100日後に恋する百合小説

園田庵

1日目「男どこいった!」

 目が覚めると、父親が消えていた。蒸発したとかそういう次元ではない。部屋そのものが空き部屋になっていたのである。ベッドも仕事道具も、デスクもクローゼットの服も全部消えていた。そして、何が恐ろしいって、その事実に気づいているのがアタシだけだったのである。

「母さん、父さん消えてんだけど」

 我ながら無茶苦茶な質問だという自覚はあった。しかし、あまりに唐突で考えている余裕もなかったのである。そして、その返答は驚愕のものであった。

「父さん、って、何?」

 何やら、父親という概念が消えていたのである。大慌てでテレビをつけてニュースを見る。ニュースの内容ではない、報道をしているアナウンサーを探す。しかし、どのチャンネルにも、男の影はなかった。アナウンサーだけでない。コメンテーターも、歌のおにいさんも、どこにも男という男が映っていないのである。

「紗奈、あんた何やってんの」

 母さんは怪訝そうな目でアタシを見る。え、アタシがおかしいのか? しかし、現にアタシが目を覚ましてから一度も男の影を見ていない。いやいやいや、だとしたらアタシはどうやって生まれたんだ。

「変なこと言ってないで、さっさと朝ご飯食べて学校行きなさいよ」

 悩んでいても今日は平日であり、何やら学校が正しく機能しているようなので、遅刻しないように食パンを口に突っ込む。本当、訳のわからない話だ。まさか、全世界から男が消えたとでもいうのか。総理大臣は今誰だろう。アメリカの大統領は? 普段どうでもいいと思っていた事柄が、急に興味の対象になる。

『紗奈、家の前来たよ〜』

 パンを咥えながらググっていると、LINEのメッセージが届く。家の近い友人の美咲だ。アタシはそれを合図に急いで荷物を抱えて家を出る。

「じゃあ行ってきまーす」

「ちゃんと食べ終わってからでもいいでしょうに。行ってらっしゃい」

 母さんは呆れながらも笑ってアタシを見送る。母さんには変わった様子がないので、やはり異変は男という存在に限定されたものかもしれない。

「紗奈ちゃんおそいよ〜」

 美咲はアタシを見るやいなや、そう言って先を歩いていく。慌てて跡を追い、横に並んで歩く。

「美咲、彼氏との仲はどうなんだよ」

 美咲には、2歳年上の彼氏がいる。年上の懐に入るのが上手くて、部活の先輩にも大人気なのだ。彼氏も、元部活の先輩で、今はOBとして学校に遊びにきている。はずである。

「彼氏? なんのことかよく分からないけど、彼女だったらいないよ。フリーで彼女募集中でーす」

 この時点で、大体確定してしまった。どうやら、世界から男性という存在が片端から消えたようである。アメリカの大統領もまったく名前の知らない女性になっていた。総理大臣もまた、同様であった。

「そう、わかった。もう大丈夫」

 何やら、途方もない厄介な問題に直面したようである。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る