第33話 エコーチェンバー
東京都千代田区にある私立マルクス高等学校は(後略)
「お疲れー、
「ありがとう姉ちゃん。今日の昼パン1つしか食べてないから、もう空腹で仕方なくて」
ある日の放課後。私は附属中学校のアメリカンフットボール部に所属している弟に頼まれ、近くのコンビニでお弁当を買ってきた。
正輝は今日の昼休みはクラス委員の用事で購買部に行くのが遅れたらしく、過酷な練習のアメフト部だけあって今は空腹で死にそうになっていた。
「こっ、この人、噂に聞く正輝のお姉さんかよ!? すげえ美人じゃん!!」
「流石は普段から女子にモテるイケメンの姉さん、憧れるぜ……」
制服姿で正輝にお弁当を手渡すと、チームメイトの中学生男子たちが私を見て歓声を上げていた。
「えへへ、そう言ってくれると嬉しいけど……」
「ちょっと待ったああぁぁぁぁぁぁ!!」
照れ隠しの笑いを浮かべていると、高校の校舎の方から誰かが全速力でダッシュしてきた。
「なるみ先輩じゃないですか。こんな所にどうして」
長身とベリーロングヘアが特徴的なその女性は硬式テニス部所属の2年生である平塚鳴海先輩だった。
「あんた、今割り箸を使おうとしたやろ!
「ええー、でも衛生的に好ましくないんじゃ……」
突然命令されて戸惑う正輝に、なるみ先輩は続ける。
「今は食洗器も普通にある時代やから、マイ箸はいくつも用意して毎日洗えばええねん。一人一人の心がけは大したことなくても、ここにいるアメフト部員全員がマイ箸を使えば割り箸の消費量は大きく減って、森林破壊は食い止められるんやで。あんたがその端緒になるんや!」
「確かに、環境保護には一人一人の行動が大事ですもんね。俺、明日からマイ箸持ってきます」
「よっしゃ、それでこそエコ社会の実現や! 地球の未来は明るいで!!」
なるみ先輩はそう言うと高校の校舎に向けてダッシュしていき、そういえば私は視界にも入っていなかったと気づいた。
その1か月後……
「マイ箸は……あったあった。お昼ご飯いただきまーす」
昼休みの教室で、私は持参したマイ箸を使ってコンビニ弁当を食べようとしていた。
「ちょっと待ちなさい鳴海! コンビニ弁当を食べている人を襲ってどうするの!?」
「止めんといてやゆき、うちは可燃ごみが増えるのが許せへんねん!!」
廊下で騒いでいたのはなるみ先輩で、暴れる彼女を親友である堀江有紀先輩が必死で制止していた。
「ああ、まなちゃんもちょっと逃げといた方がいいよ。なるみが今暴走してるから」
「はたこ先輩、なるみ先輩に一体何が……?」
赤城旗子先輩は1年生の教室に入ると私を教室の隅に避難させてくれて、はたこ先輩は事情を知っているようだった。
「なるみが変な環境保護団体に入ってるんだけど、極端な意見ばっかり聞いたせいでどんどん過激な思想になっちゃってるんだよ。エコのためにエコーチェンバー現象が起きてるとかシャレにならないよ!」
「は、ははは……」
生徒からの通報で駆け付けた先生に引きずられていくなるみ先輩を見て、私はあの人の場合は平常運転のような気がした。
(続く)
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