでした。なぜなら、彼女を愛していたから。永遠という苦しみを、味合わせたくなかったのです。
彼女はブラッドを産んだ後、病気になり、あっさりと死んでしまいました。もう少し長く一緒に居られると思っていたのに……
ブラッドには、どうやって話そうかとずっと悩んでいました。カーミラはもう居ないため、相談できませんでした。正直に話して、嫌われてしまったらどうしようと。私は罪人なのですから。今後ブラッドが、吸血鬼として過ごしていく中で、それはすごく重荷になってしまうように感じました。
この時になって、私は急に怖くなったのです。私はあとのことを何も考えずに結婚をしてしまったことを後悔しました。もちろん、カーミラのことも、ブラッドのことも愛しています。だけど、私にはもう合わせる顔がありませんでした。
私の心は、罪悪感と恐怖に苛まれていました。
その後私は、逃げました。現実から目を背けるために、幼い子どもをアルバートに預けて、一人で旅に出ました。
私は最低です。どうしようもないクズです。時々館に帰って、ブラッドにお土産をあげたり、旅の話を聞かせてあげたりしていました。
ある時は、新しいメイドを連れて帰り、彼女にブラッドのお世話を頼みました。二人は仲良くやっているようです。
しかし、ブラッドと会う度、恐怖を感じるのです。
ずっと彼に隠していてはいけないとは分かっています。だけど実行に移せないのです。知らなければ、彼は幸せなままでいられます。でも、言わなければ、彼はカーミラのことも自分のことも知らないまま、生きていくことになるのです。
そんなある日、ブラッドがメイドと旅に出ると、アルバートから手紙をもらいました。これはチャンスだと思いました。旅をする上で、吸血鬼が辛い目に会うことは、私も分かっています。そんな時、自分の素性は知っていた方が有利だと思いました。自分を一番理解できるのは、自分だけなので。人間にとっての吸血鬼という存在を、理解しておくべきなのです。
ちょうどその時、私の罪は時効になっていました。だから、吸血鬼の国に戻っても、大丈夫なはずでした。どんな目で見られるかは、なんとなく想像はついていましたが。
私はブラッドに手紙を出し、吸血鬼の国で会おうと提案しました。
彼はもう大人です。全てを知る権利があります。きっと彼も、色々なことに気づいて、疑問に思っている頃でしょう。
私の故郷である吸血鬼の国、吸血鬼ならば一度は訪れるべきである吸血鬼たちの楽園を、見て欲しかったので、ちょうど良かったです。
嫌われる覚悟で、私はブラッドに会います。やっと決意ができました。ごめんなさい、ずっと黙っていて。私はもう、逃げません。
そしてついに、その日がやってきたのです……
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