まるでキバを抜かれたライオンのような

@hachisalon

まるでキバを抜かれたライオンのような

楽しさを見出せなくなった。


今まで当たり前に感じていた喜びを急に感じる事が出来なくなった。

どれだけ勝ち上がっても。

どれだけ称賛されても。


……その時気が付いたんだ。


勝ちたかったわけじゃない。

上手くなりたかったわけじゃない。

褒められたかったわけでもなかったんだって。






ーー『あそこのお店お花屋さんじゃないんだって』


2LDKのリビング横にある4人がけの食卓テーブルについて

おやつのチョコのドーナツを食べながら手をベタべタにしてそう話すのは

今年幼稚園の年中になる私の妹。


『あー、うちの近くに新しくできたレストラン? ママの職場の人もこないだ行ってきたって言ってたよ。すごくスープが美味しかったって。 今度みんなが休みの日に行ってみようか?』

忙しそうに髪を縛り仕事に行く準備をしながら私のお母さんは話す。


紗希さき?ママ急いでるからウェットティッシュで美優みゆの口の周り拭いてもらえる?チョコでベタべタだから』


『ママ近いんだからママがしてよ』


ソファーの上で雑貨を読みながら私は怒ったが

うん。と仕事に行く準備に追われてから空返事のママに気付き

もう。っと怒りながらソファーから重そうに腰を上げてテーブルの上にあるウェットティッシュで美優の口の周りを拭く。


『やーめーてー!』嫌がり泣きそうになる美優。


『泣きたいのはお姉ちゃんの方だよ。今日だってさ友達と昼から遊ぶ約束してたのにお母さんが急に仕事入れるから行けなくなっちゃったじゃん』私はママに聞こえるようにわざと大きい声で言った。


『ごめんごめん、今度埋め合わせはするから。夜ご飯は冷蔵庫の中に入ってるから、何か足りないものあったら引き出しの中にお金入ってるから買ってきてもいいし。あとお風呂あがりに美優の背中にクリームだけ忘れずにお願いね!』


『はーい。美優は今日もお姉ちゃんとお風呂に入ろうねー』


『いやだ!ママがいい!』頭を強く撫でようとする私の手を払い除け美優が怒る。


片手で美優のマシュマロのような頬っぺたをブチュッとつぶしながら『んー、可愛くない妹』と私はわざとニヤッと笑った。


うちには父親がいない。


私が高校に入る前……


忘れもしない中学2年の終わりの頃だった。


美優がまだ言葉を覚えたばかりくらいの頃にパパは出て行った。


んー、でも寂しい。って気持ちよりも毎日毎日朝から晩までパパとママはケンカばかりだったから

気が楽になった。って言葉の方がきっと正しいだろう。


パパがまだうちにいる頃ママは結婚する前から続けていた職場でパートタイムで働いていた。


私が中学生の時は私が学校から帰ってきたらママはもう仕事から帰ってきていて

美優をあやしながらキッチンで夕食の準備をしていた。


パパと離婚してからママはパートタイムじゃなくなって朝から晩まで働き詰めになった。たまに今日みたいな感じで日曜日に急な休日出勤が入ったりする。


それから家での役割分担がガラッと変わった。


パパの役割がママになって。

今までなにもしていなかった私の席に美優がいる感じだ。

そして、ママの役割は私が一応しているけれど……でも

役割の範囲が広過ぎて全然出来ていなかったりする。

だって家のこと全般だよ?

今なら休日にリビングで寝ていたパパを怒鳴るママの気持ちがわかる気がする。

たまにママに寝てばかりいるなって怒ったりもしちゃうし。

高校2年生で冷め切った夫婦関係のなんとやらがわかってしまう。私も私だ。


もし私が男なら、こんな可愛くない女絶対に嫌だ。


もっと、もっとなんというか…例えば……離婚リコンって何?

サラダに入れるお野菜かしら?みたいな初々しさがある子がいい。


それがいい。


ーーピンポーン。


『ん?誰かきた……』


そう言いながらママはインターホンに近づく。

『はーい! あっ!サク? どうしたの?』

とママは笑顔になった。


『母さんが実家から果物送ってもらったから届けてこいって』


『そーなのー?いつもありがとうねー! 入って入って』

とママは言った。

『ちょっとママ、私部屋着なんだけど!?』

怒る私とは裏腹に美優は『にぃにー!』と叫びながら玄関の方へ走っていった。

ママは手を下に伸ばし、その手を腰あたりにつけて『紗希がこれくらいの時はサクと風呂入ってたでしょ。色気づいちゃって』と言った。


『お邪魔しまーす』と悪びれる様子もなく入ってくるのは

鈴木 朔太さくた。ママの友達の息子であり、私と同級生。しかも同じ高校だ。


私の通う学校は家のすぐ近くだ。特別頭が良くも悪くもない普通科の高校。まぁ、私はギリギリで入ったけれど。


この男は全然上の高校を目指せたけれど電車通学が嫌だ。という理由で私と同じ家から近い高校にしたらしい。


中学の時、受験間近になって三者面談が終わったにもかかわらず担任の先生がやっぱり考え直さないか?とよく放課後に先生と二人きりで話していたのをよく見てたから覚えてる。


上には姉が二人いて、そのせいかやけに大人びていて女心をよく分かってる。ママ達が家でお酒を飲んでいる時もお酌したりする男だ。


『サクまた背伸びたー?』


『にぃにー抱っこ!』


とまぁ、うちの家族にも大人気だ。

特に美優が私によりも懐いてる。


『おばさんこれからお仕事ですか? 果物冷蔵庫入れといていい?』慣れた手つきで美優を片手で抱き抱えながら話す。


『そうなの休日出勤。あっ、それ下の野菜室に入れておいて』


サクは頷いてキッチンの方へ行き冷蔵庫を開けた。


『人ん家の冷蔵庫勝手によく開けれるね』と皮肉たっぷりにクッションで顔を隠しながら私が言う。


『おー、紗希いたんだー。顔見えないから気付かなかった』

とサクも負けずと言い返す。


『あー、ママ時間やばい!じゃーママ行ってくるから!紗希、美優のことよろしくね!サクもゆっくりしていってね!じゃあいってきます!』

とママはバックを持って慌てて玄関の外へ出て行った。


『美優イチゴ食べたいー』とサクに抱き抱えられながら美優は言った。

『イチゴちょっと美優には酸っぱいかもなー。そうだ。イチゴミルクで食べる? 紗希ちょっと台所借りてもいい?』


『うん、どうぞ』


イチゴを皿の中に入れて、それをフォークで軽く潰して

調味料入れからグラニュー糖、冷蔵庫から牛乳を手に取り

混ぜ合わせる。 そして目線を少し上げ

『紗希も食べる?イチゴミルク』とサクは聞いた。


『……うん、食べるけどさ』


多分この男はいい旦那になる。

美優見てればわかる。

子供ってなにもわかっていないように見えて色々と敏感に感じとる。

自分を好いてくれる人かどうか。

多分私に懐かない理由もそれだ。 私子供が嫌いだから。


『おばさんも紗希も美優も大変だなー』

イチゴミルクを食べる美優の口を拭きながらサクが話す。


『大変だけどもう慣れたよ。ママの帰りはいつも遅いからさ。ご飯作ったり美優の子守したり。ママが急に仕事入って遊ぶ約束してたのに行けなかったりとかはさすがに辛いけどね』

『もしかして平日学校終わったら急いでいっつも帰ってるのって美優の迎えとか?』

『あ、うん。 迎えに行くのが遅れたら延長保育で別料金取られるんだ。うちそんな裕福とかじゃないからさ。さすがにきっつい』

『へぇー。頑張ってんだなぁー。なんかあったら連絡してよ。買い物だとか美優の子守くらい手伝うからさ』

『ありがと、そう言ってくれるだけで助かる』


その心遣いだけで嬉しい。

でも少し不憫に思われてないかと気になってサクの目は見ずにイチゴミルクを黙々と食べた。


それからイチゴをたくさん食べた美優はサクに目一杯遊んでもらい絵本を読んでもらっている間に寝た。

それに気付いたサクは美優をソファーの上に寝かせ薄いタオルケットを掛けた。

『美優寝たから帰るかなー』そういいながらバックを持って玄関のほうに歩いてく。

『うん、イチゴごちそうさま。じゃあまた明日学校でね』


『てかさ、俺の携帯の番号教えとく。なんかあったら気軽に電話して。買い物とかあれば買っとくし』


私はポケットからスマホを出そうとするがズボンのポッケを触りながら入ってるはずがない事に気付く。

だって私は基本休みの日はスマホをいじらない。

多分制服のブレザーの中で充電切れたまま入っている。


玄関にあるダンボールの耳の部分を破り、玄関に置きっぱなしになっている太いマッキーをサクに渡した。


サクは目を丸くしてダンボールの切れ端を受け取った。


こういう時可愛い子は違うんだろうな。

スッとスマートにスマホを出して手慣れた感じでなんかQRコードを読み込んで、じゃあ私メッセージ送っとくね!みたいな感じでするんでしょ? 

……ダンボールの切れ端でごめん。まじで。


『ダンボールの切れ端に自分の番号書くとは思わなかった』

とサクは真顔のまま言った。でも紗希っぽいな。といってササっと書いて渡してくれた。


『はい、これ俺の番号な。捨てんなよ』

『うん、ありがと。捨てるわけないじゃん』


『ちなみに教えるのこれで2回目だから』


……ん?2回目? もう一回目捨てちゃってる?

私気付かずに捨てちゃってるのかい。


はぁ。可愛くない女。



サクが帰ってから、ママが用意してくれた夜ご飯ってなんだろう?と思いながら冷蔵庫を開けるとカレーで使うであろう具材が入っていた。


『準備しといたって具材を準備したってことね……』


まぁでもママのことだからそんなことだろうと思った。


それからカレーを煮込んでる間にさっき私と美優がイチゴ食べる時に使った食器洗っちゃおうと思いテーブルの方に目をやるともう食器は綺麗に洗われてシンクの隣に裏返しになって乾かされてた。


おー、いつの間に……


イチゴ食べた後に美優の手を洗いに行った時に食器も洗ってくれたんだ。美優がドーナツ食べてた時の皿もキレイになってる。


多分あの男がママ達から好かれるのはこういうところだろう。


夕方になり西日が窓から入り込む頃、カレーが出来上がるのと同時に美優がムクッと起きた。


そしてその第一声が

『にぃにーは?』だった。


『帰ったよ。サク』


美優はため息をついてまた横になった。


『か……可愛くない。ほんと』


この可愛くない感じは本当に誰に似たんだ……


……ママか?





ーー平日の朝は大忙しだ。

自分の準備もそうだけど、昨日夜遅くに仕事から帰ってきたママがまだ寝室で寝ている。

この日もいつもと変わらずに私は3人分の弁当を詰めながらキッチンから大声でママを呼ぶ。


そしてこの忙しい中『ミユ、トマトいらない!』と

私の下の方で苦悶の表情を浮かべながら美優が怒る。


多分ミニトマトをお弁当の中に入れるのが見えたんだろう。

ミニトマトを入れた日も残さずにお弁当を食べてるところを見ると多分幼稚園で先生に無理矢理にでも食べさせられてるんだろう。


先生ナイスプレイです。私の妹の曲がった根性叩き直してくれ。お願いします。


『好き嫌いしてたらサクにぃにーに嫌われちゃうよー』

『……』

何も言わずに私を睨みつける5歳児。

こんな時に男の名前出すなよ…みたいな圧を感じる。

将来大物になるね。


ってかママが起きない。


もうそろそろ本気でやばい。

今日も投下しようか。


私は美優に敬礼のポーズをして

『美優隊長!ママにバクダン投下!』と言った。

『イエッサー』と言いながら美優はママのいる寝室に一目散に走っていく。


しばらくすると寝室の方から


『ゔぉえーーー!!』と声にならない叫び声が聞こえた。

多分、美優に顔面ダイブでもされたんだろう。


『おはよー』と奥の方から美優と手を繋いで眠そうな顔をしたママが起きてきた。


『ママ、お弁当テーブルの上に置いておくね! 美優の着替えも終わってるし、あと出るだけだから!』


『んー、ありがとう』とテーブルでトーストをかじりながらママは返事をする。

『じゃあ美優!お姉ちゃん学校終わったら幼稚園に迎えにいくからね!』

そう言いながらリビングの引き出しの中から生活費の入っている財布から1000円札を取り出した。

美優を迎えに行った帰りに買い物に行こうと思ってるから。


『千円で足りるの?買い物』とママは不思議そうにいった。

『足りるかじゃなくって足らすの! 余計なものも買わないし美優のおやつも50円までって決めてるから』

『さすがです。紗希さん……いつも助かります』

『じゃあ、私いってくるねー!』

そう言って今日も家を出た。





私は昔ママの使っていた後ろに子供が乗せられるタイプのママさん自転車でいつもの通学路を走る。

通学路にはコンビニがあって、みんな学校に行く前にここでジュースを買ったりしている。

私は学校に通い始めてから2年間一度もここのコンビニに入ったことはない。

500mlのペットボトルのジュース一本150円はやっぱり高い。

スーパーだともう少し。何十円か出せば1.5リットルのジュースが買えてしまう。それどころか家でマイボトルにお茶を入れてきたら毎日150円が浮く。

一日150円。単純計算で1か月で30本ジュースを買うとしてその費用なんと4500円。

馬鹿にならないんだ。

ママは毎月5万円を生活費として引き出しの中に入れてくれる。

生活費はティッシュだとかシャンプーなどの日用品から食費まで。

それを私は毎月それでやりくりしてる。

少しでも浮いたお金は貯金して。

だからコンビニで物を気軽に買う感覚がよくわからない。

この話を友達にしたらなんとも言えない表情をされたからもうしないと決めた。


『おはよう紗希!』

コンビニから出てきて私の姿に気付いて走って追いかけてくるのは同級生の美久みく。今時の子だ。


『昨日連絡待ってたのに……全然してくれないんだもんなぁ』

『ごめんごめん。昨日ママ急に仕事入っちゃってさ。子守してたらあっという間に一日終わっちゃって』

『そんなことだろうと思った。 全然美優ちゃんと3人でも私はいいのに』と笑いながら美久は言った。


『いや、やめとく。私が楽しめない』


女子高生が子連れで遊びに行ったり周りの視線が多分気になる。

やっぱり若い親だとそうなるよね。的な目で見られるのも嫌だ。親でもないけど。


そんなことを話しながら私と美久は学校へ向かった。





ーー休み時間は図書室に入り浸る。


よく考えてみてほしい。

こんな沢山の本が読み放題なんてなんて優しい世界なんだ。しかも無料で。無償で。

私が本を読まない理由はなかった。

3年間かけても読み切れないであろう本を私は今日も厳選して読む。


今日も図書室には誰もいない。

自分の呼吸が気になる位に静まり返っていて

少し開いている窓からそよ風が入ってきてそれがとても心地よい。

外からは少し距離のあるグラウンドからサッカーで遊ぶ生徒達の声が聞こえて、それも心地よいBGMのように聞こえる。


誰かが後ろから近づいてくる足音がした。


『紗希、ちゃんと番号登録した?』

後ろから聞き慣れた声が聞こえた。本を読みながら答える。

『帰ってからしようと思ってた』


……忘れてた。すっかり。


『絶対忘れてただろ』

『失礼な!忘れてないよ。 ってか学校で馴れ馴れしく話しかけないで。優等生の鈴木くんとできてるんじゃないかって勘違いされて他の人に嫉妬されたりしても嫌だから。 私は高校生活を平和に卒業したい』


『なんだそれ。面倒くさい』

本棚から本を取り出しながらサクは言った。


人間関係のこじれだとか。とっても面倒なんだ。

好きとか嫌いとか、自分が優位になるように誰かをはぶいたりだとか人をおとしめたり。

もっとサッパリにできないものかね?


『今日も美優の迎え?』

『うん。16時までに迎えに行かないと……』

『そっか大変だな』

『もう慣れたよ』

そう言いながら私は読んでいた本を閉じて本棚へと戻す。

『じゃあねー』と私は図書室を出た。





ーー放課後になり私は大変なことに気付く。

こないだ気軽に引き受けた学園祭の係の仕事が割と大変なもので

週に何度か放課後残らなくてはいけないものだった。


美優を迎えに行けない。


どうしよう……。


放課後、廊下で立ち尽くす私に美久が気付いて近付いてきた。

『紗希帰らないの?』

『帰れない……こないだ引き受けた学祭の係の集まりがあるみたい』

『まじかぁ……私もバイト忙しくて変わってあげられないしなぁ……』

『大丈夫。その気持ちだけで嬉しいよ。なんとかする』


はぁ……幼稚園に電話しよう。 

迎え遅れるので延長保育お願いしますって。


こんなところで幼稚園に電話しているのが誰かに見つかったら大惨事だから人の少ない図書室の方に向かった。

そして図書室のドアに寄りかかりながらスマホで幼稚園の番号を探す。


ドンっ!


急に図書室のドアが開いて腰を打った。


『ごめん……人いると思わなかった……ってか、紗希じゃん。帰んないの?』

と中からドアを開けたのはサクだった。


事情を話すと、サクも去年学祭の係をしたがすごく忙しかったとのことだった。たまに7時を過ぎて帰ることもあったり。

『違うクラスだから変わってあげられないしなぁ……

そうだ。俺、美優迎え行って家で待ってようか?』

『助かる!お願いします!』

『わかった。幼稚園に俺が迎えに行くことだけ連絡しておいて。 あと家の鍵は?』

『美優のバックの中に鍵入ってるよ!』

『わかった。じゃあまた後で!』


持つべきものは友だな。

……本当助かった。

係の仕事さっさと終わらせて帰ろう。


係の話し合い中サクからメッセージがきた。


サク: 美優迎えに行って今公園で遊んでる


紗希: ありがとう!助かったー!


サク: 美優お腹すいたって言ってるから家で何か作っててもいい?


紗希: お願いします!!


そして、やっぱり係の話合いは週に2回もあるようだ。


次からは簡単になんでもホイホイと引き受けないようにしよう。

あと、一年の時からずっとかっこいいなぁって思ってた同じ学年のバスケ部の伊藤くんも違うクラスの係の担当だった。

『よろしく』って一言だけだけど……初めて話せて、ちょっとテンションが上がったけれど美優が心配すぎて内心それどころじゃなかった。


係が終わった頃には日も暮れて辺りは暗くなって街灯もつき始めていた。




ーー『ただいまー!美優ごめん!』


息を切らしながら家に帰ってくると

テーブルに座って夜ご飯を食べる美優と

キッチンで洗い物をしているサクがいた。


『おっ、おかえり』

『ありがとう助かったぁ』

部屋の中は焼き魚と味噌汁のいい匂いがした。

『あれ?冷蔵庫に魚なんてあったっけ??』

『いや、帰りに美優とスーパーに買い物に行ってきたよ』

『お金いくらかかった?』

『店員さんに半額にしてもらったから全然かかんなかったよ。あ、おばさんの分と紗希の分も作ってラップかけてあるから』


サクからレシートを手渡され、それを見てかかった金額が安くて驚く。

買い物上手だな。この男普段から買い物してるな。


『ってか、これからどうするの?係がある日は多分学祭終わるまでこんな感じになるよ』


『うーん……全然考えてない。ママに相談しよっかなぁ』


『おばさんと紗希が良ければ俺係がある日だけでもこんな感じで来たりできるからさ。連絡ちょうだい』


『ありがとう。でもそれで成績下がったりしたら悪いじゃん』


『勉強なんて授業さえしっかり聞いてれば楽勝だろ』


んんんっ。授業聞いてるけどいつも私成績ダメダメなんだが?


多分ものすごい要領がいいやつだから。自分ができることをあたかもみんなができるように言い切る。

それも全く悪びれた様子もなく。

この男はそういうとこが昔からある。


『美優はにぃにーが迎えでいい!』

サクと話していたらお嬢様がご立腹のようだ。


『うん。また幼稚園に迎えにいくからね』


サクに頭を撫でられながら、うん。と目をキラッキラさせながら大きく頷く美優。


そして、テーブルの上に散乱したトマトのへた……


こいつ……あれだけ嫌がってたトマト食べてるじゃんか。


『じゃあ俺帰るかな。美優の園からもらってきたプリント、テーブルの上に出しておいたからよろしく』


『ありがとう。今日は助かった本当に』


『うん。じゃあまた明日』


サクが帰ってから

作ってくれた焼き魚と味噌汁を温め直す。

ご飯も多分炊いてくれたんだ。

そして何よりキッチンがキレイになってるんだ。

使ったであろう箸と小皿とかもキレイに乾かされてるし

生ゴミもポリ袋に入れて小さくまとめられてる。


あいつは主婦か。


ご飯を食べ終えて私は残された大仕事に取り掛かる。


美優の風呂だ。


とにかく美優は風呂嫌いで特に頭洗う時は鈍感な私が近所迷惑を気にしちゃうくらいギャン泣き状態。

が、今日はサクが幼稚園帰りに遊んでくれた事もあってか。

お風呂に入る前からウトウトし始めていて

逃げ回るいつもとは違いとってもスムーズに美優をお風呂に入れることができた。

ここまでサクの恩恵が回ってきたのか……

あの主夫できるな……


美優の髪を乾かして寝かしつけた位に


『ただいまー』とママが帰ってきた。


それから私が係を引き受けてしまったこと。

あとサクが美優を迎えに行ってくれた事。

今日あったことを全部話した。


『そっかそっか。この味噌汁サクが作ってくれたんだねー。サク料理も上手いのかー』


『そうじゃなくって週2回ある係の活動の時美優の迎えどうするか?って話だよ』


『うーん。ちょっと由美にも相談してみるかなぁー。紗希が迎え行けない何ヶ月間はやっぱりキツいしね……』


『もしもーし。あっ、由美? こないだはイチゴご馳走さま!美味しかったー。 うんうん……』


由美さんとはサクのお母さん。

ママの学生の頃からの友達で小さいころからよくみんなでキャンプに行ったり、休みの日には外でバーベキューをしたり親交があった。

ママがシングルマザーになって働き始めた頃くらいからなかなかそんな時間も取れなくなってしまったけれど

ちょくちょく果物を送ってくれたり

何よりお母さんが働き始めたばかりの頃、私がまだ家事なんてしたことがない中学生の頃に

家事とはなんぞやを叩き込んでくれたのも由美おばさんだった。


ご飯の炊き方から粕漬け《かすづけ》の付け方まで。


他にも安い時に多く買って冷凍しておけ。


冷凍室はしっかり整理しておけ。

ここは子供達がアイスを冷やす場所ではなく家計の基盤だ。

などなど色々な生活の知恵を教えてくれた私の師匠みたいな人だ。


この頃から私の読む雑誌はティーン向けのファッション誌から主婦向けのものへと変わっていった。


『ほんと助かったぁ。じゃあ週二回くらいサクに美優の迎えお願いってお伝えくださいー!』


由美おばさんは快く引き受けてくれたそうだ。

家にいても何もせず体を持て余しているからガンガン使ってくれ。とのことだった。


由美おばさんと電話が終わってから、思い出したようにママが言った。


『由美に頼んじゃったけどさ、そういえばサクって部活大丈夫なの?』


『あいつ高校に入ってからずっと帰宅部だよ』


『そうなんだー。てっきりバスケット続けてるのかと思ってた。だって中学の時キャプテンとかしてたよね?』


『……』


また思い出したくない事思い出した。


私の表情を見てすぐママが何かを察した。


『紗希……ごめんね……』


ーーいつもいつも夢に見るんだ。


『うぅん。明日も学校だし朝早いからお風呂入ってこようかな』


仕方ない。仕方ないんだって自分に言い聞かせてたんだ。





ーー私のパパは地元の小学生のバスケット少年団のコーチをしていた。


そして私とサクも小学一年の頃からそのパパがコーチをする少年団でバスケットをしていた。


男女共に地区大会くらいならなんなく一位通過する県大会常連のチームだった。

特に私とサクが高学年だった頃は過去で一番試合で遠征に行くことが多かったとコーチが喜んでいたのを覚えてる。


小学生の最後の夏。

一度だけ初めて男子の部で全国大会に行った事があってパパは知り合いに片っ端から自慢してたなぁ。

結果は2回戦敗退で全国の壁を知って帰ってくる事になったその帰り道、パパが紗希もサクと同じチームでプレー出来ていればもっといい成績を残せてたって嘆いてた。


練習もハードでコーチも厳しくてそれに耐えきれず辞めていった子達もたくさんいたけれど

でもそれよりもバスケが楽しくて私の毎日はとても充実していた。


中学に入学すると、私とサクは一年からレギュラーで試合に出ていた。

その時の私は当たり前にやりたい事ができるって思ってたんだ。


その日までは。


中学2年の時。先輩たちの最後の試合が終わった夏。


その日も変わらずに放課後になると私は更衣室でユニフォームに着替えを済ませ体育館に向かった。


そして体育館へ向かう途中に廊下で先生とその時の女子バスのキャプテンが話し込んでいた。


『お疲れ様です』

そう言って通り過ぎようとする私をキャプテンは呼び止めた。


『ちょっと待って。練習前にちょっと大切な話があるの』


『紗希のこと、次期キャプテンに推薦したいと思ってるんだけど……紗希のやる気聞きたいなと思って』


『やりたいです!私にさせてください!』

私は即答だった。


キャプテンがしたい。

それもあったけれどでもそれだけではなくて

先生にもキャプテンにも自分の今までの頑張りを認められた感じがして嬉しかったんだ。


『一年の頃は紗希のこと生意気なヤツだなぁって思ってたんだ私』

キャプテンの突然の言葉にえっ?と驚く私。


『だってこないだまで小学生だった子が私よりも先にレギュラーになって試合でも先輩方引っ張って活躍してるんだもん。 でもね、私負けてらんないなって思って頑張れた。

紗希と同じチームで一緒にバスケできて良かったって思ってるよ』


キャプテンからそんな事言われるなんて思ってなかったから照れて頷くことしか出来なかったなぁ。


『来月みんなに紗希が次のキャプテンになるって報告するから、遅れずに部活きてね』


私はキャプテンと先生に頭を下げて体育館へ向かった。


有頂天だった。

来月が待ち遠しいなぁって。

ママにもこの事早く話したかった。


そして家に帰るとママとパパが珍しくリビングのテーブルに向かい合って座っていた。


『ただいま……』


『紗希?大切な話があるから座って』


そのいつもと違う異様な雰囲気を私は感じた。


もうパパとママと美優と私の4人でこうして会えるのは最後なのかな?って


二人は穏やかに私に話し始めた。


今まで二人で何度も話し合って決めた事。


これからはパパと私達が別々に暮らすこと。


離れて暮らしてもパパは紗希と美優の父親である事に変わりはないよと言葉は濁してはいたけれど

中学生の私でもわかる。


これは離婚なんだって気付いた。


詳しい理由はわからなかったけれど毎日のように続く二人の言い合いを見ていたから

今思うときっとお互いにもう限界だったんだろうな。と今では思う。


『でね、来週からママ今の職場でフルタイムで働こうと思ってるんだ。美優には保育園に通ってもらって……

紗希にもたくさん迷惑かけるかもしれないけどママ頑張るから』


パパが出て行ってから、ママは家の事を全部しながら朝から晩までフルタイムで働き始めた。


そんなママにばかり負担がかかる生活が続くそんなある日、職場でママが倒れたと学校に連絡がきて私は慌てて学校を早退しすぐ病院へ向かった。


過労による貧血だと看護師さんから聞いた。


ママは病院のベットで目を覚ますと

『大丈夫。心配させてごめんね』と笑っていたけれど


その時私はこのままじゃいけないって思ったんだ。


このまま変わらずにこんな生活を続けていればママが疲れて死んじゃうって。


私も自分のことばっかりじゃなくて家族を支えなきゃって


次の日、私は大好きだったバスケットを辞めた。


先生には家庭の事情と伝えて。


でもいつか終わりは来る。

学校だって3年間で卒業だしその後は社会に出て仕事につかなきゃいけない。

バスケットだってプロにでもならない限り続けることはできない。

その好きなことからの卒業の時期がみんなより少し早くきただけなんだ。

ただそれだけなんだってあれからずっと自分に言い聞かせてるんだ。





ーー朝起きるとママはリビングのテーブルで寝ていた。

テーブルの上にはママが普段あまり飲まないビールの空き缶が何本か置いてあった。

服も昨日の夜仕事から帰ってきたままだ。


ママもママなりに責任感じてるんだろうか。


壁にかけてあるカレンダーを見ると今日はママは昼からの出勤だったから、タオルケットをかけてそのまま寝かせておいてあげた。


それからいつものように自分と美優の幼稚園の準備をして美優を連れて早めに家を出た。


自転車で幼稚園に美優を送り届け学校に着くと

みんなは昨日の出来事の話題で持ちきりだった。


『おはよう!紗希!』


『おはよー。みんな何盛り上がってるの?』


美久は私の耳元に近づいて小声で話した。


『隣のクラスに鈴木君っているでしょ? ほらあの勉強すごい出来る。 昨日ね、他のクラスの子が近所のスーパーで幼稚園くらいの子と手繋いで買い物してるの見たんだって! みんな妹にしては歳離れすぎだし隠し子じゃないか?って噂してるんだ!』


それを聞いて固まる私。


やってしまった。


その勉強のすごく出来る鈴木君と一緒にいたのは私の妹なんだよ!ってみんなに言いたい。


言いたいけど、きっと……いや、絶対余計話がこんがらがる。



『し、親戚の子とかなんじゃないかなぁ? ほら!私も幼稚園通ってる妹いるしさ! 妹かもしれないじゃん!ははっ』

もう笑うしかなかった。


そしてサク……まじでごめん。

今すぐ助走つけて土下座したい気分。


私はその日の休み時間も図書室へ行った。

でも今日は本を読みたいわけじゃなくてサクにとりあえず謝りたくて。


図書室の前に着くとサクも図書室に入ろうとしているのが見えて周りを確認しながら呼び止める。


『サク、ちょっと待って!とりあえずごめん!』


急に謝る私に何が?と驚いた様子だった。


『昨日他のクラスの子がサクと美優がスーパーで買い物をしてるとこ目撃したらしくて、ちょっと噂になってるみたい……』


『だからさっきクラスのヤツに変なこと聞かれたのか。 そんなことで噂になるなんて暇な奴らだな』

とサクは少し笑いながら呆れている様子だった。


『ってか、雨降ってきたなー。 昼からある体育のマラソン中止になりそうだなぁ』

図書室の窓から雨の降る校庭を見ながらサクは少し嬉しそうに話す。


『私は少し残念だけど。長距離得意だからさ』


私の方に少し目先向けてサクはフフッと笑う。

『紗希は昔っから体力だけはバカみたいあるからな』


『ちょっと。体力だけはってどういう意味?』

怒る私を見て声を出して笑うサク。


なんかサクがこんなに笑ってるの久しぶりに見た気がする。

小学生の頃はいつも笑っていたイメージがあったんだけれど。

高校に入った頃くらいからあんまり笑わなくなって人とも深く関わったりするのを避けているように見えたから昔と変わらない笑顔が見れて少し嬉しくなった。





『5時間目の体育マラソン中止だって!体育館でバスケットみたいだよ!』教室でジャージに着替えながら笑顔で話す美久。


『……そうなんだ』


『なんか紗希嬉しそうじゃないね。バスケット嫌い?』


『別にそんなことないけど』


美久はフーン。と少し不思議そうな顔をしながらジャージの上着に袖を通した。


私は体育の授業でたまにあるバスケットは毎回見学していた。


あのボールの感触。そして床にボールがつく音。

そのどれもが色々な事を思い出させるから。

あれから私は一度だってボールを触ったことはなかった。


体育館に着いて授業が始まる前に私は先生に体調が優れないから見学させて欲しいと伝えた。

体育の授業の時は基本隣のクラスと合同でする事になっていて2年になってからはサクは隣のクラスになったから体育の授業は一緒だった。


女子が半分から奥側のコート。そして男子が手前のコート。

始めは2人1組になって軽いパス練習。

みんなが楽しそうにボールをパスし合っている中、私と隣のクラスの何人かの見学者が体育館の少し高くなったステージの端に座ってその光景を眺めていた。


『伊藤くんホントかっこいいよねー』

『私は鈴木くんの方がいい!』

と私の隣で他の子達は授業そっちのけで男子の方に見入っていた。


でも確かにかっこいい。異論は認めない。

そしてやる側ではなく見る側になると

なんというかバスケをしている姿は二割り増しで

魅力的に見えるなぁ。


それはそうとサクがバスケしてるところ久しぶりに見るなぁ。


一度聞いたことがあったんだった。

どうして中学3年間続けたのにキャプテンにもなったのに高校でバスケ部入らないの?って。

そしたらサクは飽きたから。って言ってた。

由美おばさんからサクがバスケが強い高校から推薦きてたのに蹴ったって言ってたし。

バスケット嫌いになったのかな。


なんてことを考えながら遠くの方でパス練習をするサクを眺めていたらサクと一瞬目が合った。

少し私はびっくりしたけど驚いたことがサクにバレないようにゆっくり目線を女子のコートの方に移した。


バスケットに未練がある事がバレないように。

私はただただ早くこの時間が終われとそればかり願った。


『はーい! じゃあパス練習おしまい! ミニゲームするから4組に分かれて並んでー!』

と先生が指示をするとみんなはパス練習をやめ並び始めた。


男子のコートでは一番始めのゲームはバスケ部の伊藤くんがいるチームとサクがいるチームが当たるようだった。


みんなが慣れない様子でポジションにつく中

真ん中のサークルに向かい合う伊藤くんとサク。

先生の笛の合図で高く上がったボールをすごい勢いで伊藤くんとサクがジャンプして2人の手の衝撃でボールが跳ねて試合が始まった。


伊藤くんのチームの人がそのボールを拾い、前の方に走る伊藤くんにボールが渡るとすごいスピードですぐさま2人を抜き去り、ゴール下でトトン助走をつけて上に飛び軽くボールを放り込む。吸い込まれるようにボールが輪をくぐった。


その伊藤くんのプレーを見ていた反対側のコートの女子たちは黄色い歓声をあげた。


一方のサクは味方からボールを受け取るとそのままワンタッチで他の味方へパスした。


その味方は相手が近づいてくると慌てて遠くの味方にパスしようとして伊藤が長い手を思い切り伸ばしそのパスをカットしてまたすごいスピードでドリブルしてシュートする。


すぐに点差が広がった。


そしてまた伊藤くんにボールが渡った時にその前にいたのはサクだった。


伊藤くんはボールをつきながら緩急をつけて抜き去ろうとするが、サクは冷静にトトンと軽く後ろへ下がり距離をあけてボールを見つめた。


伊藤くんは右に一瞬フェイントをかけ左側から強引に抜き去ろうとするが

サクはそれを読んでいたように左に手を伸ばす。


……あっ……ボール取れる!


そう思ったけれど伊藤くんはサクの手を振り切って抜き去った。


サクは伊藤くんを追わずにその場に立ち尽くしていた。


そして伊藤くんはそのままゴール下までドリブルをして長い手を伸ばしバックボードにボールを軽く当てボールをいれた。


また湧き上がる女子の歓声の中、伊藤くんは後ろにクルッと振り返りサクの元へと近づいていった。


そして、サクの胸ぐらを掴んで

『今お前手抜いただろ!!』と叫んだ。


一瞬にして静まり返る体育館。


何も言わずにその手を振り解くサク。


『お前なんでやめたんだよ!』

伊藤くんはそう言ってサクをドンっと突き飛ばした。

周りはただならない空気にざわつき始め、先生が二人に近づいて間に入りその場は収まったが


サクはコートから出て壁側の方に少しみんなとは離れて座った。


伊藤くんがあんなに感情をむき出しにして怒った理由はわからないけれど

私にもサクが途中で諦めたように見えたから。

どうしてボール取らなかったんだろう。

サクなら絶対取れたのに。


どうしてバスケットやめちゃったんだろう。


一人ポツンと座るサクがとても寂しそうに見えて

私まで辛くなった。


私たちはどうしてこんなになっちゃったんだろう。


どうしてあんなに充実していた日々から抜け出さなければいけなくなったんだろう。


私が何か悪い事をしたわけじゃないのに。


ただ。


ただ自分らしくいたかっただけなのに。


なんか私たち……


まるで牙を抜かれたライオンみたいだ。


狩りが出来なくなったライオン。


大地を駆け巡る他のライオン達を遠くで眺めながらこれからどうすればいいかもわからず途方にくれる猛獣。


自由に駆ける事を忘れちゃったような。


ねぇ。サク……


そんな悲しそうな顔しないでよ。


……私もか。きっと人のこと言えない顔してる。




放課後。サクからメッセージが来ていた。


サク: 今日係活動あるの?


紗希: ううん、今週はないよ。来週月曜日からお願いします。


サク: 了解。


私は同級生にまた明日ね。と言いながら教室を出て玄関へ向かった。

その途中階段で私とは逆の方向で伊藤くんとすれ違い軽く会釈をして通り過ぎようとしたその時。


中條ちゅうじょうちょっと待って』


思いがけずに伊藤くんき名前を呼ばれて私は階段の手すりに捕まり振り返る。


『前から聞きたかった事あるんだけど』と伊藤くんは言った。


『どうしたの?』


『あのさ、中條と鈴木ってどうしてバスケやめたの?』


その一言で固まる私。


『私とサクがバスケしてた事知ったんだね……』


『あいつと試合した事ある奴ならそう簡単に忘れられるヤツいないよ。 あいつは小学生の頃から一人だけずば抜けてた。

中條の事も知ってる。中学一年の頃から一人だけ3年に混じって試合出てたろ。俺一年の頃試合にも出れなくてずっとベンチだったからお前らがめちゃめちゃ輝いて見えてたよ』


『……そうかな』


『入学式の時2人の事見かけてさ。すごいメンバーが揃ったって俺一人で興奮してたんだ。バカみたいにさ……』


『でも、伊藤くんもさっきの体育の授業の時のレイアップシュートすごく上手かったよ』


伊藤くんは少し目線を落とし悔しそうに拳をグッと握った。


『俺試合のとき鈴木の事一度もドリブルで抜いた事なかったんだ。 あんだけ練習したのに一度もないんだよ。

中学最後の地区予選で当たった時も学生と社会人の試合位の点差つけられてボコボコだったよ……

でもあいつ俺のことなんて覚えてもいなかった。

ずっとあいつを抜くこと目標に今だって毎日毎日頑張ってんのに……』


声を震わせながら、どこにぶつけていいかわからない行き場のない悔しさを飲み込むように伊藤くんは時折言葉を詰まらせながら話した。


『さっきも何年か振りに鈴木と向かい合ったらあいつやっぱりすごかった。 あの嫌な距離の取り方も、俺が何をするか見透かしてるようなあの目も。 最後のフェイクも多分完璧にバレてたよ……』


意外だった。

伊藤くんってもっと淡々と物事をこなしそうなクールな印象だったから。

こんなにも負けず嫌いで、こんなにもサクに勝とうと必死で努力してたんだ。


『どうしてサクがやめてしまったのか理由はわからないけれど……でも今でもきっと好きだと思うよ。バスケット』


『そうだよな。急に引き止めてごめん』と伊藤くんはいつもの表情に戻り階段を上がっていった。


私は自分が辞めた理由は言わなかった。


努力は報われる。


人は頑張ればどうにでもなる。


そんなの嘘だ。


どうにもならないことだってある。


努力でどうにかなるんならこんなに悔しい思いはしてないよ。




ーー『中條 美優の姉です。迎えに来ました!』

いつものように幼稚園のインターホンに話しかけた。

『美優ちゃんですねー、少しお待ちくださーい』

という声の後

玄関のロックが自動で開き、私はドアを開けて中で待っていた。

しばらくすると奥の方から元気な笑い声とこちらに走ってくる足音が聞こえた。

先生と手を繋ぎながら美優は私を見て第一声が


『にぃにーじゃないの……?』


『迎えに来たの私で悪かったねー』

さっきの元気な笑い声が嘘のように美優はハァと大きなため息をつきながら下駄箱から自分の外履を取り出す。

その光景を見て先生がフフっと笑った。

少し不機嫌そうな美優の手を引いて先生にまた来週お願いしますと伝えて幼稚園を後にした。


『美優今日の夜何食べたい?』


夕日でオレンジに染まったいつもの道で自転車をこぎながら、後ろに座る美優にそう話しかけた。


うーん。と美優は少し考えて『オムライス!』と言った。


『美優ってば、そればっかり。 お陰で卵焼きばっかりうまくなっちゃったよ』


トマトは嫌いなのにケチャップは好きってどういうことだろうっていっつも思う。


ほんっとあまのじゃく。


味は好きだけど食感がダメってことかな?

噛んだ時に中身が出るような感じ。まぁ、でもちょっとわかる感じがする。


『美優毎日でもオムライスでいいよ』


『うーん。もう今の頻度でもねお姉ちゃんオムライス嫌いになりそうだから毎日はちょっと遠慮しとく』


『ひんどって何?』


『頻度かぁ。うーん。難しいなぁ。オムライスが出る度合いっていうのかな…それが多くなったり少なくなったりするっていうのが頻度っていうんだよ』


『へぇーー。わかんないや』


『まだ美優にはわかんないか。まぁいつかわかるさ』


『ママきょうも帰ってくるの遅い?』


『今日も遅いかもでもママ、美優に早く会いたいからきっと今お仕事頑張ってるよ』


そっか。と美優は少し満足そうに返事をして何も話さなくなった。

きっと美優も寂しいんだ。

そりゃ寂しいか…だってまだ幼稚園児だもん。

私なんて小学生低学年の時でさえいつも帰ったら絶対ママがいたから何か用事で少しでも姿が見えないと不安になってたなぁ。

私に比べたら美優はずっとずっと強い。

なんだかんだいって文句も言わずに幼稚園に通っているし

絶対泣かない。とにかく泣かないし自分が合っていると思う事には頑として謝らない子だ。


……頑固。

うん、この言葉がぴったり。


『ただいまーー』

家に着くとママはまだ帰ってきてなかった。

今日は昼からの出勤だったから多分帰りがすごく遅い。


そしてご飯ができる頃、美優を呼ぼうとしたが

リビングで疲れて寝てしまったみたいだ。

ソファーの上に今朝ママにかけてあげたタオルケットがそのままにしてあったから美優が起きないようにそっと体にかけた。


寝顔は可愛い。

寝顔ならずっと見ていられるくらい。

多分寝てる時は文句言わないからかな。





ーー次の日学校は休みだったから昼から外に遊びに行きたい!としつこい美優を連れて近くの公園へ向かった。


早く行こうとはしゃぐ美優に腕を引っ張られこけそうになりながら二人で向かう。


持ってきた砂場セットを広げ必死に小さい山を作る美優

『よく飽きずに毎回毎回山作るねー』

集中してる美優には私の声なんて聞こえていないようだった。


公園も学校が休みの子供達や子供を連れた若いお母さん達で賑わっていた。

その中にいる赤ちゃんを抱っこしている少し背の高めのショートカットの一人の若いお母さんと目が合った。


『紗希ちゃん?』


私は少し困惑しながらその若いお母さんの顔を見る。


『紗希ちゃん大きくなったねー。私、里美さとみだよ!サクの姉の!』


『さとネー!? 綺麗になってて全然気付かなかった!!』


さとネー。サクの一番上のお姉ちゃんだ。

小さい頃よく遊んでもらっていて私が小学校に入学した時も朝学校にサクと一緒に連れて行ってくれたりした。


『母さんから聞いてるよ。紗希ちゃん妹の面倒みて家の事頑張ってるんだって?』


『そんな…全然です』


『朔太もね、紗希ちゃんの事すっごく心配してるよ』


『えっ……サクが?』


『朔太が中学のときだったかな。その時ね。紗希ちゃんが部活こなくなったー!ってお母さんに紗希ちゃんの両親に理由聞いてくれ!ってしつこく言っててさ。

紗希ちゃんに料理教えたって言ってた時もね、自分も力になりたいからって料理とか始めちゃってさ。 あいつ単純だよね本当』


意外だった。

サクが私のことそんなに気にかけてくれてたなんて。

ずっと一緒にはいたけれどそんな素振りみせたことなかったから。


『さとネー? サクってどうしてバスケットやめちゃったの?』


『うーん……それはわからない。けど…』


うん。と私はさとネーの顔をじっと見つめた。


『……朔太は別に試合に勝ちたい。とか上手くなりたいっていうのが続けていた理由じゃないんじゃないかな?』


それ以上は聞かなかったけれどサクっぽいなと思った。


テストでいい点取ろうが全国に行って有名になろうが

それを自慢したり、ひけらかしたりしないヤツだ。

少しくらいテングになってもバチ当たらないのにって思うけど

人の評価だとかそういうものに左右されたりしないんだろうな…そもそも。


『けど、紗希ちゃんが家族の為に頑張ってる事。誰でもできる事じゃないと思うな。 とってもすごい事だよ。けど抱え込まないようにね?一人で。

紗希ちゃんがいっぱいいっぱいで頑張っていても平気だよって顔してたらみんなも平気なのかな?って勘違いしちゃうと思うから。 辛かったら助けてって言ってもいいんだからね?』


さとネーの言葉に少し涙が出そうになった。


だって私はお姉ちゃんだからしっかりしなきゃって。

私がなんとかしなきゃってずっと思ってたから。

きっと私は自分で勝手にたくさん溜め込んでパンク寸前なんだ。


『さとネー……ありがと……』


『朔太もね。あいつ無愛想だし口下手だけど…

人の為に本気で悩んだり力になろうって思える子だから…安心して頼っていいんだよ。それだけは私が保証する』


なんて言っていいかわからないけど…

ほんの少しだけ心が軽くなった気がした。

ずっとモヤモヤしていた心の霧が少しだけ晴れた気がした。


辛かったら辛いって言っていいんだ。


苦しかったら助けを求めていいんだ。


すごく簡単な事だけど…でも。 忘れがちになってしまう。


心が悲鳴をあげてるのにまだ大丈夫だよ。って聞こえないふりして歩こうとしてしまうんだ。


素直になろう。


全部は無理かもしれないけれど少しだけでも素直に生きよう。

 

そのあと美優はさとネーに驚くほど懐いた。

でも美優の気持ち私もすごくわかるんだ。

この人は大丈夫だ。裏切らない。自分の味方だって思ってしまう。


うぅん、思わせてくれる。


一緒にいるととっても心が安らぐんだ。


私もさとネーみたいになるのは無理かもしれないけど優しさを忘れずにいたい。





ーー『ママ今日も起きないねー』


テーブルでピザトーストを食べながら話す美優。


『ママだって疲れてるんだよ……美優隊長?』


『ん?』


『ママに爆弾投下!』


ニヤッと笑いながら一目散に寝室に走る美優。


『ゔぁぁぁぁぁあああ』


奥の部屋の方からママの生々しい叫び声が聞こえた。


『紗希……ママからのお願い……朝の目覚ましに美優使うのだけはやめてください……ほんっと』


『でも美優がママのことどうしても起こしたいみたいだから……』


私は美優の方を向いて首を斜めに傾げ『ねーっ』と合図を送る。


『ねーーっ!』と悪い顔をしながら美優も私の真似をして首を傾げた。


『明日からママ、目覚まし時計もう一個増やすね……』


ママはそのままテーブルの椅子に腰掛けて

美優の食べかけのトーストの隣にあるパンをかじった。


『あっ、あと私今日放課後係活動あるから今日の美優の迎えサクにお願いするね』


私はシンクでお米をとぎ終わり釜の線まで水を入れ

ピッピッと炊飯器のボタンを押してタイマーを17時00分にセットした。


そしてサクにメールする。


紗希: おはよう。今日の放課後係活動あるから美優の迎えお願いします! あとキッチンの鍋の中にカレー準備しておいたから美優と一緒に食べてていいから!


しばらくするとサクから了解!と返信がきた。


『よしっ!準備万端。じゃあ、私行ってくるね! ママ美優の送りお願いね』

ママはアクビをしながら『はぁーい』と返事をする。


自転車で学校に向かっていると

前の方にサクが歩いているのが見えた。


『おはよっ、サク!』


サクはん?と後ろを振り向き私に気付くと無愛想な顔で『おはよ』と言った。


『そいえば一昨日ね。近くの公園でさとネーに会ったよ!赤ちゃん連れて』


『姉ちゃん一昨日赤ちゃん連れて帰ってきててさ。その時言ってたよ。紗希と美優に会ったって。 美優、紗希の小さい頃にそっくりだったって』


『そうかなぁ……私あんなに頑固じゃないけど』


『それはどうだろうね。 そうだ。その時さ姉ちゃん紗希と美優にこれ渡してって言われてて』


サクは肩に背負っているバックの中に手を入れて小さい紙袋を一つ取り出した。


『ありがとう。なんだろ…開けていい?』


袋を開けると小さいテディベアのキーホルダーが二つ入っていた。


『何これ可愛い!』


『うわぁー。姉ちゃん好きそうなキーホルダー』


『確かに!さとネー、クマ好きだよね』

そう言いながらサクの方を向くとサクのバックにも同じクマのキーホルダーがついているのに気がついた。

サクのバックを指差しながら

『ん? サクも同じの付けてるの?』と言うと


サクはへっ?と言う顔をしながら私の指差す場所を見て

クマのキーホルダーを見つけると

顔を真っ赤にしてクマのキーホルダーを握りしめた。


『姉ちゃんに勝手に付けられてる……』


『似合ってる似合ってる』とサクの肩を叩きながら私は笑った。


私もバックにクマのキーホルダーをつけて

『見て! お揃いだね!』と見せびらかすと

照れて顔を赤くするサク。

そんなサクがとても新鮮でちょっと可愛い。


『なんかサクとこうして学校向かってると中学の時思い出すなぁ』


『うん』とサクは少し空を見上げて答えた。


私たち毎日一緒にいたんだ。

小学校の時も中学の時も

でも一人で塞ぎ込んで

サクを避けていたのは私だ。

高校入学してからも避け続けて

サクはバスケだけじゃなくなんでも器用にこなすからいつもなんだかんだ目立ってて。 

女の子からも昔から好かれていたのはよく聞いてたし

そこを突くようにして『みんなにひがまれるから話しかけないで』って突き放してたのに

それでも私のちからになろうとしてくれる。

いいヤツ過ぎるんだよ……


『サク?』


『ん?』


『……ありがと』


『紗希なんか今日素直じゃん』


『今日から素直になろうって決めたんだ』


私の時計の針は多分あの時から止まってた。


きっと劇的には変わらない。


それでもいい。少しずつだっていい。


今日から少しずつ前に進もう。





学校に着くと玄関に美久がちょうど上履きに履き替えていた。


『美久おはよ!』


私の隣でサクも小さい声で『うっす』と言いながら首を下に下げた。


『…ん? 紗希と鈴木くんおはよ…… なんか珍しい組み合わせだね……?』


美久は二人の顔を交互に見ながら動揺を隠しきれない顔をしている。


『じゃあ俺靴箱向こうだから行くわ。 紗希また後で』


『うん、じゃあね』と私はサクに手を振った。


サクの姿が見えなくなると美久は無言で私の両方のほっぺをつねり顔を近づけた。

『紗希また後で!うん!じゃあね!……じゃないよ!何が一体どうなってんの!?』


それから朝のホームルームが始まるまで

美久の事情聴取が続いた。

私は今まで話していなかった自分の身の上話を全部さらけ出した。 まぁでも自分からと言うより半ば強引に……



昼のお弁当の時間なると私の前の席で美久は腕組みをしながら話す。

『話を整理すると、鈴木くんと紗希はちっちゃい頃からの幼なじみだったんだ』


『うん、そう。 卵焼き食べていい?』


『話をそらさない! こないだ学校で噂になってた。隠し子騒動は美優ちゃんだったのか。なるほどね。

で、紗希が係活動で美優ちゃんを迎えに行けない時に代わりに鈴木くんが迎えに行ってるってことか……』


『そうそう。それだけ』


『で、紗希が家に帰ったらエプロン姿の鈴木くんがご飯作って待ってるわけだ?』


『エプロンしてたっけ? 覚えてないけど』と私は言いながら朝自分で作った卵焼きを口へと運ぶ。


『どっちにしても羨ましいわ! それほぼ同棲だろがいー!』


『だろがい。って何?』と笑う私の頭にすかさず美久はチョップした。


『痛ったぁーーい!』あまりの痛さに頭を押さえた。


『私が家でおかし食べながら溜まったドラマ見てる時に……羨ましい。ホントに……』


隠すつもりはなかったけれど今まで黙っていてごめんね。と話すと美久は私には私なりに事情もあるし言いたくないことだってあるだろうし言いたくないんなら無理に言わなくてもいいよ。と言ってくれた。


私は水筒に入ったお茶を飲みながら

『あとね、私バスケ好き』と言った。


美久は私の一言にびっくりして食べていたオカズが変なところに入りそうになってゴホゴホっと少しむせた。


『それ一番意外。球技苦手だから休んでるかと思ってた』




放課後になると私はスマホでサクとメールをしながら係活動のある教室へ向かった。

特別活動室。略して特活室というのが私の学校にはある。

ここでは色んな委員会の話し合いや今回みたいな学祭や体育祭など学校の行事の係活動でよく使われている部屋だ。


教室へ入ると他のクラスの係の人たちは集まっていて

その中に伊藤くんもいた。

ちょうど伊藤くんの隣の席が空いていたので私はそこに座った。

今回の話し合いでは係の中での役割分担を決めると言うことだった。

学祭のステージのイベントの段取りや準備だったり

プログラムを作る担当。だとか色々な役割があった。

去年は何も考えずに学祭をそれなりに楽しんではいたけれど、その学祭の準備をする為に裏ではこんな苦労があったんだなと思った。


で、私の担当はというと広報の担当だった。


まぁかんたんに言うと学祭に向けてクラスごとに出店や催し物の準備をしているところを写真で撮ったり、月に一回クラスの進み具合などを記事にしたお便りみたいなものを作る役割だった。


その広報は大変なのか…あんまりみんなやりたがらずに最後にそれだけが残って私がやる羽目になったんだけれど、やるしかないね頑張ろう。

そして話し合い中眠そうにウトウトしていた伊藤くんも流れで広報の担当になった。


『中條もコウホー担当なんだね。よろしく』と最後に伊藤くんと話した。


係活動が終わる頃になると外は薄暗くなっていて

私は自転車で急いで家へと向かった。

ほんっと係の話し合いは長くって、なによりも座りすぎてお尻が痛い。





『ただいまー!』


玄関のドアを開けると美優のキャッキャと笑う声が聞こえた。

リビングの方へ入るとサクが美優とソファーで絵本を読んでいた。


『紗希おかえりー。係活動どうだった?』と言いながらキッチンの方に向かい今朝私が作ったカレーを皿によそってくれているようだった。

『今日ね係の役割?を決めたんだー。で、私広報になったよ』そう言いながら私はテーブルのイスに腰掛けるとサクはテーブルにカレーとレタスやブロッコリーの入ったサラダを置いた。


『広報になったのか……紗希さ?パソコンで文字打ち込んだり写真添付したりできる?』


『人生で一度もした事ないです……』それを聞いてカレーを食べようとする手が止まる私。


そんな私を見てハァとため息を吐きながら

『どうして一番大変な役割引き受けてくるかなぁ……

去年の広報のデータ残ってるはずだからそれ参考にして

写真何枚か撮って書きたい事ザックリとまとめといてくれたら、俺が文字に起こしておくから』


『ううう、助かります•…』と私は申し訳なさそうにサクを拝んだ。


『ってか、このサラダ美味しい。うちにこんなドレッシングあったっけ?』


『さっき俺作ったんだ。マヨネーズとケチャップ、ベースにして。ウスターソースとレモン汁あれば簡単に作れるよ』


『これ美味しい。今度作ってみますサク先生』


サクはどうぞどうぞ。と言いながらソファーの方で一人で遊ぶ美優の隣に座った。


美優が満面の笑みでサクと話している……

私一人だとあんまり美優に構ってあげられないから

美優が楽しそうでなによりだ。


『あっ、そういえば美優。さとネーからプレゼントあったんだ。お姉ちゃんのバックに白い袋入ってるから開けていいよ』


そういうと美優は私のバックから白い袋を取り出して、それを持ってサクの隣へ戻った。

美優が袋に小さい手をグッと入れてクマのキーホルダーを取り出すと目をキラキラさせて

『かわいい!』と喜んだ。


『それサクともお揃いだよ』

美優はへぇーっと頷き。


『にーにーもクマ持ってるの?』


『うん。バックについてるよ』とサクは自分のカバンを指さしそう言うと美優も隣の部屋から自分のバックを持ってきて

サクに付けてとねだった。

サクは器用に鞄の持ち手の丸穴に紐を通しクマのキーホルダーをつけてあげると

美優はバックを肩から背負ってご満悦のようだ。


サクが帰ったあと。

お風呂の中で美優が今日幼稚園での事を話してくれた。


『でね、沙耶先生がにーにーカッコいいねって言ってたんだー』


『あー、沙耶先生って美優のクラスの先生のか』


サクは昔から先輩だとか年上に人から人気がある。

けど恋人が出来たとかその類の話は全く聞いたことがない。

まぁ、私も人のことは言えないが……

女慣れしていないような…その少し無愛想なところがまたいいんだろうか。

確かにカッコいいのかもしれないけれど、小さい頃から一緒にいすぎて正直よくわからない。

けど、担任の先生が園児に本音を漏らしてしまうのが沙耶先生らしい。

若い女の先生だけれど、年上の先生達には負けないくらいズバズバとした物言いで周りくどくない話し方が私は好きなタイプの人だ。

けど嫌味っぽくなくてとても人当たりの良い先生で変に改まったりしなくていいからとってもいい意味で楽な感じがまた良い。

美優の参観日に出た時、確かその時は絵を描く授業か何かの時に先生は花が嫌いって言っていたのが印象的だった。

特に白い花が嫌いと言っていた。


『でもにーにーは私のものだけどね』と

美優は強めの口調で言った。


『モノって……サクにーにーはものではないけどね。ほら美優、頭流すよ』

そう言って髪にまとわりつくシャンプーを一気に洗い流した。


でもどうだろう。


もしサクに恋人が出来たしたら……


なんかちょっと。ほんの少しだけ嫌な気もする。


仲の良い友達が取られるような感覚だろうか……


うーん。 少し自分勝手か。





ーー学祭まで2ヶ月をきると学校では放課後遅くまでチラホラと学祭の準備をするクラスが増えてきた。

クラスで食べ物の出店の企画を考えたり、お化け屋敷や珍しいものだと学校の敷地内を使っての謎解きゲームのようなものを企画するクラスもあった。

 

この学祭が近くなってきた時のワクワクするような雰囲気が好きだ。

去年は家の事だとか美優の迎えがあったからほぼ残れなくて何も出来ずじまいだったけれど。

サクがうちに来てくれる回数を増やそうって提案してくれて私も係活動とは別にクラスの催し物の準備に残ることができた。

サクがうちに来てくれる頻度が増えて、料理に必要なものが足りなくなったりもするようになって、効率を考え食材の買い物は土日に一緒に行くようにもなった。


美優を連れて3人で買い物しているとたまに店員さんに若い夫婦に間違われることも多々あったけれど

私はまだ17歳だし5歳になる美優のお母さんだとすると12歳で出産したことになってしまう。

間違われるたびに心の中ではまだ彼氏も出来たことないわ!と思いながら……


けど一人で献立を考えていた時よりも、サクと話し合いながら決めた方が楽しくて、少し憂鬱だった買い物の時間が楽しくなってたりもした。


『にーにー、袋重たい?』

3人で買い物帰り、家までの道を美優を真ん中にして3人で手を繋ぎながら歩く。


『うぅん、大丈夫だよ。 美優は優しいね』


サクが美優を見つめそういうとタハーッと頬を赤らめながら美優は照れた。


私はその光景を見て美優に尋ねた。


『お姉ちゃんも荷物いっぱい持ってるんだけど聞かないの?』


『ねーねーは良いの。力持ちだから』

と言いながら美優はプイッとそっぽを向いた。


『可愛くない妹!』と言うとすかさず


『可愛くないねーねー』と美優は返した。


私は美優を挟んで向こう側にいるサクを覗き込みながら


『こんな減らず口叩く幼稚園児いる!?』


サクは『二人はそっくりだよ』と声を出して笑った。


そんな話をしながら歩いていると家の近くの公園に差し掛かった。


『美優ブランコ乗りたい!』と言って私とサクの手を離し公園の中へと美優は一人で駆けていった。


私は買い物袋をベンチに置き腰掛けた。


『私、3人でこうして買い物したりしてたら思うんだー』


『ん? 何を?』


『パパとママにはこういう時間が足りなかったんじゃないかなーって』


『……こういう時間って?』


『今みたいな…少し幸せな何でもない日 』


パパは平日は仕事でいなかったし、仕事が終わってからも小学生達のバスケの練習でほとんど家にいなかったし。

土日は土日でバスケの試合が入っていたり、バスケの社会人のチームの人たちと練習しに行ったりしてたから。

こんな風に家族で買い物に行ったり公園に行ったりとか

そういう時間が全くなかった。

私がバスケットを始めたのもそんなパパとコミュニケーションをとりたいって思ったのがきっかけだった。

少しでもパパに褒めてもらいたかったんだ。


『パパは私たちのことなんて何にも考えてなかったから……』


『それは違うよ』


とサクは私を真っ直ぐ見つめて話し始めた。


『……おじさんさ。紗希の前ではどうかは知らないけど…俺といる時は紗希の話ばっかり楽しそうに話していたよ。

中学入った頃も俺ら一年でレギュラーだったじゃん。おじさんすごく喜んでて

紗希の試合は毎回おじさん仕事抜け出して紗希には内緒で見に来てたんだ。……あと、二年の時の最後の試合も』


『最後の試合……?』


『うん。 ……紗希が辞めた後の試合。 試合に紗希の姿がないっておじさんが慌てて俺のところに紗希はどうしたって聞きにきたんだ。 練習にも来てないって伝えたらおじさん残念がってた。才能あったのに俺のせいだ。って』


『……うん』


『紗希のこと、すごく考えていたんだと思うよ。

おじさん紗希のことバスケで有名な私立の中学にあげたくておばさんと口論にもなってたって。 おじさんそれで引越しも考えてたらしくておばさんは反対してたみたい』


サクから聞いた話は私には初耳だった。

中学に上がる前くらいから二人の仲が悪くなる兆しが見えはじめていた。

パパがそんなことを考えていたなんて意外だった。

どうして私本人に相談してくれなかったんだろう。


『……それで家族がバラバラになっちゃったら本末転倒だよ』


『離れてはいるけれどおじさんは紗希の事も美優の事も思っているよ。もちろんおばさんだって考えてる。 必死だからこそ感情的になってしまったりする事だってあると思うんだ。 大切だからこそ尚更さ』


サクはそれ以上パパの事を話すことはなかった。

サクは小さい頃からパパと仲が良くって社会人の練習にもたまに混ぜてもらってたりしてたみたいだから

関わりが多かった分、きっとサクには私達には見せない弱い部分も見せていたりしたんだろうか。

私よりもきっと私の家庭の事情を知ってる。というか嫌でも耳に入ってしまっていたんだろう。


『サク? サクはどうしてバスケしないの?』


私は少し不安になった。

過去のその変えることのできない出来事よりも、サクがきっと好きだった事を続けない理由に私に負い目を感じていないか不安になった。


『昔、バスケ少女に言われたんだ。 考えもなしに一人で突っ込むのはやめろ!しっかり周りを見ろって…』


いつだったっけ。


たしか…そんなような事言ったような。


……あっ、私多分言った。

サクがいる男子のチームの小学の部、最後の全国行きがかかった試合中にベンチで言ったんだ。




ーー『はぁはぁ』


バスケットコートの中で肩で息をするユニフォーム姿の男子達。その中にサクの姿もあった。

私のいた女子チームは前の試合で敗退しキャプテンの私はマネージャーとしてこの試合ではベンチにいた。


隣町の総合体育館の広くて綺麗なコートで県大会の決勝戦があった。

県大会となると会場の観客席もかなり埋まっていた。


地区大会で群を抜いて強くても

県大会ともなると地区の強豪達がひしめきあって

その上そのチームの分析などもされていて勝つのは容易ではなかった。


試合開始からうちのチームの攻撃の要となるサクは長身の二人にずっと執拗にマークされていて、サクが上手く機能しないうちのチームは前半、攻め逸れていた。


パスがうまく通らずサクは相手チームの二人に挟まれ状況は最悪だった。


サクは焦りからか、それに苛立ちいつになく無鉄砲なラフプレーが目立ち一人で前線まで持っていき倒されたり、いつもの力が発揮できずたまに床を足でドンっと音が鳴るほどの地団駄を踏んだりしていた。


『朔太、相当イラついてるな。一度下げよう』


誰の目から見ても明らかだった。

コーチがアップをしているほかの選手に交代を告げると

コートの中にいるサクと入れ替わり

汗だくのサクは『クソっ!!』と言いながらコートからベンチの方に戻ってきた。


そんなサクを見てコーチがベンチから立ち上がろうとする前に私は耐えきれなくなってサクの元へ行き両手で両頬をパチーーンっと音が出るほど叩いて、そのままサクの顔を自分の方へ近づけた。


『落ち着け!サクっ! 考えもなしに一人で突っ込むのはやめろ!相手の思うツボだろ! 落ち着いて、しっかり周りを見ろって!』


サクは肩で息をしながら私を睨んだ。


『俺が点取らないで誰が取るんだよ!』


『前に出るなって言ってんじゃない。 考えろって言ってんの。 怒りながら試合して、そんなんで終わった時にサクは楽しかったって言える?』


『勝ちたいんだって!』


『怒りながら試合に勝って嬉しい!?』


『…•…嬉しくない…かも』


『私はさっき決勝で負けた。 悔しくないって言ったら嘘になるけど…でも頑張った。全力出し切ってみんなで頑張ったよ。 だから後悔はない。 今のサクは試合終わって後悔ないって言える?』


『……じゃあどうすればいいんだよ』


『うちの運動量の多いキャプテンにずっとぴったりくっついてる相手もすっごい運動量だよ。バテてる。

でも相手は選手交代しない。あの長身のヤツらじゃないと多分サクの事止めきれないんだ』


はぁはぁと肩で息をしながら冷静さを取り戻しコートに視線を向けるサク。


『俺が二人をもっと引き付ければゴール前にスペースができるか……』


『うん絶対できる。サクの体力が持てば後半チャンスだよ。 もっと相手引っ掻き回せばいい』


ユニフォームをまくってサクは額の汗を拭った。


『持てば《•••》じゃないよ。絶対持たせる。後悔しない為に』





ーー『あの後勝ったけど試合終わったらサク倒れたよね』


『うん、スタミナ切れでぶっ倒れたね』


ベンチで思い出話で笑い合う二人。

美優はその笑い声に気づいてブランコから降りて二人に近づいてきた。


『何の話?』


『ううん、何でもないよ。 むかーしの話』


じゃあ帰ろっか。と言って私は美優の手を取り、サクもベンチから腰を上げた。


『紗希?』


『ん? 何?』


『後悔はしてないよ。今、ここにいる自分は後悔しないようにしっかり選んだ自分だから』


サクは笑顔でそう言った。


そんな風に思えるってすごい。

私は後悔ばっかりだ。

もっとこうすればよかった。

どうして自分ばっかり。

そんなことがぐるぐると渦のように回ってる。


でも、あの時。ママが倒れたあの時に私が何も考えずに好きな事を続けていたら

今頃の私はもっと後悔していたかもしれなくて。


起こりうる最悪の展開を考えると少しだけ心が軽くなる感じがするんだ。




ーー授業が終った放課後。

西日が差し込む特活室で私は伊藤くんと二人で今月末に私たちの学年で配る学祭のお便りの記事を考えていた。


私はシャープペンをアゴでカチカチと芯を出しながら記事を考える。


『やっぱり、各クラスの出し物の一覧とかいいと思うんだよなー。表みたいな感じで作って…』


伊藤くんは机に頬杖をつきながら『それでいいんじゃない? あと、クラスの進み具合とか聞いてさ』と手でプリントをなぞりながら答えた。


『いいね、それ。それにしよう』


私は今日出たアイディアを箇条書きでA4程の用紙に書いていく。


『それはそうと学祭の時期になるとみんな浮かれてるよな』


私は用紙に書き込みながら、うん。と返事をした。


『中條はさ、好きな人とかいないの?』


伊藤くんの言葉で動揺のあまり力が入りすぎてシャープペンの芯をパチンと折ってしまう。


『い、いないし!そんなの』


『中條、モテそうなのにな』


私は少し顔を赤くしながら『モテないよ!全然!』と顔の前で手を振った。


『そんなことないよ。中條は俺の初恋の人だから』と伊藤くんは椅子にもたれ、両手を伸ばしながらそう言った。


……ん? 今なんて言った?


私は伊藤くんの顔をチラッと見るが平然とした顔で過去の係活動のプリントを眺めている。

もしも、これが告白だとしたら…もっと伊藤くんは私を見つめきっと私の返事を待っているだろう。

一度も告白されたことなんて無いから知らんが。

けれど今私の目の前にいるのは私の返事よりもプリントの記事が気になっている伊藤くん。


今のはもしや…社交辞令的な感じか?


そんなことないよ!モテると思うよ!俺も昔、お前のこと可愛いと思ってたよー! そんな感じの軽いノリの。


『ってか、中條パソコンできるの?』


『うん、やっておくよ』


……サクが。


『よしっ。早速、みんなが学祭の準備しているうちに聞いて回りますか』

伊藤くんはそう言って立ち上がった。私もペンケースと机に広げたプリントをまとめて特活室を後にした。






ーー『ただいまー』


『おかえりー』とサクは少し小さな声で言った。

リビングに入ると美優はソファーで寝ていて、サクがキッチンで何やら食材を切っていた。

サクの隣にいきサクの手元を覗き込む。


『何作ってるの?』


『今、豚肉で生姜焼き作ってたから切ってるの』


『おいしそー』


サクは手際良く豚肉を食べやすい大きさに切り、それを包丁の背に乗せて皿に盛り付けていく。

私はサクの手元を見てわざとらしく言った。


『サクって左利きなの?』


驚いたように私の方を向くサク。


『今更!?』


『今包丁使ってるところ見て気がついた!』


『あのさぁ……俺小さい頃からずっと左利きだけど。バスケの時だって左で投げてたし』


『だから練習の時の1on1とかサクとはなんかやりづらかったのか……』


『何年越しに気付いてんのそれ』と言いながらサクは吹き出す。


『冗談だよ。 そういえば左利きだったなぁって思って。 あと今日広報の記事考えてきたからお願いします』


私はバックからプリントを取り出し、それをサクに見せた。


『へぇー、これ全部二年のクラス回って聞いてきたの?』


『そうだよ! 8クラスもあったからめっちゃ疲れた。 気付いたらこんな時間になってるし』


サクはキッチンで手を洗いながら『じゃあ、明日早めに学校に行ってまとめておくよ』と言った。


『お願いします。私も明日早く行こうかな』


私はソファーでイビキをかきながら寝ている美優の方に目をやる。


『ってか今日も美優、爆睡してるなぁ』


『うん、今日も帰り公園寄ってきたから多分疲れたのかも』





ーー『うわぁ…自転車パンクしてるじゃん……』


次の日の朝、家の前で私は一人制服姿で頭を抱えた。

家から学校まで割と距離があって自転車通学だから、その距離を歩いて行くとなると倍の時間がかかってしまう。

普段だったら遅刻確定。


でも今日はいつもより早めに起きて、お弁当を作り美優の準備をして早めに家を出た。

昨日サクが係活動の記事をパソコンでまとめてくれるって言っていたから。

何も手伝えないとは思うけれど来月の為に少しでも覚えておこうと思って。


せっかく早く起きて準備したのに多分学校に着く頃は遅刻ギリギリだ。


今日早めに帰ってきて、近所の自転車屋さんに行こう……



まだ誰も歩いていない静かな通学路を一人早足で歩く。

もっと時間に余裕がある予定だったんだけれど、そんなこと言ってらんない。遅刻する。

後ろから自転車が近づいてくる音がする。そして『中條?』と私の苗字を呼ぶ声が聞こえて私は後ろを振り返った。


『あっ、伊藤くんおはよう!早いね』


『間違えてなくてよかったー』と伊藤くんは自転車のハンドルに肘を乗せて、ホッとした顔をした。


そして伊藤くんは『こんな時間に会うの珍しいね。どうしたの?』と首を傾げた。


『係の記事パソコンに打ち込もうと思って……』


…サクが。


でもサクの名前は敢えて出さなかった。

きっと伊藤くんはあまりいい気はしないだろうし

サクもあまり言って欲しくはないと思うから。


『伊藤くんはどうしたの?』


『バスケの朝練だよ。新人戦も近いからさ』

バスケのシューズが入った袋を私に向けて言った。


『そっか、三年生はもう引退してるんだもんね。二年生中心の新しいチームで新人戦、頑張ってね!』


『中條もこんな早くから広報の仕事してくれてありがとうな』


『ううん、大丈夫。ちゃちゃっと仕上げちゃうから!』


…サクが。


『でも、こっから徒歩で学校って遠くない? 自転車の後ろ乗ってく?』


……救いの神様だ。

朝自転車がパンクしてて絶望的だったけれど

捨てる神あれば拾う神ありとはこのことか。


私は迷わず『乗ってく!』と返事をして伊藤くんの自転車の後ろへと乗った。


『しっかり掴まっててね』と言って

伊藤くんはペダルを漕ぎ始めた。


風がとても気持ち良い。

少し汗ばんだおでこがに風が当たって思わずわたしは目を瞑る。

普段は特に意識していない事でも、失くしてからその大切さに気付くことってある。

一般の私くらいの年頃ではそれは恋人だとかで気付いたりするだろうけど、私はそれが自転車だ。

ロマンチックのカケラもない所が、また私っぽい。


そして、もう一つ。

年頃の女の子らしくないことを言うとするならば

伊藤くんがとっても良い香りがする。

例えて言うなら、石鹸のような。

家の良い匂いと柔軟剤の匂いか何かが混ざったような。


イケメンって香りもイケメンなのか。


伊藤くんはバリバリ体育会系ではあるけれど、汗のイメージは全くなく。それどころか、いつも透き通るような清潔感を感じる。


そして私が今捕まっている脇腹の下辺り。

とても線が細いけれど華奢きゃしゃな感じは全くなく

少し硬く中身が詰まっているような。


……むしろ良い。


語彙力が無くなってしまうけれど、これ以上表現する言葉は私には見つからない。


むしろ良いのだ。状態が良い。でも多分状態は常に良い。


『中條さ、最近明るくなったよな』


『ん? そうかな』


『うん、なんか前までは話しかけてくんなオーラがすごかったからさ』


うん。多分出してたんだと思う。

自分勝手だって思われるかもしれないけど

何も考えずに学生生活を楽しんでるみんなに嫉妬してた。


『最近出すのやめたんだ私。話しかけてくんなオーラ』


『そっか。でもツンとしてる中條も好きだったよ俺は』


『そんな風に言ってくれるの伊藤くんだけだよ。 そのオーラのお陰で私、高校入ってからほとんど友達も出来てないもん』


『ふーん。それならこれから作っていけば良いじゃん。友達。 大切なのはどれだけ長く一緒にいたか。ってわけじゃないし。今からでも全然遅くないよ』


どれだけ長く一緒にいたか……ではないか。


確かにそうなんだけどね。


でも一緒に過ごせば過ごすほど良いところに気付くことができたりもすると思うんだ。


最近すごくそんなことを思う。


なんていうか……


最近は毎日が前よりも少しだけ色鮮やかに感じるんだ。



しばらくすると学校へと着いた。

伊藤くんは自転車でわざわざ玄関の前まできてくれて、そこで私を降ろして『俺体育館の方に行くから。またね』そう言って体育館の入り口の方へと向かって行った。

伊藤くんの姿が見えなくなるまで見送った後に

まだ人のいない玄関で靴を履き替え私は急足で図書室へ向かった。


カタカタカタカタ。


図書室に入ると静かな部屋でキーボードを打つ音が聞こえた。

奥の方にあるパソコンで作業しているサクの姿があった。


『おはよ。サク』


サクはパソコンに目を向けてキーボードを打ちながら『おはよう』と言った。


サクの隣で私もパソコンの画面を眺めると昨日私が箇条書きで書いていた文字をわかりやすく表などで打ち込んでくれていてほとんど出来上がっているように見えた。


『もう出来上がってるじゃん。すごいね』


『去年の広報が使ったデータ残ってたから、それに紗希が書いてくれた内容そのまま打ち込んだだけだよ』


『それでもすごいよ。ってか何時からこれ作ってるの?』


『そんなに早くは来てないよ。 ってか、今日美優の迎え大丈夫そ?』


『うん、今日はお母さん休みだから大丈夫だよ。ありがとう』


『そっか』とサクは画面を見て私の書いた紙を片手に持ちながらカタカタと文字を打ち込んでいく。


『これ、このまま打ち込んでいけば良いだけ? それなら私もやりたい』


私は後ろの方から椅子をサクの座っている隣に移動して

そこに座った。

サクは少し場所をずれて私はパソコンの前に座るとブレザーの袖を肘の方まで捲りマウスを握った。


『ここにカーソルを合わせれば良いの?』


『そうそう。 その枠の中に文字を入れてくんだよ』


私は両手人差し指でキーボードのアルファベットを探しながら文字を打っていった。

普段全くと言って良いほどパソコンもスマホさえもそんなに使わないから

サクみたいに五本の指を器用に使って打つことは出来ない。

サクは少しわざとらしく私の手元をチラチラ見るから

『遅くて悪かったね』と言ったけれど

サクは『そのうちすぐ慣れるよ』と言って微笑んだ。


最近サクはよく笑う。


その笑顔を見ていると

なんだかとても懐かしいような……

なんて言って良いのかわからないけれど

胸の奥がギュッと締め付けられる感じがする。

でもそれは苦しいとはまた違って。

とても心地の良い感じがするんだ。


『サク? 小さい つ ってどうやって出すの?』


キーボードで小さい つ を探しながらサクに話しかけていたが全然返事がないので『ねぇ?』と言いながら隣にいるサクの顔を覗き込んだ。


サクは、スースーと微かに聞こえる程の小さい寝息をたてながら寝ていた。


きっとこれを作る為に相当早起きしていたんだろうな。

学校に来る前に家でもすぐパソコンに打ち込めるように

私が渡した紙の余白の所にメモのようなものが書いてあったり、聞き慣れない何かの単語のようなものも書いてある

多分パソコンの用語か何かだろう。


トンッ。とサクの頭が私の肩の上に乗っかる。


私はびっくりして声が出そうになったけれど

サクが起きてしまわないように思わず息を止めた。


シャンプーの良い香りがする。

そして小さい頃から変わらないサクの匂いもした。

少し懐かしくて安心する匂い。


さとネーもサクと同じ匂いがする感じがするから

きっと家の匂いなんだろうか。

例えが見つからないけど好きな匂い。


みんなが登校してくるまでまだ時間はあるから

寝かせておいてあげよう。


『私の字汚ったないなー』

よくサクは読めたものだ。自分でもたまになんて書いてあるか目を凝らしてみたりしてる。


サクの寝顔を見ながら

汚い私の字に目を凝らすサクが容易に想像できて少し笑いそうになった。

私は鼻でサクの髪を軽く撫でた。


そういえば昔サクに私の字は特徴的だから見たら紗希が書いたってすぐ分かるって言ってたな……


……いつだっけ?


そんなことを考えているうちに気付いたら私も寝てしまったみたいだ。


学校のチャイムの音で私は目を覚ました。

一瞬自分がどこにいるのかわからなくなったけれど肩にサクの頭が乗っていて自分も一緒に寝てしまった事に気付いた。


パソコンの画面の下の方にある時刻を見て私は驚く。


『サク!起きて!もう一時間目始まってる!』


私の声でサクも目を覚ます。


『ごめん、俺寝ちゃってた?』


『私も寝ちゃってた!ってか遅刻遅刻!』

私が指差す時計を見て慌てるサク。


二人で鞄を持って急いで図書室から出て教室へ向かった。


『昼休みに仕上げちゃうからさ。出来たら帰り印刷して渡すよ』と廊下を駆けながらサクは言った。


『うん、じゃあまた後でね!』


私は自分教室に着くと教卓とか逆の後ろの扉から入った。


ドアの開く音でみんなが一斉にドアの方に振り返った。

そしてみんなの反応で先生は気付いた。


『中條、遅刻か? 珍しいなぁ…… 早よ席につけ』


私は『すみません……』と小声で呟きながら早足で窓際にある自分の席へ着く。


一時間目は国語だったか。

良かった…優しい先生の授業で……

国語の先生はメガネをかけた少し小太りの中年の男の先生だった。

いつもワイシャツにネクタイを締め、ぽっこりと出たお腹が特徴的な先生だ。

この見た目と少しゆっくりとした話し方から

みんなはカバ先生とあだ名をつけた。

先生はカバ先生と呼ばれても怒ることもなく

少し自慢気に『カバは強いからなぁ』と照れながら話していたのを覚えてる。


私が鞄から教科書を出している最中、前の席に座ってる美久が振り返る。


『紗希が遅刻だなんて珍しいじゃん。どしたの?』


『朝早く来て図書室で係の資料作ってたら寝ちゃって』


『朝からぁ!?』と美久は目を丸くして驚いていた。

『あの学祭の係活動かぁ……大変だね』


『大変だけど…けど楽しいよ。青春してるぜ。って感じが』


美久は何だそれ!と言いながら口に手を当てて吹き出しそうになっていた。


私は窓から外を眺めながらサクが私の字が特徴的だって

言った時のことを思い出そうとしてた。


……そうだ。さとネーと3人で未来の自分に手紙を書いたタイムカプセル埋めた時だ。


確かあれは私が小学校に入学して間もなかった頃くらい。


なんか書いたかももう思い出せないくらい。

あれから10年くらい経つのかぁ。


サクは何て書いたんだろう。


私はさっきまで肩にあったサクの温もりと匂いを少し思い出してた。


『紗希、なにニヤニヤしてるの?』

美久が窓の外を眺める私を見てそう尋ねた。


『んー、教えない』





ーー今日の授業が終わって帰りのホームルームが始まる前にサクが紙を持って私の教室に来た。


『紗希、係のやつ出来上がったから目通して大丈夫そうなら先生に言って8クラス分印刷してもらって』


私はうん。と言ってサクから用紙を受け取りそれを眺めた。


『つ が大きくなってる所があったから全部直しといたよ』


『あれはサクのこと試したんだよ。しっかり確認してるかどうか』


『そっか』とサクは笑った。


サクの顔を見ると朝のことを思い出してしまう。

みんなが知らないそれどころかサク本人も気付いていない。いうなら私だけの秘密だ。

少しボーッとしてサクの顔に見惚れてしまう。


『どうしたの?』と首を傾げるサク。


我に返って『ううん』と首を振る私。


『サ、サクに何かお礼したいなと思ってさ』


『いいよ、別に』


『明日さ、私サクにお弁当作ってあげるよ』


少し驚いて眉が少し上に上がるサク。

『うん、じゃあ明日楽しみにしてる』そう言って自分の教室に戻って行った。





帰りのホームルーム最中みんながスマホを手に持っ出るのを見て私も通知が来ていないかだけ確認した。


着信が何件かとママから自転車で学校行かなかったの?とメッセージが来ていた。

私はママにパンクしてて歩いてきたと返信しようとしたが

もう一つメッセージが来ていてパンクに気づいてホームセンターでパンク直しておいたよ!とあったので

ありがとう!と返信した。


帰る前に職員室に寄ってみんなに配布する係の紙を担任の先生に渡すとよく出来ていると褒められた。


先生には正直に隣のクラスの鈴木くんに手伝ってもらったと伝えると、先生もサクに学校の緑の掲示板に貼る表示などをよく頼んだりするんだと言っていた。


……そんなことしてたのかサク。

それを休み時間とかにササっと仕上げてしまうのがすごい。

そしてなによりもそれをサクがしていると誰も知らないのがまた、なんというかサクっぽい。


けれど、そんなサクの良さをみんなは知らないけれど分かる人はしっかり分かっていて

色んな人から頼りにされたりしているんだろう。

無愛想に見えるけど、多分誰よりも人の事を考えられるヤツなんだ昔から。


『鈴木って係の役員だったっけ?』と先生は私に尋ねた。


『いえ、私が頼んだんです鈴木くんに』


『そうかー。鈴木と仲良いのか』と先生は少し嬉しそうに話した。


先生もサクは口数が少なくって他の人とあまり関わっている所は見たりすることがなく少し心配だったと話した。


『でも鈴木のことよく聞かれたりするんだよ。一年とか三年の女子生徒に。鈴木くんってどんな感じの人なんですか?って』


そう話しながら先生は私の顔を見て途中で話すのをやめる。


『えっ……中條……怒っとる?』


自分でも気づかなかったけど眉間にかなりシワが寄って私は先生を睨んでしまっていたみたいだった。


『怒ってないです!怒ってないです!』と私は少し焦って弁解した。


サクは中学の頃から人気はあったし、

部活の試合で他の学校へ行ったりした時にも

他校の女子生徒が割と集まってサクの事話したりスマホで写真を隠れて撮る生徒もいたりもしてた。


そんな事にはもう慣れていたし何よりその人達はサクの上っ面の部分だけ。その外側だけを見てそんな事を言っているんだろうなとも思ってたから。平気だと思っていたけれど

やっぱりその事を改めて他の人の口から聞くと

無性に不快な気持ちになる。

別に誰に怒ってるわけじゃないけど、何処にぶつけていいかわからないもどかしさとでも言えばいいんだろうか。


別に自分のモノでも、というか誰のものでもないんだけどね。


その時は少しだけ美優の気持ちがわかる気がするんだ。





ーー学校帰りに明日のお弁当の具材を買いにスーパーへと立ち寄った。


いつもの買い物は値段重視だけれど明日の為に少し予算オーバーを覚悟でサクが喜びそうなお弁当を作ろう。


けど、あまり気合を入れ過ぎたお弁当だと

開けた瞬間引かれたりしたら嫌だから、あまりやり過ぎない程度な感じがいい。

少し良いな。って思われる程度。


丁度いい感じのお弁当ってなんだ……


今まで家族以外の他の誰かにお弁当を作ったことがないどころか私は恋愛経験もあまりない。


……いや。今少し見栄を張った。 あまりではなく一度もない。


……ん?


一体…何を作ればいい……?


世の女性達は彼氏だとかにお弁当を作る時どうしているんだろう一体。


その類の経験や知識はあまりにも私には乏し過ぎて

頭が真っ白になる。


サクの好きなものって一体なんなんだ……


私はスーパーの惣菜コーナーで堪らなくなり

鞄からスマホを取り出しすぐさま電話をかけた。


何回かのコール音の後優しい声で『もしもーし』と応答した。


『あっ、さとネー? 久しぶり!』


『紗希ちゃん、久しぶりだね』


『ちょっと折り入ってご相談がありまして……』


『……ん? どうしたの?』


『ある事情がありまして……サクにお弁当をね。あの、作ろうと思ってるんですが……その』


電話越しでさとネーのフフッと笑う声が聞こえた。


『そういうことか。 サクね小さい頃からお肉はあんまり食べなかったかなぁ。焼き魚とかの方が好きだと思うよ。 あとベタベタな物とか苦手みたいだったよ。例えばおにぎりの海苔とか。 お母さんにお弁当の時おにぎりと海苔は別にしてってよく言ってた』


そういえばサクの家族とよくバーベキューをしていた頃。

肉ばかり食べていた私とは対照的にサクは野菜ばかり食べていたな。

あれ苦手だったから食べていなかったのか……

遠慮しているのかと思ってた。


『でもお弁当で悩んでくれてる事知ったらサクきっと喜ぶよ』


『さとネーに聞いといてよかった。私聞いてなかったら肉づくしのお弁当になってたかも』


『それでも紗希ちゃんが作ってくれれば喜んで食べると思うよ』


『でも肉を使わない料理かぁ。難しそう』


『漬物とか……ひじきの煮物とかきんぴらごぼうとか焼いた白身魚とかかなぁ』


『なんかサクの好きなものお爺ちゃんみたい』


『確かに』とさとネーは声を出して笑った。


『さとネーありがとう。 肉を使わない和食作ってみる!』


よしっ。目指せ幕の内弁当。


そう心の中で呟き野菜コーナーの方にカート押して向かった。


買い物を終え家に着くとママと美優は少し早めに夕食たを食べていた。


『ただいまー。 カレーのいい匂い』


『紗希おかえりー。 冷蔵庫の中にひき肉入ってだからキーマカレー作ったんだ』


『えっ、やったー。ママのキーマカレー好きなんだー』


『学校帰りに買い物行ってきたの?』私の持つエコバッグをみてママが尋ねた。


『うん、明日ね。いつもサクに色々お世話になってるからお弁当作ろうと思って……』


ママは照れる私を見て少しニヤッとしながら『へぇ〜』と何やら察したような顔をした。

私はママから顔を隠すように食材の入ったバックを持ってキッチンの方へ少し早足で歩いて行った。


美優は右手にスプーンを持ち、口の周りをカレーまみれにしながらポカーンとこちらを見ていた。


『ねーねー、顔真っ赤だよ?』


『走って帰ってきたから暑いだけ!』

と私は美優の方を見ないで反論したが、ママは美優の口を拭きながら『お姉ちゃん、ニーニーにお礼したいんだって』と言った。


私はキッチンの引き出しを開けて

前にゆみおばさんにもらった料理本を取り出し

きんぴらごぼうのページを開いた。


『きんぴらごぼう作るのかー。サク確か肉嫌いだったよね』

ママは私の後ろから本を覗き込んでそう言った。


『きんぴらごぼうはあまりに炒めすぎない方がいいよ。ごぼうとにんじんの風味が飛んじゃうから』


私はママの方を振り返って『そうなんだ……』と頷いた。


『きんぴらごぼうならママも得意だから教えてあげられるかな』

そう言って買い物袋からごぼうを取り出し『ごぼうの皮むきからしよっか』と私に手渡した。


『ごぼうの皮ってどうやって剥くの?』


『うーんとね……』と言いながら包丁入れから包丁を取り出して刃先と反対にある背の部分を指して『水につけながら、ここで軽く削いでいくんだよ』と言った。


ママに見守られながらごぼうの皮を剥いて、具材を切っていく。


『紗希、包丁の使い方上手だねー』


『そりゃ上手くもなりますよー。いつもさせてもらってますからー』と言いながらごぼうを縦にしてささがき切りで切っていく。


こうしてママとキッチンに立つのはいつ振りだろう。


多分家にまだパパがいた中学生の頃くらいだ。

初めて友達にバレンタインチョコを作る時に手伝ってもらった時だ。

板チョコを包丁を使って崩そうとした時に

ママは私の包丁の使い方が危なっかしいと言って

ほとんどママが作ってくれた思い出がある。


でも今はママも安心して見ていられるほど上達したみたいだ。


人って変わっていく。まぁいい意味でも悪い意味でも

住む環境が変わったら順応していくって事だろう。

きっとそのままだと生きてはいけないから変わっていかないといけない。


『サクがね、美優を見ていると昔の私を思い出すって言ってたんだ』


『ん? 確かに紗希と性格似てるかもね』


『そうかな。私あんなに図太い性格してないけど……』


『図太くていいじゃない。 言い方は違っても強いって意味でしょ? 紗希も美優もママに似て強く生きてくれて嬉しい』


そう言ってママは私の頭を撫でた。


『ママね。 紗希が男の子にお弁当作ったりだとか普通の女の子らしい事してるのがすごく嬉しい。 紗希にはたくさん、たくさん我慢させることもあるだろうからこうして普通な事がすごく嬉しいんだ』


ママの言葉で今まで我慢してきた事が込み上げてきた。


普通ってきっと難しい。

人それぞれ考え方は違うし環境だって違う。

それを誰かが全体を見てここが普通だよ。って線を引かれたってそれがとっても難しかったりするんだ。


普通じゃなくっていい。


けど落ち着いて暮らしたい。後悔なく生きていたい。


『でも、私も美優も幸せだよ?』


『もう……ママの事泣かせんな……』

そう言いながら私に顔を見せないようにママは後ろを向いた。


きっとみんな不安で必死なんだよね。


私だけじゃない。ママだってそうだよね。


みんな同じで必死に生きてる。





ーー次の日。朝から4人分のお弁当を用意した。

昨日のうちに作ったきんぴらごぼうと白身魚とひじきの煮物とサラダ。

少し見栄えは悪いけどでもママも手伝ってくれたし味には自信がある。


『おはよー』頭掻きながらいつもより早くママも起きてきた。


『ママ今日は起きるの早いね!』


『うん、紗希のお弁当が楽しみ過ぎて起きちゃったよ。 後でサクの感想メールで教えてね』


『うん』そう言って私は美優のお弁当を通園バックの中にしまった。


『ほら、美優着替えよ!もうそろそろ』

少し寝ぼけながらテーブルに着いてロールパンを頬張る美優の髪をクシでとかす。


自分と美優の支度を済ませ『行ってきまーす』と玄関を出るといつものように美優は自転車の後ろに乗せて幼稚園へと向かった。


『じゃあ、今日はお姉ちゃんが迎えにくるからね!』


『えー、にーにーがいいのに!』ムスッとした顔をする美優。


美優を玄関まで送って私はまた自転車にまたがり学校へと向かった。

学校へ向かっている途中に遠くの方で救急車かなにかのサイレンのようなものが聞こえた。


『事故でもあったのかなぁ……』


私は一人そう呟き自転車を走らせる。





ーー学校へ着くと玄関の方で一年生の生徒が何やらうちの生徒が交通事故に遭ったらしいって話しているのが聞こえた。

私は上靴に履き替えながら朝から大変だなぁと思いながら教室の方へと向かった。

自分の教室に入る前にサクがいるかどうか隣の教室を確認したが今日はまだ来ていないみたいだった。


『いつもならもう来てる時間なのに。寝坊かな?』

お弁当は昼に渡そう。

サクの喜ぶ姿を想像してフフッと一人ニヤケそうになる私。


『紗希おはよう!』


『あ、美久おはよう。 さっき玄関でね朝うちの生徒が交通事故に遭ったって話してる人いたよ』


『そうなんだ!怖いね。私たちも気をつけなきゃ』

少し顔を曇らせる美久。


『朝はみんな忙しいからね。私も気をつけよう』


美久は私のバックとは別に持っている荷物に気づいて『何それ?』と尋ねた。


『あぁこれ? サクにお弁当作ってきたんだけど……まだきてないみたいで渡せなかった』


『えぇ!? 紗希、鈴木くんと付き合ってるの!?』


私は手を大きく振りながら否定した。

『違う違う!そんなんじゃないよ! 係の事手伝ってくれたからお礼にね』


『まずは男の胃袋を掴めっていうもんね。紗希、意外と戦略的だね』


私は少し赤くなった頬を仰ぎながら席へつく。


『それって女も同じなのかなぁ』


美久は私のひょんな一言に首を傾げる。


『どうなんだろう……女も胃袋掴まれたら一緒にいたくなるってコト? でもまぁ、料理出来る人っていいよね』


私はわかると深く頷きながら『大きな手で包丁握ってる時とかいいよね。包丁がなんか小さいナイフみたい見える感じが』


『それもう紗希の体験談じゃん。 それもう鈴木くんのこと好きって言っちゃってるよ。 料理できる男といえば、こないだね、テレビで近所の新しいイタリアンの店紹介されてたよ』


『へぇー』と私は頷く。


『そこの店長さん若いのに何年間か海外で料理の勉強してたんだって。 イケメンだったんだけどさぁ。左手薬指に指輪してたよ……奥さん海外の人だったりして』


『美優とママも話してたそこの店の事。今度行きたいねーって』


ガラガラガラ。


やっぱり結婚するなら料理が出来る男だね。って話でまとまった頃くらいに教室の教卓の隣のドアが開いて担任の先生ではない副担任の若い女の先生が入ってきた。


美久は『あれ?今日担任じゃないんだね?』と首を傾げた。


その若い先生は黒板の前に立つと出席簿を机の上に置いて生徒たちが席に着いて少し静かになった頃くらいに話し始めた。


『おはようございます。 耳にしている人もいるかもしれないけど今朝うちの学校の生徒が通学中に交通事故に遭いました。

……事故に遭った生徒は意識がまだ戻っていないそうで今それで病院の方へ、うちのクラスの先生と隣の担任の先生が病院の方へ向かっています』


みんなが少しザワつき始める。

担任と隣のクラスの担任が病院へ向かっているということは

交通事故に遭ったのはうちの学年だったのだろうか……


今朝サクがまだ学校に来ていなかったことを思い出し

妙な胸騒ぎがし始める。


もし、もしサクだったらどうしよう。


美久が私の顔をみて『紗希大丈夫? 顔色悪いよ?』と言った。


みんながざわつく中、先生は続ける。

『……なので、一時間目は実習となります』


ある男子生徒が先生に尋ねた。

『事故に遭ったのって隣のクラスの人?』


『先生も詳しく状況は聞いていないんだけどね。 隣のクラスの生徒みたい……』


教室の中はざわついて騒がしいはずなのに

自分の心臓の音が速くなっていくのに私は気付く。

美久が私を心配して何かを話しかけてくれているのだろうけど……

なんて言っているのか上手く聞き取れない。

自分の呼吸の音がうるさくて。


……確認したい。


サクがちゃんと学校に来ているかどうか確認したい。


それだけ知りたい。今すぐに。


ガッシャン。


私が立ち上がった時にその勢いで私の椅子が倒れた音が教室中に鳴り響く。

その音に驚いて騒がしかった教室が一瞬にして静まり返った。


動揺する私に先生が『中條さん?』と私の名前を呼ぶ声だけはしっかりと聞こえた。


『サク……』


私の頭の中はそれでいっぱいだった。


私は静まり返った教室を走って出た。


そして隣の教室のドアを開けてサクの姿を探した。


隣のクラスの生徒たちは急に勢いよく開いたドアに驚いて一斉に私の方を見る。


何個か生徒が座っていない席があり、サクの姿はそこにはなかった。


『嫌だよ……サク……』


誰もいない廊下を走り抜ける私。

私の走る足音だけが学校に響いた。


玄関に着くとうちの担任の先生が学校から出るところだった。


『先生ー!』


担任の先生は私の大きな声に驚き履き替えようとしていた靴を落とした。


『中條……どうした?』


『私も病院に連れて行ってください! お願いします!』


先生は落ち着いた声で『中條は教室に戻っていなさい。 先生達が確認してくるから』と言ったが私は大きく首を振った。


『大切な友達なんです!』


先生は少し下を向き何かを考えてからもう一度私の目を見て

『私の車に乗りなさい。確認したらすぐに学校に戻ること』と言った。


私は急いで自分の靴に履き替え先生の車の後部座席に乗り込む。


車内では助手席に隣のクラスの先生もいたが

先生達は何も話すこともなく車のエンジンの音だけが響く。


私は窓の外を見ながら自分の冷たくなって震える手をグッと握った。


こんな時に思い浮かぶのは最悪の展開ばかりで

昨日まで一緒にいたサクのことが遠い懐かしいコトのように感じる。


サクにもう会えなかったらどうしよう。


……嫌だよ。


だって、まだ何も言えてない。


あんなに一緒にいたのに私まだ自分の気持ち伝えられていない。


冷たい。自分の体が自分のものじゃないように感じるくらい。





ーー病院へ着くと受付で先生が看護師さんと話し、そしてその看護師さんに一階の外来の奥の部屋へと案内された。


奥の部屋の前に横に長く伸びた椅子に座った誰かの家族の姿と制服のズボンにTシャツを着たサクの姿があった。

サクは私と先生達に気付き椅子から立ち上がる。


『サキ?先生……』


先生達は今どのような状況なのかサクに事情を聞く。


『……学校に向かっている途中に反対側の道路にいた伊藤がトラックと衝突したんです。

伊藤……とにかくすごい出血で俺すぐに救急車を呼んで今手術室で治療みたいです……』


サクが座っていた椅子には黒いビニール袋に入ったワイシャツとブレザーが入っていたのがチラッとみえた。


先生はそうか。と頷いてサクの肩を少しさすり、そのまま伊藤くんのお父さんとお母さんらしき人たちへと近づき話し始めた。


私はサクに近づいて手を握った。


『……伊藤。あいつすごいよ。自分血だらけなのに焦ってる俺の心配してんだ……俺は大丈夫だからって』


サクは声を震わせながら言った。


『伊藤がさ、次の試合出れそうになかったらバスケ部よろしくな。だって……少しは自分の心配しろよ』


ハァッ……とサクが自分を落ち着かせる為に深く深くため息を吐いた。


私は何も言わずサクの手を握りしめた。


そんな私たちに伊藤くんのお母さんが近づいてくる。

『鈴木くん。 あの子にずっとついててくれてありがとうね。鈴木くんが救急車をすぐ呼んでくれなかったらあの子もうここにいなかったかもしれないから』


伊藤くんのお母さんはそう言ってハンカチで口元を隠しながら何度も何度もありがとう。とサクに何度も頭を下げた。


それから何時間経っただろうか。

先生達は昼にまた来ます。といって一度学校の方へ戻った。

私とサクに一度戻るか確認したが私たちは手術が終わるまでついていてあげたいと先生達に話すとそうしてあげてくれと言ってくれた。

そして昼に学校から私の荷物を持ってきてくれるとの事だった。


伊藤くんのお父さんは私たちに近づき『まだどれくらいかかるかわからないから。良ければ飲んで』といってお茶を手渡してくれた。


お父さんは私とサクの顔を見て『君たちバスケ部の子達?』と尋ねた。

伊藤くんのお父さんは伊藤くんが熱中しているバスケに熱心な人で小学、中学の時に対戦相手で私たちを見たことがあったと言っていた。高校に入ってから伊藤くんの試合を見に行く機会が少なくなったとも話していた。


『そうか、君たちバスケットやめちゃったのか。 うちの子がよく君らの話してたからさ。鈴木くんと中條さんと同じ高校だったって喜んでてさ。 同じバスケ部の人たちなのかなって思っていたよ』


サクは自分が今できる精一杯普通の顔で答えた。


『意外です。 伊藤くん僕のこと嫌っていたかと思っていたので……』


お父さんは首を横に振った。

『嫌いではなかったんじゃないかな。 むしろ逆だと思う。 小学生の時初めて鈴木くんと試合した時同じ地区の同級生でこんなすごい子がいるのかって二人で驚いていたよ。 うちの息子自分が負けてからも鈴木くんの試合全て見に行っていてさ。 ライバルというか…君のファンのようになっていたよ。息子も私も』


苦笑いをしながらサクは『そうだったんですね』と呟いた。





しばらくすると手術室のドアが空いて、伊藤くんのお父さんとお母さんは別室に呼び出された。


そして、中から移動式のベッドの上で眠った伊藤くんが運び出されてきた。


『伊藤くん……』私とサクは眠る伊藤くんに近づく。

すると看護師さんは優しい声で私たちに言った。

『大丈夫。 今麻酔が効いて眠っているだけだから』


『よかった……』と肩を撫で下ろすサク。


昼過ぎになると、病室に警察や作業服を着た人たちが集まってきて

私とサクは今日は学校を欠席すると電話しそのまま家に帰ることにした。


病院を出てから私とサクは特に会話することもなく家の方へ歩き始めた。


まだ帰宅時間までは時間のある日差しが強い秋晴れの道を私とサクは歩いた。


『伊藤くん大丈夫そうで良かったね』と私は隣のサクを見る。


『うん』サクは私を見ることなくそう呟く。


『ねぇ? そう言えばここ覚えてる?』


先ほどまでいた駅前の病院から少し離れてバスケットゴールのある大きい公園があった。


『子供の頃よくパパと3人で休みの日に練習きたよね』

私はそう言ってサクの手を引いてバスケットゴールのある柵の方まで早足で向かう。


柵の中には誰かの忘れたボールがあり私はそれを少し屈んで拾い上げ地面にボールをつき始める。


久しぶりの感触だ。

私の大好きな感触。手から離れたボールが地面から私に吸い付くように戻ってくるボール。


私はドリブルしながら少し離れた場所からゴールに向かってボールを投げ入れる。


『ここで中條選手、相手を振り切ってシュート!』


スポンッ。


私の手から離れたボールは放物線を描いてゴールの輪の中に吸い込まれるように入った。

私はゴール下まで走っていきゴールの網を揺らしながら落ちてくるボールを受け止めそのままサクに両手で押し出すようにボールを投げる。


『鈴木選手にパス!』


サクはバックを落とし、私からのボールを受け取り地面につき始める。


『紗希?』


ダンダンダンッ。


ボールを地面につきながらサクは言った。


『伊藤の代わりにバスケするつもりはないよ。俺』


『……そっか』


『誰かの代わりなんてできないんだよ。誰にも。もし万が一、俺が伊藤の代わりに全国行ったって誰も報われないよ。

紗希がそれ一番わかってるんじゃない?』


うん、わかってる。


自分でやらなきゃ後悔する。


『後悔してんだろ?バスケやめた事』


『……』


『紗希。紗希がまだ後悔してるんなら俺が紗希が守りたいもの一緒に全部守ってやる。毎日ご飯だって作る。美優の迎えも弁当だって毎日作ってやる』


サクは私にボールをフワッと軽く上にあげて渡す。


『……私やりたい』


声を震わせながらサクにも聞こえないくらいの小さい声で呟いた。


サクは笑って頷いた。


『そいえば……紗希、お弁当!』サクは思い出したようにそう言った。


『うーん……もうお弁当悪くなっちゃってるかもしれないからまた今度作るよ!』


『せっかく紗希が作ってくれたんだから食べたい』


『お腹壊してもしらないよ?』





ーー『美優ー! おばさん起こしてきてー! 紗希の試合遅れちゃうだろ……』

エプロン姿でキッチンでお弁当を詰めながら俺は時計を見た。


今日は土曜で美優の幼稚園もおばさんの仕事は休みで朝からみんなで紗希の出場する新人戦の初戦を見に行こうと言っていた。


9時に里美姉ちゃんがここまで車で迎えに来てくれる予定だけれど……あと一時間もないのに準備が全然済んでいない。


部屋の奥の方から


ゔわぁぁぁあぁ!とおばさんの声らしき声が聞こえて

ビクッと驚く。毎朝美優は一体どうやっておばさんを起こしているんだろう……


『サクおはよー! あれ紗希は?』奥からおばさんが起きてきてそう言った。


『もう紗希は学校に向かったよ! 今日紗希の試合だよ』


『そうだったね。今日は紗希の初戦かー。楽しみだなぁ』


紗希はあれから女子バスケ部に入部した。


新人戦の初戦まで3ヶ月しかなく毎日練習漬けだった。

学祭の係の仕事は伊藤の代わりに俺が引き受けた。

学祭は学祭で楽しかったけど、学祭当日も紗希の朝練を手伝ったりとバタバタであんまりよく覚えていない。


中学2年生終わりまで前線で活躍していてセンスがずば抜けていても、やはり成長期の3年間のブランクはとても大きく。

部活だけの練習量では正直全然足りていない様子だった。

毎日の朝練や家に帰ってきて美優を寝かしつけた後も俺と二人で夜遅くまで近くの公園で練習していた。

紗希はオーバーワークの毎日によく耐えたと思う。

でもやっぱり紗希のバカみたいな体力は健在で

人の倍以上の練習量に弱音を吐くこともなく毎日楽しくやっている。


そして、主力の三年が抜けたって事もあるけど

入部3ヶ月で今回の試合でレギュラーを勝ち取ったのは

やっぱりすごい。

もの凄いスピードで力をつけていく紗希にチームの人たちも驚いているようだった。


ピンポーン。


インターホンの画面に里美姉ちゃんが映る。


『よしっ。美優、お姉ちゃんの試合見に行こう!』




紗希の家から少し離れた大きい総合体育館へ着くと

2階の観客用の席へと向かった。

2階へ着くと松葉杖を持った伊藤が席に座って手を振っていた。


『さくー!こっちこっち!』


手を振りながら伊藤に近づく『伊藤にその呼び方で呼ばれるの慣れないんだけど……ほんと。ってか来る早いな?』


『当たり前だろ。今日の中條の試合楽しみに毎日リハビリ頑張ってたんだからな』伊藤は笑って答えた。


体育館の二つの大きいコートではもう試合が始まっていた。その片方で紗希の試合があった。


『やばー、もう試合始まってるよー』と紗希のおばさんは美優と手を繋ぎながら困った表情をした。


『まだ始まったばかりだから大丈夫ですよ!』と俺は時計を確認するが相手チームとの点差はもうかなり開いていた。


『えっ、なんかすごい点差じゃない? 紗希ちゃんのチーム負けてるの??』と里美姉ちゃんが身を乗り出して確認した。


『いや、逆です。 すごい点差つけて中條のチームが勝ってるんです。相手のチームかなり強いところなんですが……』と伊藤は話す。


そうなんだ。と里美姉ちゃんは頷いた。


紗希がいるコートに目を向けるとそこには素早いドリブルで何人もの選手を抜き去る懐かしい紗希の姿があった。

ボールは紗希の手に吸い付くように手元から離れず

まるでボールが意思を持っているようだった。

紗希のドリブルはとても綺麗でそしてとても鋭く切り返して相手の選手を一瞬で抜き去る。


そのたったワンプレーで観客全員が紗希に釘付けになった。


紗希は軽く上に飛び上がり、無駄な力を入れずにフワッとボールをゴールの枠へ放り込むとボールは吸い込まれるように輪の中をくぐった。


紗希のシュートでどよめく体育館の観客。


次の試合を待っている他校の生徒達は『あんな選手去年いたか?』だとか、中條 紗希って何処かで聞いたことあると話している声が聞こえた。


相手チームの監督も焦っているようだった。


それはそうだ。去年まではいなかった。誰も見たこともない、とんでもない選手が今コートを荒らしているんだ。

そして誰よりも楽しそうにプレーしているんだ。


俺だって相手チームだったら焦る。


『伊藤ならあれ止めれるか?』と伊藤に尋ねた。


『いや、多分無理。あんな速攻止められるかよ……しかもまだ全然余力ありそうだしな』


『だよなー。 俺もあれは多分無理そうだ。敵で当たんなくて良かったって思っちゃうよ。紗希見てると』


中学の頃の紗希もずば抜けて上手かったけれど今は全くの別物だ。

何となくプレーしていた紗希ではなくて

今コートの中にいる紗希はたくさん後悔してたくさん悩んで考え抜いてあそこに立っている。


紗希はシュートを決めて自分のポジションに戻りながら俺たちを探しているようだった。


美優の『ねーねー!頑張ってー!』という声が聞こえたみたいで紗希はこちらに気付き『おーい!』と大きい声を出して俺たちに両手を振ってみせた。


『試合に集中しろよなー』と笑う俺に釣られて、おばさんも声を出して笑いながら紗希に手を振った。


『紗希ちゃん、楽しそうだね』と里美姉ちゃんが呟く。


『楽しんでもらわないと困るよ。俺の頑張り無駄になるだろ』


『でも朔太も楽しんで紗希ちゃんの家の家事してるでしょ?』


俺は『もちろん』と笑って頷いた。


うん。今が一番充実してる。


俺も紗希も。





体育館でつまらなそうにしていた紗希が今では懐かしい。


いつだって俺たちは自分で選んで今ここにいるんだよ。

他の誰かじゃなく自分で今の自分を選んだんだよ。


紗希は悪くない。間違ってもいないよ。

だから自分らしくいればいいよ。いつだってさ。


狩りが出来なくなったライオンか……


うーん。でもそのライオンを心配する他のライオンがきっといると思うんだ。


助けになりたいといつも願っているかもしれない。


……紗希。そんな顔するなよ。


…俺もか。きっと人のこと言えない顔してる。



だって、紗希が笑顔でいてくれるのが一番嬉しい。






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