第2話 共産主義

 東京都千代田区にある私立マルクス高等学校は今時珍しい革新系の学校で、在学生には(後略)



「皆さん、おはようございます。今日は特別にチケットを20枚発行致しますわよ」

「やったー! ほっちゃーん! ほ、ほーっ、ホアアーッ!! ホアーッ!!」


 硬式テニス部の朝練を終えて中庭を歩いていると、野ざらしのベンチに座った2年生の堀江ほりえ有紀ゆき先輩がお手製のチケットを販売していた。

 ゆき先輩は一応硬式テニス部にも在籍しているけど、実家の製薬会社が倒産してからは自力でお金を稼ぐことに人生の大半を費やしており、元お嬢様の苦学生だった。


「普段のチケットは1枚1000円で30分ですけど、今なら60分チケットを1500円の特価で販売致しますわ。5枚限定で早い者勝ちでしてよ!」

「買う買う、5枚全部10000円で買うっ! ホアアーッ!!」


 先輩はこの高校では間違いなく美人度ナンバー1のグラマーな女子生徒で、ここ最近は自分とデートする権利と引き換えのチケットを高額で売りさばいて儲けているらしかった。

 5枚の60分チケットはデイトレーダーを父親に持つ3年生の男子が1万円札で買い占め、残り15枚の30分チケットはいたいけな1年生男子たちが1人1枚ずつ購入していた。



「あら、マナじゃない。最近はお元気してますこと?」

「私は元気ですけど、先輩、お金持ちの男子ばっかり相手してちゃ不平等じゃないですか? お金がなくても先輩とデートしたい男子はいると思いますし、デート券売るのはやめて他の方法で稼いだらどうですか? 1人500円のライブコンサートを開いてみるとか……」


 先輩の美貌なら適当な歌と作曲でライブコンサートを開いた方が薄利多売で儲かりそうだと考え、私は学校内で商売をすることの是非を忘れて助言した。


「そうですわね。確かに、お金がある人ほどわたくしと長時間デートできるというのは不平等ですわ。ここは一つ、能力に応じて働き、必要に応じて受け取るという共産主義の思想を取り入れてみようと思います」

「は、はあ……」


 先輩はそう言うと、明日のチケット販売から早速その方式を取り入れるのでぜひ見に来て欲しいと私に頼んだ。



 その翌日、同じ時間に中庭を訪れた私が見たものは……


「今日販売するチケットからは、時間の表記はありません」

「ええー、じゃあ1枚で何分先輩とデートできるんですか!?」


 いたいけな1年生男子の声に、先輩は彼から千円札を受け取ると、チケットに15分と記入して渡した。


「あなたは顔面偏差値が60ぐらいとお見受けしますから、1枚で15分。そちらの先輩はいかにもなオタク男子ですので、1枚で45分にサービス致しますわ」

「ヒャッホー!! ほっちゃーん! ほ、ほーっ、ホアアーッ!! ホアーッ!!」


 奇声を発しながら3万円を取り出して残り29枚のチケットを買い占めた3年生男子を見て、私はこれはもう援助交際ではないかと思った。



 (続く)

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