第11話 狼の鉤爪(6)
夜空に上った満月の月明かりが暗闇を照らす最中、カシスは木々を飛び移りながらブラックタランチュラの目を錯乱させる。
一番は目を潰せれば楽なのだが、4つの赤い目だけはカシスを追おうと左右くまなく動いている。
一か八かと鋭い爪で目を裂こうとするが、硬い腕によって防がれた。
獣人の爪すら通さない硬い表面にパキリ、と爪の一部が欠けてしまいカシスは舌打ちをする。せめて仲間のマリブとルジェがいれば少しは手ごたえもあったかもしれない。
だが此処に現れない以上、彼らもブラックタランチュラに遭遇し怪我を負った可能性がある。もしくは別の魔物に囲まれ身動きが取れないのだろう。
「っち!くそが!」
せめてシノアリスが、無事に街道にたどり着くまでに足止めが出来ればいい。
シノアリスが魔物除けの香炉を持っていれば魔物に遭遇せずにナストリアまで辿り着ける、そうすれば冒険者ギルドに在中している冒険者が討伐してくれる。
その望みを信じ、吐き出されてくる酸を反射的に避けながらカシスは再び木の枝へと飛び乗ろうとした矢先。
体、臓器、脳の全てに激痛が走った。
カヒュッと呼吸が出来ず力が抜け、枝に飛び移れないまま落下し受け身が取れず地面へと落下したカシスは、全身を震わせ苦し気に呼吸を繰り返す。
「しま、った・・・あ、れが・・!!」
苦し気に心臓の部分を掻き毟りながら、振動を響かせて近づいてくるブラックタランチュラに舌打ちを零す。
こんな死に方は実に情けなく、冒険者らしい死に方だ。
酸を垂らしながら大口をあけカシスを食おうと近づく鎌状の鋏角に、カシスは覚悟を決めたように目を閉じた。
ガツン、と何かがブラックタランチュラの頭部にぶつかる。
襲ってこない事にカシスは目を開ける。ごとり、と音を立てて落ちたのは見覚えのある凹んだ水筒だった。
4つの目が物が飛んできた先へと向けられる。その先には水筒を投げたフォームのままブラックタランチュラを睨むシノアリスの姿があった。
シノアリスの姿にカシスは目を見開いた。
逃がしたと思ったはずの彼女が未だ此処にいることに、ましてやブラックタランチュラに攻撃したことに怒りが沸いた。
折角逃げる時間を稼いだのに、なぜここにいる、どうしてこうも人間は身勝手なのか!と声を荒げようとするが痛みで舌が回らない。ブラックタランチュラは痙攣し動かないカシスからシノアリスへと標的を変えたのか、ゆっくりと体の向きを変える。
カシスは声にならない声でブラックタランチュラを止めようとするも、ベチャリとお尻から噴出された粘着質の糸により地にへばり付けられた。
完全に身動きすらできなくなりカシスは、霞む視界の中何度も何度もシノアリスを罵倒し、罵倒し罵倒の言葉が埋め尽くされ、逃げてくれと懇願するように口を震わせた。
だがカシスの願いはシノアリスへ届いていないのか、彼女は逃げるそぶりすら見せない。
「ブラックタランチュラは、とにかく表面が硬く魔法や剣も通りにくい。なら」
不意にカシスの耳に届く小さな声。
その声には怯えも恐怖もない、ただ確かめるような独り言。カシスは霞みつつある視界の中。惹かれるようにシノアリスへに釘付けとなった。
シノアリスは、不敵に笑い懐から小さな麻袋を取り出した。そしてその中に入っている琥珀色に輝く石を取り出して構える。
「中から攻撃すべし!」
おりゃあ!とシノアリスは掛け声と共に複数掴んだ琥珀色の石をブラックタランチュラの咥内へと投げ込んだ。投げ込まれた石をブラックタランチュラは食すように石を嚙み砕いた。
瞬間、激しい閃光と電撃がブラックタランチュラを襲う。
まるで落雷を受けたかのように全身に電光が走りぬけ、ブラックタランチュラは悲鳴をあげて電流から逃れようとするもそれは止まらない。
「グギャギャギャギャギャ!」
「おかわりどーぞ!」
第2投球!と言うようにシノアリスはブラックタランチュラの牙に向かって琥珀色の石を叩き割るように投げつける。感電状態で口を閉じることが出来ないブラックタランチュラは第2波の電流が流れていき抵抗もできないまま感電し崩れ落ちた。
所々バチバチと音を立てて放電し、口内から煙があがっている。だが絶命したのかピクリとさえしない。
カシスはその光景に痛みも忘れ呆然としていた。
駆け寄ってきたたシノアリスは糸で地面に張り付けられたカシスを救出しようと、点火させた木の棒を取り出した。
「!?」
「カシスさん!いま助けますね!」
蜘蛛の糸は粘着質で簡単には切れないが、大変燃えやすい。
その情報をエクストラスキルで知っていたシノアリスは、カシスを救出するため糸を燃やせばいいと火を用意したが。
それをすればカシスも燃えます。
別の意味で危機が迫りカシスは声なき声で天に助けを求めた、その必死の声が届いたのか。
「「カシス!!」」
同時に木々の奥から、黒毛の獣人と茶色の獣人が所々負傷した状態で飛び出してきたのだった。
***
黒毛の獣人、マリブは全身から白い煙を上げるA級クラスの凶悪な魔物ブラックタランチュラと縫い付けられたカシスに、松明を持ってカシスに迫るシノアリスというカオスな構図に「なにこの状況!?」と叫んだ。
蜘蛛糸を燃やそうとするシノアリスをルジェが何とか抑え込み、マリブが救出をする。
だが、彼等には再び危機が迫っていた。
「カシス!カシス聞こえるか!」
「・・・っ」
先ほどよりも苦し気に呼吸し、全身に汗をかき苦しむカシスにマリブは悔し気に土を拳を叩きつけた。
「あの、カシスさんはいったい何が?」
「・・・・アリスちゃん」
「はい?」
「依頼を達成していないのに報酬を要求するのは違反だと重々承知している。だけど・・・」
「頼む!シノアリス嬢!!解呪の針、解呪の針だけを今すぐくれないか!」
解呪の針。
その名の通り呪いを解く魔道具である。
だが呪いにも様々な種類がある。この解呪の針は魔物達がもつ自然的な呪い。石化や盲目、そして簡易的な人からの呪いを解除できる。
だが呪術師や悪意を持っての専攻した呪いでは解呪できるか難しい。
その場合は、教会などで光属性の1つである聖魔法で浄化してもらわないと効果がない。
彼らの約束の報酬は“変身薬”“特効薬”そして“解呪の針”
他の2品より、解呪の針を優先するという事はカシスは何かしらの呪いを受けている、ということだ。
必死に頼み込んでくるマリブ達にシノアリスはホルダーバッグから、解呪の針を取り出しそれをマリブに渡した。マリブは素直に渡してくれたシノアリスに何度も何度もありがとうと礼を言いながら、カシスへと向き直った。
上半身の服を破くように引き裂けば、心臓の部分を覆うように灰色になった毛が現れる。
その状況にシノアリスはカシスが石化の呪いに掛かっていることに気付いた。マリブはシノアリスから貰った解呪の針を心臓の部分に突き立てる。
その瞬間オレンジ色の光が漏れ、パキンと音立てて解呪の針が砕け散った。
さきほどまでカシスの心臓を覆うように石化していた部位は、オレンジの光と共に消えていた。
マリブとルジェはその光景に安堵し、カシスを見た瞬間2人は凍り付いた。
「カシス?」
だらんと口から垂れた赤い舌。
白目を向き、ピクピクとわずかな痙攣を繰り返している。なにより本来なら上下するはずの胸が一向に動いていない。
呼吸が出来ていないカシスにマリブとルジェは困惑した。
石化は解呪の針で解けたはずなのに。
「カシス!カシス!!」
「おい!息をしろ!カシス!」
「ちょっとどいてください!」
カシスの体を揺さぶるマリブを押しのけ、シノアリスはスキルを発動させる。
「“鑑定”」
本来鑑定は物の真偽や状態を見るものであって、人のステータスを見るものではない。
地球でよくある小説では鑑定はチートの類ではあるが、この世界では人を鑑定することは出来ない。
結果、カシスを鑑定するがそれは【error】の文字で拒まれた。
ダメ元で試したがやはり見れないことに、ならば病気や呪いだけを見るシステムはないのか。シノアリスは思いつく限りの単語を叫び、エクストラスキルで探した。
【該当するスキルが1件見つかりました】
【スキル“薬神の眼”】
【病気や呪い、状態異常を解析、分析する高スキル】
「!!取得方法!」
ようやく見つけた希望にシノアリスは即座に取得方法を確認する。そして目を通した内容にシノアリスは躊躇するが一か八かと再びカシスに向けて「鑑定!」と叫んだ。
「鑑定!」【error】
「鑑定!」【error】
「鑑定!」【error】
「鑑定!」【error】
「鑑定!」【error】
「鑑定!」【error】
「鑑定!」【error】
まるで機械人形のように何度も何度も同じスキルの名を叫ぶ。マリブもルジェもシノアリスが何をしようとしているのか全く分からない。
だが、彼女がカシスの為に何かを必死で行おうとしていることだけは伝わった。
どれだけ叫んだのか。
シノアリスの声が掠れかけた頃、望んだ変化が現れた。
「鑑定!」
【error】
【特殊条件を満たしました、新たなスキル“薬神の眼”を取得しました】
「!!“薬神の眼”!」
カシスの体が微かに光り、特に右肺の箇所が赤く光り文章が現れる。
【“嘆きの涙”により汚染されています】
嘆きの涙は、確かなにかの本で読んだ記憶があった。
その昔、人間に恋をした魔女が人間に成りすまし恋を成就させた。だが時の流れの違いに人ではないと知られ夫に殺されそうになり魔女は悲しみと怒りで夫を殺した。
愛する人を殺したことに絶望し、魔女は心中した。
その二人の混ざった血から生まれたのが嘆きの涙。
涙で濡らした武器で相手を刺せば、石化してしまう。切り付ければその部分からどんどん石化していく恐ろしい呪具だ。
【危険度:レベル2】
【“解呪の針”で浄化できます】
【心臓:解呪済み】
【右肺:汚染中】
見つけた、とシノアリスは直ぐにホルダーバッグから解呪の針を取りだし右肺の部分へ突き刺す様に叩きつけた。
再びオレンジ色の光が漏れ、パキンと音を立てて解呪の針が砕ける。
そしてーー。
「ぶはぁあ!はっ!はっ!!げほ!ごほ!!」
「「カシス!」」
苦し気に息を吐きながら呼吸を繰り返すカシスをマリブとルジェは目に涙を浮かべて歓喜する。
カシスは窒息状態だったためか、意識が朧気でなにがどうなっているのか全く分からなかった。だがずっとカシスを蝕んでいた“あれ”がない事に気付いた。
「な、んで」
「カシス、アリスちゃんがお前を救ってくれたんだ」
「あのガキが?」
目尻に涙を浮かべて覗き込んでくるルジェの言葉に、カシスはハッと思い出したように飛び起きる。
そして一瞬だけカシスの視界を掠った白銀のアホ毛に顔を向ければ俯いているシノアリスがすぐ傍に座っていた。
その姿にジワジワと先ほどまでの怒りが沸き起こりカシスの毛が一気に逆立つ。
「お、まえ!!なんであの時逃げなかった!」
****
本日の鑑定結果報告
・解呪の針。
その名の通り呪いを解く魔道具。
だが呪いにも様々な種類がある。この解呪の針は魔物達がもつ自然的な呪い。石化や盲目、そして簡易的な人からの呪いを解除できる。
・嘆きの涙
その昔、人間に恋をした魔女が人間に成りすまし恋を成就させた。だが時の流れの違いに人ではないと知られ夫に殺されそうになり魔女は悲しみと怒りで夫を殺した。
愛する人を殺したことに絶望し、魔女は心中した。
その二人の混ざった血から生まれたのが嘆きの涙。
涙で濡らした武器で相手を刺せば、石化してしまう。
切り付ければその部分からどんどん石化していく恐ろしい呪具。
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