第100話記念スペシャル 桜を見に行こう!

「今から桜を見に行こうよ! 今日は桜を見に行く日なんだよ!!」


 ある日の練習前、2年生の赤城あかぎ旗子はたこ先輩は何やらレバーや突起が付いた箱型の機械を手に硬式テニス部室に飛び込んできた。


「桜を見に行くって、確かにシーズンですけど何の準備もしてないですよ? また日を改めた方が……」

「大丈夫、首相官邸から送られてきたこの『電波ゆんゆんそん太君』が私たちを桜を見る会に連れて行ってくれるんだよ! 桜を見る会に出席すれば皆幸せになれるんだよ!!」

「は、はあ……」

「よく分かりませんけどたまには皆で外出するのもいいですわね。この4人で行きましょう」

「うちもはたこを信じるで! 電波ゆんゆんで花見大会や!!」


 ツッコミ所しかなくて逆にコメントしにくいと思ったが堀江ほりえ有紀ゆき先輩と平塚ひらつか鳴海なるみ先輩も桜を見に行く気満々らしく、仕方がないのではたこ先輩に連れられて「桜を見る会」に出席することにした。



「こっちこっち、意外と反応は近いみたいだよ!」

「さっきから歩いてますけど、このまま行くと中学校の校舎ですよ? 校庭に桜なんて植えられてましたっけ?」


 電波ゆんゆんそん太君の指し示す方向に歩いていったものの、向かった先はマルクス高校に併設されているマルクス中学校の校舎へと続く渡り廊下だった。


 はたこ先輩は中庭に下りるでもなく渡り廊下を進んでいき、「中学生徒会室」という表札のある教室に入った。


「はい並んで並んで、マルクス中学ナンバー1の美少女、浅倉あさくら間麻まあさ生徒会長を見る会はこちらになります。あれっ、そちらの先輩方も参加されるんですか?」

「いや参加しないですよ! てかこれ浅倉さんを見る会じゃないですか!!」


 マルクス中学校の生徒会室では生徒会長の浅倉さんを囲んでの鑑賞会並びに撮影会が行われており、明らかに目的地とは違うので私と先輩方は慌てて教室から出た。


「ごめんごめん、いくつか桜を見る会の反応が出てるから違ったみたいだよ。今度は高校の校舎に戻るよ!」

「それならそれでさっき行けばよかったですわね。まあ付いていきますわ」



 はたこ先輩は来た道を戻ってずんずん歩き、着いた場所は漫画研究会の部室だった。


「漫研というと、確か……」

「部長、私今度秋葉原に行ってみたいんですけど、一人で行くの心配なんで付いてきて貰えませんか?」

「ええっ、僕と君の2人でかい!? どうせなら3人や4人で行った方が……」

「いや、私は部長と行きたいんです。狭いお店も多いでしょうし、2人の方が身軽ですから」

「何だって、我らが遵たんが部長とデートだとぉ!? そんなの許さないぞ! リア充爆破! 爆破!!」


 室内では唯一の女子部員である1年生の宝来ほうらいじゅんさんが部長を秋葉原観光に誘っており、その行為を巡って部内に対立が発生しかけていた。


「ってこれサークルクラッシャーサークラを見る会じゃないですか! これ見て何か生産性あります!?」

「見とる分にはえらい面白おもろいけど、1日やと済まへんな。はたこ、他に何か反応あらへんの?」

「まだまだあるよ! 今度は職員室みたいだよ」



 高校の校舎内を歩いて職員室に向かうと……


「あああああああああ!! ここに置いておいた私のメンズウィッグはどこに行ったんだああああ! 結構高かったのにいいいい!!」

「あああああああああ!! カツラを踏んで転んだせいで職員室の窓を割っちゃったわああああ! 私まだお給料安いのにいいいい!!」

「ジーザス!! ワタシがガラスアートをペイントしたウィンドウがブロークンデス! またペイントするの大変デス!!」


 マルクス高校教頭の琴名ことな枯之助かれのすけ先生が失くした男性用ウィッグを社会科の路堂ろどう久美子くみこ先生が踏んで転んでしまい、そのせいで英語科AET(英語指導助手)のガラー・スノハート先生の力作だったガラスアートの窓が割れてしまったようだった。


「今度は錯乱さくらんを見る会!? そろそろこういう路線やめません!?」

「まだ校内に反応があるよ! 校舎の離れに行くよ!!」


 そろそろ歩き疲れたと思いながら歩き、私たちは校舎の4階最奥の教室へと向かった。



「朝日さんのへんこぉほぉどぉぎもちぃすぎりゅのおおおおぉぉぉ!! あたまのなかがかたむいちゃううううぅぅぅぅ!!」

「まひるちゃんの国靖をさんぱいしちゃううううぅぅぅ!! せぇきょぉがぶんりされちゃうよぉぉぉぉぉ!!」


「この部屋はみさくらを見る会で」「入るのやめときましょう! ここだけは絶対やめときましょう!!」


 それから校内をくまなく歩き回ったが、電波ゆんゆんそん太君からはそれ以上反応が発信されることはなかった。



「はたこ先輩、いい加減諦めましょうよ。桜を見る会なんて今時流行らないですし」

「そんなあ、せっかくそん太君を送って貰えたのに。……あっ、でもあと1つだけ反応が出てるよ? 結構遠いみたいだけど」

「もう練習に戻れる時間でもないですし、今から行ってみましょう。駄目元でもやってみるのですわ!」

「その意気や良しやで! ついでに晩ご飯でも食べて帰ろ!!」


 電波ゆんゆんそん太君をよく見ると先ほどからマルクス高校からずっと離れた土地を指し示しており、私たち4人は電車を乗り継いで目的地へと近づいていった。


 既に日も落ちかけた時、私たちがたどり着いたのはあの東京大学の本部キャンパスだった。


「桜を見る会? これは一体……」

「分かりましたわ。マナ、天然女子高生であるわたくしたちが見るべき桜とは、大学に合格するということなのです。そうと決まれば今から4人で東大合格を目指しましょう! 堀江有紀はトーダイを目指すものなのですわ!!」

「いや意味分かりませんって! 大体私だけ学年違いますし!!」



 その時の私は、ゆき先輩の言葉を荒唐無稽だとしか思っていなかった。


 しかしそれから2年近くの間にはたこ先輩、ゆき先輩、なるみ先輩は3人とも東京大学への現役合格を果たし、その翌年には……



「ばんざーい、ばんざーい!! これで4人とも東大生だよ! 桜は見事に咲いたんだよ!!」

「わたくしたち、東大でも先輩と後輩になれましたわね。また一緒にテニスをしましょう」

「今日はまなちゃんの祝勝日やで! 後で何でも好きなもん食べさせたるからな!!」

「先輩方、ありがとうございます! 今日この日こそが、私たちにとっての桜を見る会だったんですね……」


 東京大学のキャンパス前に置かれた合格発表掲示板を前に、私は3人の先輩たちに胴上げをされていた。


 あの日、電波ゆんゆんそん太君が私たちを「桜を見る会」に連れて行こうとしていたのは、決して何かの間違いではなかったのだ。



 今日こうして見ることができた桜を、私は一生忘れないだろう。









「旗子、鳴海! マナは先ほど目を覚ましたそうですわ。大ごとにならなくて一安心です」

「やっぱり練習中にいきなり胴上げはあかんかったな。まなちゃんすごい勢いで地面に叩きつけられてたで」

「私の頭に電波がゆんゆん飛んできて、今すぐまなちゃんを胴上げしなきゃって思っちゃったんだよ! 何かやりたい時は相手の事情も忖度そんたくしないと駄目だって分かったよ!!」


 集中治療室の前で反省会を開いていた先輩方が、後で私からきつく叱られたことは言うまでもない。



 (おしまい)

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