第21話 表現規制

 東京都千代田区にある私立マルクス高等学校は(後略)



「野掘さん、ポスターの掲示に協力してくださってありがとうございます。この部室は目立つ所にありますし、硬式テニス部にご協力頂けて助かりました」

「学校の宣伝のためだし、全然いいよ。国靖さんも広報委員頑張ってね」


 ある日の放課後、マルクス中高の広報委員を務めている柔道部の国靖くにやすまひるさんは週末に迫ったオープンスクールに向けて硬式テニス部室にA1サイズのポスターを持ってきた。

 その場にいた2年生の先輩方に協力して貰って部室の外壁にポスターを2枚貼ると、国靖さんは次の掲示場所に向かうため私たちにお礼を言って去っていった。



「それにしても、今時はアニメのイラストが使われたりするんだね。この女の子どこかで見たことあるよ?」

「少し前まで放送されてた『左崎ささきさんはしばきたい!』っていう深夜アニメのヒロインらしいです。何でも、原作コミックの作者がうちの中高の卒業生なんだとか」


 描かれているキャラクターをよく知らないらしい赤城あかぎ旗子はたこ先輩に、私は聞きかじりの知識で情報を伝えた。

 ポスターに映っているのは左崎ささきつばさというナイスバディな美少女で、作品のファンである梅畑伝治君に聞いた所では小柄な身体に似合わぬJカップのバストで主人公の男子をしばき倒すのが毎回の見所らしい。


「ぐへへへ、こういうのはたまらんなあ。グラマーのゆきもこれには敵わんやろ」

「そうかしら? わたくしの方がスタイルの均整きんせいは取れていてよ」

「いやアニメのキャラクターに対抗しなくても……」


 大変気持ちの悪い笑みを浮かべながらコメントした平塚ひらつか鳴海なるみ先輩に、この高校では間違いなく美人度ナンバー1のグラマーな女子生徒である堀江ほりえ有紀ゆき先輩は即座に反論した。



「ちょっと待ったああぁぁぁぁぁぁ!!」


 ポスターを眺めながら話していると、グラウンドの方から誰かが全速力でダッシュしてきた。



「なるみ先輩……はここにいますよね。誰かな?」

「げっ、オカン!?」

「うちの娘と一緒にいるということは、あなた方は硬式テニス部員ですね!? 私はマルクス高校PTA会長の平塚ひらつかひとみと申します。このポスターの即時撤去を求めるざます!」


 長身とおかっぱの髪型が特徴的なその中年女性はなるみ先輩のお母さんらしく、今日はPTA会長として学校に乗り込んできたようだった。


「そう言われても、私たち頼まれて掲示してるだけなんです。このポスターについてご意見とかあればオープンスクール委員にお伝えしときますけど……」

「ご意見も何も、このような不健全なポスターを学内で掲示していい訳がないざます! あなた方は女性が性的消費されることに何の違和感も覚えないのですか!?」

「ええっ、よく分かんないけどそれえっちな意味!? えっちな意味なの!?」

「はたこ先輩は黙っててください。まあ違和感がなくもないですけど、卒業生の作品ですしいきなり撤去はどうかと……」

「そんなことは関係ないざます! 鳴海、そのポスターを今すぐ引き裂きなさいまし!!」

「うちが持って帰ってええならはがすけど、引き裂くんは嫌やわ」


 なるみ先輩のお母さんはPTAだけあってか不健全な広告には不満しかないらしく、私はこの状況をどう乗り切るか考えた。



「おっと野掘殿、これは何かのいさかいでしょうか」

「あっ、円城寺君。実はかくかくしかじかなの」

「何ですと!? それは大変なことですね。少々お待ちください」


 通りがかった円城寺網人君に事情を説明すると、彼は突然その場に座り込んで両手の指で頭を叩き始めた。


「何ですか、いきなり地面に座り込んで。関係ないお方は立ち去って欲しいざます」

「お母様、あなたのお怒りはよく分かります。このぽすたーは女性の性的消費につながるということですよね?」

「その通りざます。保護者の意見を聞き入れてくださるのですね」


 嬉しそうに言ったなるみ先輩のお母さんに、円城寺君は立ち上がってポスターの前に移動すると再び口を開いた。



「このぽすたーは見たところただの紙切れですが、これほど美しく魅力的な女性を性的消費できるとすれば大変なことです。彼女いない歴16年のわたくしめもぜひ性的消費してみたいので、ぽすたーからこの美少女を出してみてください。出てきましたら早速乳を揉んでみせましょう」


 見栄を切って一息に言った円城寺君に、なるみ先輩のお母さんは目を回して倒れた。



「うわっ、オカンが倒れよった! そこの坊主男子、とりあえずありがとな!!」

「ねえねえ、性的消費ってえっちな意味だよね!?」

「お礼にこちらをどうぞ。使用期限は今月末までですわ」


 気絶したお母さんはそのまま先輩方に保健室へと運ばれていき、ゆき先輩はお礼として30分デート券1枚を円城寺君に渡した。



「さてさて、これにて一件落着です。見事な問答だったでしょう」

「うん、見事だったね……」


 誇らしげに言う円城寺君を見ながら、私は心の中でこのエロ坊主、と呟いた。



 (続く)

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る