第26話 ロロブスの収穫祭(1)
「うーん」
シノアリスは悩んでいた。
傍らには腕を組み唸り悩んでいるシノアリスに、どう声をかけようかと暁はソワソワしている。一体シノアリスはなにをこんなに悩んでいるのか。
「延長、いや・・・・新しい宿、うーん」
シノアリスは大変迷っていた。
ロロブスに滞在して3日目の朝、現在宿泊先のアリスロッテをこのまま退出するか、それとももうしばらく宿泊を延長するかに大変悩んでいた。
何故ならアリスロッテでの宿泊が大変心地よかったからでもある。
風呂はある、貴族様がご贔屓するほどの厚い待遇、なにより壁からイビキが全く聞こえてこない。未だ落ち着きづらさもあるが、宿泊したことで良い部分も見えてくる。
いままで味わったことのない高級感を味わったがために、悩んでしまう。
きっとアリスロッテに宿泊していなければ、こんなに迷う事すらなかった。と本人は切実だが、第3者が聞けば呆れてシノアリスを放置しただろう。
だが、傍にいるのはまだ
「アカツキさん」
「!な、なんだ?」
「アカツキさんはこの宿、どうですか?」
「どう、とは?」
「居心地が良いですか?」
突然話を振られ思わず肩を揺らしてしまうも、シノアリスの質問に暁は少しだけ周囲を見渡す。
正直、暁は今まで奴隷として地下暮らしがほとんどだったのでアリスロッテでの宿泊はまさに豪邸のように感じている。
要は気が休まりづらいと言える。
だがこの部屋を借りているのはシノアリスである、自分は世話になっている身もあるので言い出しづらい。
困ったように言葉を詰まらせる暁に、シノアリスはジーッと暁を見つめ彼からの回答を待っている。
どうやら暁が答えるまで待つようだ。
観念した暁は、小さな声で「少し落ち着きづらい」と答えた。
「あ、私もなんですよ。いままでこんな高級な宿を利用したことがなかったので」
貴族用のホテルなので、まず冒険者が泊まることはない。
此処に宿泊できたのも兎の寝床にいたゲイルの親切心で宿泊できたようなものだ。
「じゃあ今日まで宿泊して明日は別の宿を探しましょうか」
「すまない、俺の費用を負担させて」
「ロロブスにはギルドがないので仕方ないですよ」
いま滞在しているロロブスには生憎ギルドが在中していない、できれば暁のギルド会員登録をしたかったがないのであれば致し方ない。
申し訳なさそうに頭を下げる暁に、シノアリスは気にするなとしか言えない。
「それよりアカツキさん、採取に行きましょう」
「・・・あぁ、今日はなにを採取するんだ?」
明らかに話を逸らすシノアリスに、暁は少しだけ苦笑しつつもシノアリスに合わせ今日の素材採取を問う。
シノアリスはホルダーバッグから1冊の本を取り出し、目的のページを開いて暁に見せた。
「これです、今日はこれを採取に行きたいんです」
「“王冠キノコ”?」
王冠キノコ、とは。
特定の森に生息する王冠の形をした小さなきのこのみである。
このキノコにはとある成分が含まれている。それはロキソ草と同じ消炎鎮痛の成分が含まれており、このキノコは癒しの雫を製薬する際にロキソ草の代替にもなる。
また、このキノコは乾燥させて粉にすれば鎮痛薬にもなるので治療院からとても重宝されていた。
だが森でお目にかかる確率は0.01%。
採取がとても難しいと言われているキノコなのだが。
「この王冠キノコは、キノコなのに川の岩場の下とかに生息してます」
シノアリスはヘルプにより、王冠キノコの詳しい生態を知っていた。
王冠キノコは森で見かけないのは、このキノコの生息地が水場だからである。岩場の苔と同じように特に湿った場所を好み、尚且つ綺麗な水の傍でないと大きくならない。
極稀に岩場でマーキングをする動物の毛に、王冠キノコの胞子がくっつき森で奇跡的に生えることがある。
王冠キノコは採取のしづらさと“キノコなのだから森”という定着が根付いていたので、水場を探す者がいないため採取が困難とされていた。
勿論、シノアリスのスキル“ヘルプ”にはその内容は事細かく記されていたため、彼女にとって王冠キノコの採取は全く簡単なものであった。
「・・あぁ、ロロブスは川があるからか」
「そうです!」
港町シェルリングに渡るための下流がある。
ヘルプで王冠キノコの生息を検索すれば、見事にロロブス周辺の川が該当に出てきたので、その採取に向かおうという訳だ。
「あ、あと稀に光源石もとれるので、もし見つけたら採取してください」
「・・・これか、分かった」
光源石のページも見せながら、暁は記憶するように絵を見つめる。
シノアリスは鑑定や今までの経験があるので、本を見なくても分かるが暁は素材採取など初めてなので素材図鑑を購入したのだが、役に立った。
ふとシノアリスは思い出したようにホルダーバッグから黒と白の巾着袋を取り出した。
「忘れていました、アカツキさん用の収納袋です」
「収納袋?」
「はい、どちらも時間停止機能と容量制限を最大にしているので、このホテルくらいは収納できますよ」
「このホテルを?それは凄いな」
ある意味物凄い発言をしているのだが、シノアリスは気にせず収納方法と排出方法を暁に伝える。
また暁も、山里に引きこもっていたことや長い奴隷環境により普通からかけ離れた生活をしていたのでシノアリスの普通が常識と勘違いをしていた。
説明が終わり、収納スキルが付与された巾着を懐に仕舞ながらシノアリスと暁はロロブスの下流へと目指した。
*
港町シェルリング行の船着き場から外れた道を歩き、シノアリスと暁は上流を目指す。
下流中の船の邪魔にならないよう、下流で採取するのではなく上流で採取しようと話し合って決めた。暁より前を歩き綺麗な川辺を歩きながらシノアリスは大きな岩壁はないかと周囲を見渡す。
「小石ばかりで大きな岩とかないですね」
「そうだな」
ゴス、と何かが貫く音が響く。
「上流はもしかしてロロブスの人が整備しているのでしょうか」
「いや、人の手が加わっているようには見えないな」
ドガッと何かが叩き潰した音が聞こえる。
「でもロロブスの川は綺麗ですね、あ!光源石発見!!」
「良かったな、シノアリス」
バコンと何かを叩き上げる音と遅れてグシャと地に叩き落される音が響く。
「あの、さっきから後ろがうるさ・・・おぎゃぁああああ!?」
「ん?すまない、うるさかっただろうか」
背後から聞こえる音にようやく振り返ったシノアリスが見たのは、丁度ゴブリンの首を絞める暁の姿と倒れている魔物の数々。
アホ毛と共に飛び上がりながら悲鳴をあげたのだった。
「上流ってこんなにも魔物多いんですね」
「そのようだな」
「・・・うーん」
シノアリスと暁の背後にはいくつかの魔物の屍が積み重なっており、ワーウルフやゲジゲジにスライム、ゴブリンなど主に森に生息する魔物ばかりである。
本来なら川辺にはいないはずの姿にシノアリスは不思議そうに首を傾げた。
「こいつらは素材になる部分はあるか?」
「あ、はい。スライムは中の核ですね、ゲジゲジは結構素材になる部分が多いんです」
ゲジゲジは節足動物の一種の蟲である、地球で似た蟲なら“ムカデ”が一番近い。
体格はワーウルフと同じぐらいの体長で、彼らは基本土や木の葉の中に生息しており、とても狂暴で牙と尻尾には毒針が仕込まれている。
倒すには頭を叩き潰すしかないのだが、頭の殻が硬く簡単には叩き潰せない。
だが鬼人である暁の腕力とシノアリスが渡したグローブにより、簡単に砕かれた頭を前にシノアリスは暁に素材になる箇所を説明する。
「シノアリス、解体用のナイフはあるか?」
「アカツキさんは解体できるんですか?」
「前は山奥に住んでいたからな。少し腕は鈍っているかもしれないが出来るよ」
「凄い!私解体が苦手なので、いつもそのまま持ち帰っていますよ!!」
ヘルプの指示通りにやるが、どうしてもナイフでの解体には未だ慣れず、素材を傷つけることが多い。
素材を傷つければ調合にも影響が出るので、シノアリスは何時もギルドの解体場にお世話になっていた。だから暁が解体できることに尊敬の眼差しを注いでしまう。
そんな眼差しに少しだけ擽ったそうに笑いながら、シノアリスに簡易解体用のナイフを借り素材を剥いでいく。
剥いだ素材をシノアリスは暁の巾着袋へ収納していく。
「シノアリス?なぜそっちに収納するんだ?」
「え?だって討伐したのも解体したのもアカツキさんですから」
さも当然のように言うシノアリスに、暁は未だ奴隷であったときの癖が抜けていなかった。
奴隷には人権などない。
だから持ち物にさえ所有権などない。彼らが得た者は全て主人の物となる、それが当たり前の世界だった。
「ナストリアに行ったら換金しましょうね!ゲジゲジはとっても珍しいので高価で売れますよ!」
「あぁ、そうだな」
自分で採取した者は自分の物。
ようやく暁は自身が奴隷でなくなったのだと自覚出来た。
しかし、なぜ本来森で生息しているはずの彼らが上流に現れたのか。
それはとある厄災が原因だった。
ある日突然、彼らの住んでいた森の半分が吹き飛ばされる事件が起きた。
残された森では生き残った魔物たちでの壮絶な縄張り争いが開催され、見事に争いに敗れた魔物達が居場所を追われ、上流に住処がないかと新しい住処を求め川辺付近をさ迷っていた。
「これはあとでロロブスの人に報告すべきですよね」
「あぁ、なにかあっては大変だしな」
その厄災当事者である2人は、事実を知らないまま呑気に会話を交わしていたのだった。
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本日の鑑定結果報告
・
特定の森に生息する王冠の形をした小さなきのこのみである。ロキソ草と同じ消炎鎮痛の成分が含まれており、このキノコは癒しの雫を製薬する際にロキソ草の代替にもなる。
また乾燥させて粉にすれば鎮痛薬にもなるので治療院からとても重宝されている。
生息地が水場。
岩場の苔と同じように特に湿った場所を好み、尚且つ綺麗な水の傍でしか育たないので“キノコなのだから森”という定着が根付いていたので、採取が困難とされている。
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