第149話 動物愛護管理法

 東京都千代田区にある私立マルクス高等学校は今時珍しい革新系の学校で、在学生には(後略)



 ある日の放課後、生徒が帰っていく校門の前で怪しげなおじさんが何かのサービスを宣伝していた。


「さあさあ寄ってらっしゃい見てらっしゃい、今日は動物のサブスクリプションサービス、『はむホーダイ』を体験して貰えるよ! このサービスは月額何と300円で保護ハムスターを1匹貰えて、ハムスターとの相性が合わない時は無料で交換OK! ハムスターの寿命が来た時や飼育をやめたい時も無料で返却可能だよ!!」

「ちょっと待ちなさい、あなた一体校門の前で誰に許可取って商売されてるんですか!? それに命のある動物であるハムスターを月額で譲渡だの無料で交換だの、そんな冒涜的なことをしていい訳がないでしょう!!」


 ハムスターを月額300円で譲渡するという怪しげなサービス「はむホーダイ」を宣伝していたおじさんに、先日着任された数学科・情報科主任の果科はてしな大空おおぞら先生が非難の言葉をぶつけていた。


「冒涜的と言われましても、個人が飼育していないハムスターは犬や猫と違って動物愛護管理法が指定する愛護動物には含まれませんし、保護ハムスターに飼い主を決めてあげるのはいいことじゃありませんかね?」

「だからって生きている動物をサブスクの対象にしてお金儲けをしていい訳がないでしょう! ハムスターをそんなに沢山保護されてるならぜひこの学校で譲渡会を開いて頂きたいですけど、そのような目的での宣伝は断固お断りです!!」

「そうですよ、ハムスターはストレスに弱いから飼い主が大事に飼ってあげないとすぐ死んじゃうのに、サブスクで譲渡なんてもってのほかです!! ハムスターを飼っている者として絶対に許せません!!」


 私もついカッとなって果科先生に加勢すると大声を聞いた生徒たちが集まってきて、厄介だと感じたのかおじさんは一言すみませんでしたと言うとハムスターの飼育ケージを載せた台車を押して去っていった。


「野掘さん、さっきはよく言ってくれました。動物の命を大事にする姿勢は素晴らしいですよ」

「いえいえ、ハムスターの飼い主として許せなかっただけなので。先生こそあの人をすぐに止めてくださってありがとうございました」


 果科先生は先ほど見たおじさんと怪しげな商売について情報を共有するため職員室に走っていき、私はこの学校が動物の生命を冒涜するサービスから守られてよかったと思った。



「……それで今日は大変だったんです。ハムスターは繊細な生き物なのに、それをサブスクで譲渡するなんてひどいと思いません?」

『そうですね、私の生きていた時代にはサブスクリプションという言葉はありませんでしたが、似たようなことをしていた人々はいましたよ。でも、やはりハムスターという生き物は飼い主が心から愛護してこそだと真奈様を見ていて分かります』


 その日の夜、私は飼っているハムスターの床敷とこじきを替えながら私の部屋に居候している幽霊の一人である幽魔ゆうまたそに今日見たことを話していた。


 幽魔たそが生きていた幕末から明治の時代には日本にハムスターはいなかったらしく、幽魔たそはどこからか召喚した小さな座布団に座ったまま私に懐いているハムリンを眺めていた。


『実は私の霊力で動物の感情を具現化することができるのですが、そちらのハムスターの言葉を聞いてみますか? 真奈様がこれほどかわいがっているのですから、きっと素敵な言葉を聞けますよ』

「本当ですか!? ぜひ聞いてみたいです!!」

『承知致しました。ところで、このハムスターは何歳ですか?』

「えーと、今月でちょうど1歳半のはずです。あと性別はオスです」


 私がそう言うと幽魔たそは三頭身の身体で呪文を唱え始め、そうしているうちに私の脳内にはハムリンの声が聞こえてきた。


『ああー、今日もかったるいわ。足も痛いし腰も痛い。でもここの家におったら働かんでええし餌も水も勝手に出てくるし天国やな! 手頃なメスがおらへんのは不満やけど、道端で猫に食われて死ぬよりはマシやわ! 明日も飼い主おらん内に( 自粛 )しとこ』


「あああああああああ!! やめてええええええええ!!」

『ハムスターの寿命は2年から3年とお聞きしていますから、確かに人間に直すと50代ぐらいですね』


 聞きたくなかったハムリンの本音を聞いてしまい部屋の床に転がってジタバタし始めた私に、幽魔たそは再び霊能力を使うとここ10分間の記憶を消してくれたのだった。



 (続く)

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