第113話 ゲーム理論

 東京都千代田区にある私立マルクス高等学校は今時珍しい革新系の学校で、在学生には(後略)



「よし、ちゃんと校舎裏まで持ってこられたぞ。2人とももうすぐ来るかな……」

「梅畑君、どうして新品のプレステを2箱も持ってるの? あっ、まさか……」

「うわっ野掘さん! 違う違う! 俺転売で儲けるとか絶対にやらないから!!」


 ある日の放課後、同じクラスの男友達である梅畑うめはた伝治でんじ君はゲーム研究部の部室から校舎裏までゲーム機を台車に載せて運んでいた。


 台車に載っている2つの箱にはよく見ると「プレイステイブル4」と書かれていて、最新型はプレステ5なので一世代前の機種のようだった。


「プレステ5は発売前から品薄になりそうだったからずっと手に入らなくても何とかなるようにプレステ4の最終型を予備に2つ買ってたんだけど、ちょっと前にプレステ5が抽選販売で当たって2つとも要らなくなっちゃったんだ。それで欲しがってた金原先輩と他校の先輩に4万円で譲ろうと思って」

「他校の先輩? それは一体……」

「あなたが梅畑君? 今日はよろしく……」


 梅畑君から事情を聞いていると校舎裏には緑色を基調とした制服を着た女子高生が現れて、顔を見ると彼女は私立ケインズ女子高校の2年生で硬式テニス部所属の宇津田うつだ志乃しのさんだった。


「梅畑君、遅れてごめんなさい! あら、他にもお客さん?」

「ええ、野掘さんは無関係なんですけど、こちらの宇津田さんもプレステ4が欲しいらしいので。ちゃんと新品ですよ」


 同じタイミングで書道部所属の2年生である金原かねはら真希まき先輩もやって来て、梅畑君は今からこの2人に新品のプレステ4を売るつもりらしかった。


「プレステ4? それ一体どういうこと? 私、プレステの最新機種が4万円で手に入ると思って来たんだけど」

「ゲームには詳しくないけど、ミト君はプレステ5が欲しいって言ってた。これじゃ詐欺じゃない……」

「ちょっと待ってくださいよ、ちゃんとメッセージアプリでプレステ4って言ったじゃないですか。それに今はプレステ4最終型だって通販で6万円近くするんですよ。それを4万円で譲るんですよ?」


 金原先輩と宇津田さんはゲームに詳しくないせいか梅畑君が譲るのはプレステ5だと勘違いしていたらしく、取引にトラブルが生じているようだった。


「そんなこと言われたって、プレステ5が欲しくてここに来た私たちの思いを裏切ったのには変わりないじゃない! その分だけもっと安くしなさいよ!!」

「プレステ4なんて渡してミト君の好感度が下がって、振られでもしたら私生きていられないかも。その時は化けて出てあげる……」

「ええ……」


 気持ちは分かるが理不尽な要求を突きつけている2人に、梅畑君とはたから見ている私はドン引きしていた。


「分かりました、じゃあこの問題をゲーム理論で解決しませんか? まず、今から俺がじゃんけんでグーを出します。2人ともパーを出して勝ったらプレステ4は2人とも4万円で買って貰います。そして2人ともチョキを出して負けてくれたら2人とも2万円に割り引きします。1人がパーで勝ち、もう1人がチョキで負けたら勝った人には無料でプレステ4を譲り、負けた人には6万円で買って貰います。どうです、面白くないですか?」

「望む所よ! 宇津田さん、絶対に2人とも2万円で買いましょうね!!」

「分かりました。じゃあよろしく……」


 梅畑君はゲームに関するトラブルを囚人のジレンマと呼ばれるゲーム理論で解決しようとしていて、金原先輩も宇津田さんもその提案には賛成のようだった。



「じゃあ始めます! 最初はグー、じゃんけんポン!!」

「ところでこの辺暑いわね。ちょっと開放的になりたくなっちゃう……」


 約束通りグーを出した梅畑君とチョキを出した金原先輩を無視して宇津田さんは夏服の制服の胸元をいじり、一番上のボタンを外して何気に豊かな胸元を少しだけ露出させた。


「なっ!?」

「はい、サービスしてあげたから私は2万円ね。さようなら……」


 宇津田さんは梅畑君の台車に1万円札を2枚置くとプレステ4の箱を抱えてさっさと立ち去り、残された3人は唖然としていた。


「梅畑君、私は一体何をしてあげれば……」

「もういいんで2万円で買っていってください……」


 両手で胸元を押さえて緊張している金原先輩と涙目になっている梅畑君を見て、私はゲーム理論が成立するのは相手をゲームに付き合わせられる場合だけだなあと思った。



 (続く)

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