第49話 身体の自己決定権

 東京都千代田区にある私立マルクス高等学校は今時珍しい革新系の学校で、在学生にはリベラルアーツ精神と左派系の思想が叩き込まれている。



「私、実はラーメン大好きなんですよー。オススメのお店があるので、ちょっと寄っていきません?」

「灰田さん、確か豚骨スープとかは大丈夫なんだよね。せっかくだし行こっか」


 ある日の放課後、私、野掘のぼり真奈まなは下校中に偶然出会った私立ケインズ女子高校硬式テニス部員の灰田はいだ菜々ななさんとラーメン屋に行こうとしていた。


 灰田さんは肉アレルギーという難儀な体質だが同じく1年生で人柄もまともなので、私はライバル校同士でも彼女と仲良くなっていた。



「こんにちは、特製ラーメンチャーシュー抜きでお願いします!」

「いらっしゃいお嬢ちゃん。いつも通りサービスでメンマ増やしとくよ! そっちの美人は友達かい?」

「あ、はい。ありがとうございます。じゃあ私も特製ラーメンで……」


 個人経営らしいラーメン屋の店長と灰田さんは顔見知りらしく、私はいきなり美人と言われてたじろぎつつも普通にラーメンを注文した。



 灰田さんと雑談しつつラーメンを待っていると、店の奥のテーブル席で男性同士が議論を交わしている姿が見えた。


「……だから、僕はラーメンにおける替玉かえだまこそ自由主義の表れだと思っているんです。公共の福祉同じ味付けの範囲内で自己決定権食べる量を模索する姿勢こそが自由主義なのではないでしょうか?」

「裏羽田君の意見にも一理あるが、ラーメンの自由主義はトッピングにおいてしか実現されないと私は思うね。やはり主権者味の好みに応じた公共の福祉ラーメンの味の策定を目指すべきだろう」


 真剣な表情で冷静に議論を重ねているのはマルクス高校2年生の裏羽田りばた由自ゆうじ先輩と学生食堂調理師長の寒下かんげ丹次郎たんじろうさんで、私はこの人たちはラーメン屋で一体何の話をしているのだろうと思った。



「野掘さん、お知り合いですか?」

「ええ、まあそんな感じ……」


 灰田さんの質問をごまかしつつ様子を見ていると、2人のもとにラーメンが配膳されてきた。



「店長、トッピングを追加する! チャーシュー5枚とワカメてんこ盛り、メンマ増量に味玉3つと海苔のり10枚! コチュジャンもおまけに付けて欲しい!」

「はいよ、合わせて追加で1300円ね」

「替玉をお願いします! 回数券もここで買います!!」

「はいはい、合計1100円」


 店長に追加の注文をすると、裏羽田先輩と寒下さんは競い合うようにして大量のトッピングや替玉を加えつつラーメンを食べていった。



「うっ、コチュジャンで汗が止まらない。でもチャーシューを平らげなければ……」

「替玉6回は……流石に無謀だったか……」

「お客さん、お残しはお断りですよ」


 案の定と言うべきか2人ともラーメンを前にして死にかけており、私は言わんこっちゃないと思いながらとても美味しいラーメンを頂いた。



「ラーメン美味しいですー。店長さん、替玉まだあります?」

「もちろん準備してるよ。いつも回数券買ってくれてありがとね」

「いえいえ、無理のない範囲で自己決定権を行使してるので大丈夫ですよ!」

「は、ははは……」


 替玉6回でギブアップした裏羽田先輩を尻目に替玉8回目を美味しく頂いている灰田さんに、私はいくら菜食主義でもよく太らないなあと思った。



 (続く)

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