#0106 転入生

#0106「転入生」


 アキラとカエデは、急いで学園へと入っていった。

 朝のホームルームが始まるまで、まだ時間はあるが余裕はない。

 それでも、無事に教室へ到着することができた。

 だが、ホームルームが始まる前の教室は、いつも以上に賑わっていた。


 アキラとカエデは入り口の扉で足を止める。

 同級生たちは思い思いに何やら話をしているようだった。

 二人の到着に気づいた男子学生が近づいてきた。

 彼の名は、内藤ないとうタダシ。アキラのことを、苗字の色浜いろはまから、浜ちゃんと呼んでいる。


「浜ちゃん、事件だ……事件が起きるぞ!」

「事件!?」


 アキラの脳裏には昨日の出来事が浮かび上がった。

 自分のほかにも、あのマネキンに襲われたヤツがいるのだろうか、と。


「なにがあった? みんなは無事か!?」

「お、落ち着け! 事件っていっても物騒なもんじゃないし、事件はこれから始まるんだ!」

「どういうこと?」とカエデが聞きただす。

「転入生だよ、転入生! そろそろ夏休みだってタイミングでだ!」

「へー……」


 カエデはあからさまに興味がなさそうな返事をする。

 その反応にタダシは驚く。


「な、なんだよ、その反応は! カエデちゃんは気にならないのか!? 転入生がもしも美男子だったらどうする!?」

「私はそういうの、間に合ってますから。それに男子は、美少女を期待してるんでしょ?」

「そんなことは、ないよなーみんな!」


 と、タダシは、途中からアキラたちの会話を聞いていた男子たちを巻き込んだ。

 タダシの問いに、男子たちは一体感を醸し出し、次々一言コメントを出していく。


「そうだ! 美男美女どちらであっても、俺たちは問題ないぞ!」

「ああ、その通りだ! どのパターンでも仲良くなって見せるぜ!」

「汝、隣人を愛せよ」

「我々のような日陰者だった場合は、我々が全面バックアップ。同胞として迎え入れますぞ!」

 と、最後はメガネ男子が、メガネをクイクイ押し上げて回答する。

 アキラは、クラスメイトたち(男子のみ)の一体感に、目頭が熱くなる。


「素晴らしい……このクラスの団結力を発揮する時だな!」

「はぁ……アキラも触発されないでよ……」


 謎の感動をするアキラに、カエデは頭を抱える。


「ふむ、騒がしいな。チャイムが聞こえなかったのか?」


 突如、アキラとカエデの後ろから、つまり廊下側から声が聞こえてきた。

 タダシが、顔を引きつり返事をする。


「み、美上みかみ先生! へへ、すぐ席に戻りまーす!」

「うむ、良い判断だ。色浜、櫛川もだ」

「「はい」」


 生徒たちが自分の席に戻り、シンと静まる教室。

 美上先生と呼ばれた教師が、黒板の前に立ち、口を開く。


「日直。挨拶の前に、紹介したい子がいる」


 そういうと、視線を扉の方へと向ける。

 そこには、アキラが見覚えのある少女が立っていた。


「おお、やはり転入生!」 タダシの声が漏れる。

「それじゃあ、入ってきてくれ」


 少女は、先日の服装とは違い、カエデと同じ制服を身に着けていた。


「えー。彼女はご両親と一緒に世界中を旅している。今年から日本の各地を周っているらしい。そこで、この夏の間は、我が学園の生徒として預かることになった。といっても夏休みもあるから、皆と過ごす時間はわずかだ。短い間だが、彼女の良き学友として接してくれ」

鳴河なるかマナです。よろしく」


 自己紹介としては短い一言で、マナは挨拶を終える。

 アキラは、正直、先生の話など聞いていなかった。昨日の少女がいることに、気を持っていかれたからだ。

 そして、マナは生徒の顔を確認するように教室中を見渡して、アキラを見つけた。

 突然目が合ったことに、アキラは驚く。だが、マナは至って普通に、表情を崩さず、アキラに近づいていった。


「鳴河、席はそっちじゃないぞ」


 美上の声に止まることなく、マナはアキラの前にやってきた。


「たしか、色浜アキラといったかしら?」

「ああ。鳴河さんって名前だったんだね」

「どこかで、事情を説明する必要があるみたい。だから……」

「わかった。じゃあ、休み時間にでも……」


 二人の会話に、カエデは声を荒げて出す。


「ちょ! ちょっと待って、二人は知り合いなの!? いつどこで!」

「ふむ。では学園の案内などは色浜に任せるか」

「先生はちょっと黙ってて!」

「え……」


 カエデの抱いた疑問は他の生徒も同様に抱えていた。

 アキラは、カエデの問いに答えたかったが、昨日マナが「忘れたほうがいい」を言っていたことから、どこまで話していいのか躊躇していた。

 そこで、マナが答えた。


「色浜アキラとは、知り合いだ」

「知り合いにしては、名前も今知ったみたいだし、どういったご関係なの?」

「関係? そうだな。彼から見れば、私は命の恩人といったところだろうか」

「命の恩人?」

「そして、私から見れば、彼はパートナー候補といったところだろうな」

「ぱ、パートナー候補!?」


 マナには分からなかった。カエデにとって、パートナーとはどういう意味で捉えられるか。

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