第5話 鳥を探しにきた男
「ところで、もうひとりの客人というのは?」
「それがですね、」
黒い衣の男の話を、みな口々にはじめた。
「鳥を」
「はい。ですから、てっきり失せもの探しのご相談かと思ったんですよ」
ふくよかな婦人が、声をひそめる。
「ところが、あの
「それまでは穏やかで、のんびりした方だとお見受けしていたんですよ」
「何があったんでしょうか。
話をして笑っていたかと思うと、急に目つきが鋭くなって、そわそわし始めたんです」
しばらくして男は、では後日、と出ていった。
まさか娘を追って行ったのでは、あの愛らしい娘を、と、三人とも胸騒ぎがして、そっと表を見ると、ちょうど工場から終業のサイレンが聞こえてきた。
がやがやと仕事帰りの大人たちが町中を歩きはじめ、それを待ち構えていた総菜屋も開かれて賑やかになり、これなら娘の顔見知りも多い、誰かの目がある、と、安堵したのだという。
「探している鳥の色は、聞いたかね」
「赤い鳥だということでした」
「赤」
魔女は、なにごとか思い当たったらしい。
マッチ箱をつかんで店の表へ出、辺りを検分する。
「かの鳥であるならば、」
マッチ棒を一本取り出して、扉のまわりをそろそろとゆっくり探ってみると、
「……やはり」
炎の鳥、と、内々に呼ばれているかの赤い鳥が訪れた場所には、しばらく炎の気が残っている。
そのため、よく知られた探索方法として、マッチ棒をかざすとその気の影響でわずかに煙が出る、というものがある。
はたして白く細い煙がたなびきはじめた。
「魔女さま、大丈夫でしょうか」
「ああ、心配ないよ。気のせいだったようだ」
婦人たちにはこれから夕飯の支度がある。
「もう閉店の時刻だね。ご苦労様」
* *
赤毛の娘は、机の上に画帳をひらいて、先ほどから木炭鉛筆を転がしたきり、動かない。
「どうしたかね。気が乗らぬかね」
籠の中から赤い鳥が声をかける。二本ある止まり木のうち、一本がブランコになっていることに気がついて、機嫌が良い。
「描きたいんだけれど、描けなくなってしまったの」
「宿題かね」
「いいえ」
娘の学年では絵画の宿題は少ない。学校の上の級に進学すれば、小さいながら印刷工場や製本工場の並ぶこの町らしく、意匠や絵画の専門科も選べ、そうなると課題だらけになるが、それは進学の意思も含め来年決めることだった。
「期日はない。そのような時は休んでもいいのではないかね」
「もうずっと休んでいるの。それで、だんだん焦ってきたのよ」
毎年今時分は、幾日も森に出かけ、柔らかに芽吹いた木々や、咲き始めの可憐な花を何枚も画帳に写していたのではないか。
動かない手がもどかしいのである。学校の大きな図書館で画集を見ても、どうも上の空だ。
「それならひとつ、あたしを描いてはどうかね」
「あなたを」
「そう。近づきのしるしに一枚、頼みたくてね。どうかね。
なあに、写生の練習で、鳥の姿はよく描かれるのであろう。それだと思って、ひとつ、どうかね」
鳥がしなをつくりはじめたので、娘はすこし笑った。
赤く燃える炎のように、ゆらぐ翼がむずかしいようだが、それはそれで描きがいがあると思えてきた。
「そうね。お願いするわ」
娘が鳥籠の扉をあけると、鳥はふわりと飛び出して、ぴょん、と、籠のてっぺんに飛び乗った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます