第22話 インサイダー取引
東京都千代田区にある私立マルクス高等学校は今時珍しい革新系の学校で、在学生にはリベラルアーツ精神と左派系の思想が叩き込まれている。
「それにしても有名デザイナーのセンスは素晴らしいね。これで我々の勝利は間違いなしだ」
「ええ、本当に。父の人脈を頼った甲斐がありました」
「教頭先生、それに金原先輩、このフィギュアは一体?」
ある日の放課後。美術室の前を通りがかった私、
教頭先生と金原先輩の目の前にある机には短く太い棒を持ってヘルメットを被った二頭身の猫のキャラクターと、木製バットを持ってヘルメットとマスクを被った三頭身の男の子のキャラクターのフィギュアが並べられていた。
「ああ、君は1年生の野掘さんだね。まだ全校生徒には発表してないんだけど、この高校ではカール・マルクス大先生の生誕200周年を記念して、新しくマスコットキャラクターを誕生させることになったんだ。この2つのキャラクターから、学内のコンペでどちらかを選ぶんだよ」
「このかわいい猫のキャラクターは『ゲバニャン』って言って、1960年代の学生運動に巻き込まれて亡くなった猫が妖精として蘇ったっていう設定なの。この高校のOBのデザイナーさんがデザイン原案を考えてくれて、テーマソングの『ゲバゲバボーの歌』のCDも準備してあるわ。こっちの男の子は新左翼少年の『せくとくん』で、デザインは美術部員に金一封で考えて貰ったのよ」
「いかにもな設定ですけど、見たところゲバニャンの方が明らかに優遇されてますよね……?」
美術のプロがデザインを考えてテーマソングCDまで準備されているゲバニャンに比べて、せくとくんは明らかに扱いがぞんざいだった。
「ここだけの話だけど、私の実家はレコード会社で、学内で配るCD500枚の発注を任せて貰ってるのよね。だからゲバニャンには勝って貰わないと困るの」
「は、はあ……」
金原先輩のご実家がレコード会社だという話は初めて聞いたが、この高校は私立なので生徒の実家と商売をすること自体は問題ではない。
「コンペの選考委員は本学の管理職教員、一般教員、そしてPTAから1名ずつ選出される。管理職代表は私だから、後はどちらかがゲバニャンを選んでくれればいいという訳だよ」
「えっ、でも教頭先生が先にデザインとか見ちゃまずいんじゃないですか?」
「野掘さん、社会福祉の充実のためには財源が必要なのよ?」
「は、ははは……」
出来レースとか
そしてコンペ当日、私は金原先輩に誘われて高校の会議室で行われた選考会議を見物しに行っていた。
「それでは教頭先生、スノハート先生、そしてPTA会長の平塚瞳さんの3名にどちらかのキャラクターを選んで頂きます。まずは教頭先生からお願いします」
「分かりました。私は何といっても、このゲバニャンこそマルクス高校のマスコットキャラクターに
理事長の指名を受けた教頭先生は事前に考えていたらしい選考理由を述べ、金原先輩とアイコンタクトをして勝利を確信した笑みを浮かべていた。
教頭先生と同じ机には英語科AET(英語指導助手)のガラー・スノハート先生とPTA会長にして
「タシカにこのゲバニャンはキュートデスが、ワタシはこちらのせくとくんを選びマス! ヘルメットとマスクでフェイスを隠しているのにはジャパニーズのワビ・サビを感じマス!!」
「猫を擬人化し、人間の好き勝手に服を着せるのは動物虐待ざます! この高校がアニマルライツを軽視する学校と思われるのは我慢なりませんから、私もこの新左翼少年を選びます!!」
「えー、そういう訳で新マスコットキャラクターはせくとくんに決定致しました。今後は高校のパンフレット等にもせくとくんを掲載致しますので、何卒ご協力をお願いします」
「そ、そんな……」
理事長は席を立つとせくとくんのフィギュアだけを持って会議室を出ていき、教頭先生は青ざめた顔をしていた。
「あははは……野掘さん、ゲバニャンのCD何枚か買ってくれない?」
「私が買っても焼け石に水かと……」
既に目の焦点が定まっていない金原先輩を見て、私は因果応報という言葉を思い浮かべた。
(続く)
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