第7話 狼の鉤爪(2)
あの後、泣きじゃくるシノアリスをロゼッタが宥め2人して街で人気の喫茶店へと訪れていた。
ロゼッタが宥めたのと喫茶店のお勧めである“キッシュ”が美味しかったため、シノアリスの顔は晴れ晴れとした笑顔へと変わっていた。
「おひひぃ~でふぅ(美味し~いです)」
「ふふ、でしょう?此処のオーナーの自慢のキッシュなのよ」
ここのキッシュを味わうと他店のキッシュでは満足できなくなる、とロゼッタは語った。
確かに、このキッシュは一見ベーコンとチーズが入ったタルトに見えるがパイのサクッとした食感の後に卵の滑らかさと炒められた野菜の甘さ、そしてベーコンの重厚さが口に広がる。
焼きたてアツアツでこんなに美味しいのなら、時間を置いて冷めても絶品に違いない。
先ほどまで萎れていたアホ毛も、この美味さには踊っている。
「それで、だれも護衛依頼を受けてくれないって言ってたけど」
「ああ!そうなんです!」
今まで忘却の彼方へと忘れ去られていた問題を思い出し、シノアリスはロゼッタに依頼の紙を見せた。
エクストラスキル【ヘルプ】を駆使してまで作り上げた依頼書に、何処が不備があるのかシノアリスにはもうわからない。
だが受付嬢であるロゼッタなら日々依頼書と向き合っているので、アドバイスや添削をしてもらえるかもしれない。
「・・・・・なるほどね」
「ロゼッタさん!改善点とかありますか?!」
「ねぇ、アリスちゃん。これ商業ギルドの方で紹介依頼に変えさせてもらってもいいかしら」
「・・・・・・へ?」
紹介依頼とは、掲示板を介さず受付で紹介される依頼のこと。
受付で紹介される依頼はその人物の力量によって紹介されるので、駆け出し冒険者の初討伐やギルド長の推薦など様々だ。
だが誰でも紹介依頼で依頼を出すことはできない。
上の判断により掲示板か紹介かに分けられている、冒険者ギルドではシノアリスの依頼書は紹介依頼に値しない内容だったため掲示板に張り出されていたのだ。
「お知り合いの冒険者さんが数人、街に滞在してるの。きっとアリスちゃんの依頼を受けてくれるわ」
「そ、れは大変ありがたいんですけど」
「大丈夫よ、彼らは信頼できるわ」
「ロゼッタさん・・・・あびがびょうごじゃいまずうぅぅう!(ありがとうございますぅ!)」
「あらあら。よしよし・・・」
ロゼッタの知り合いであれば信頼できるだろう。
シノアリスはロゼッタの優しさに感激し、目を潤ませ感謝の言葉を叫びながらその身に抱き着いたのだった。
****
ロゼッタとのやり取りを5日前に行い、本日ロゼッタから依頼を引き受けてくれそうな冒険者が見つかったとの連絡が来たことを知らされた。
まさかこんな短期で引き受けてくれそうな冒険者が見つかるなんて。
ロゼッタの人望は、本当に凄いとシノアリスの中のロゼッタの株が益々急上昇していく。
また連絡には、契約内容の確認や顔合わせを兼ね商業ギルドに顔を出してほしいとの言付けに、シノアリスは急いで商業ギルドへと向かった。
商業ギルドにたどり着くも、珍しく人が溢れかえっていた。シノアリスはロゼッタの受付を探すように身を乗り出すが、人の肉壁に押しつぶされ中々前に進めない。
それでも前に進もうとした所為なのか、邪魔だと押し飛ばされる。前に行くことだけに集中していたシノアリスの体は軽々と後ろへと吹っ飛んだ。
後ろからの衝撃に耐えるべく、ギュッと目を閉じたが一向に来ない衝撃にシノアリスはゆっくりと目を開けた。
「大丈夫かい?」
押し飛ばされたシノアリスの両脇下を持ち上げる大きな手。
黒髪の短髪に、紺色の瞳は穏やかに緩められシノアリスを心配げに見ている。人当たりの良さそうな男性の手により転倒を免れたシノアリスは慌てて恩人の男性に頭を下げた。
「す、すみません!ありがとうございます!」
「いやいや、それにしてもこんな小さい子を突飛ばすなんて大人げない奴らだ」
「いやぁ、無理矢理進もうとした私にも非がありますから」
「お嬢ちゃんはいい子だね」
男はシノアリスよりもかなり身長が高く、正面を向き合っているのにシノアリスの頭が胸付近までしかない。確かに男からみればシノアリスは幼い子供に見えるのだろうが、こう見えて15歳と立派な成人である。
子供扱いをするなと指摘しようかと思ったが、男がとても微笑ましそうな顔でシノアリスの頭を撫でてくるので、言いづらい。
「受付に用があるなら、俺がきいてあげようか?」
「大丈夫です!自分でいけます!!」
「そうか、えらいねぇ」
「・・・・・」
傍から見て、おつかいに行く子供と見守るご近所さんの図だ。
シノアリスの眉間に皺が寄り始める。
「マリブ!そろそろ時間だぞ!」
「!あぁ、今行く」
目の前の男、マリブと呼ばれた男は後方から彼を呼ぶ仲間らしき人達に一瞬だけ顔を向けた。急いでいるなら早くいけばいいものを未だ心配そうにシノアリスを見てくる。
そんなに子供扱いされるのは正直複雑だ。
「仲間の方が呼んでるから行ってください」
「しかし、嬢ちゃんは大丈夫かい?」
「大丈夫です、大丈夫なんで行ってください」
念を押すように言えば、マリブも渋々納得したのか仲間がいる方へ歩いていくも、何度も何度もシノアリスの方を振り返る。
ちゃんと笑顔で手を振るが、内心は「はよ行け!」と思っている。ようやくマリブの姿が見えなくなったことでシノアリスは疲れたように肩を落とし、今度こそロゼッタの元に向かおうと人の波へと突っ込んでいった。
「アリスちゃん、待ってたわ」
「お、お待たせ、して、申し訳ありません」
数十分後、ようやくロゼッタの元へたどり着けたシノアリスは、荒波に揉まれた所為かヨロヨロになっていた。
待ち合わせ時間ギリギリだったが時間内にたどり着けて良かったとシノアリスは安堵する。
珍しく今日は人込みが多く先ほどまでロゼッタも受付で大忙しだった。萎れたアホ毛にロゼッタは労わるように頭を撫でながら、昨日市場で購入したクッキーを差し出した。
「よかったらこれ食べて」
「い、良いんですか!?」
「えぇ、でも他の人には内緒よ」
パチンとウィンクする姿にシノアリスや流れ弾を食らった男どものハートを射抜いた。シノアリスはロゼッタのくれたクッキーに頬刷りをし、先ほどまで萎れていたアホ毛も嬉しさでピンピン跳ねている。
「じゃあ冒険者の方と顔合わせしましょうか。部屋はこっちよ」
ロゼッタに案内され、2階へとあがり1室の部屋へと案内される。
数回ノックをし、失礼しますと挨拶をしながら入るロゼッタを見習ってシノアリスも失礼しますと挨拶をしながら中に入った。
中には3人の男性がソファーに座っており、その中の1人にシノアリスは驚いたように声をあげた。
「「あ、さっきの・・・」」
それは先ほど、シノアリスを助け異様に子供扱いをしてきたマリブだった。
まさか彼が護衛依頼を受けてくれそうな冒険者だとは思わなかった。シノアリスはマリブの横に座る他の2人にも目を向けた。
ソファーの真ん中に座っている茶髪のふわふわ髪の男、前髪で目元が隠れていて表情が良く分からない。
読書に集中しているのか、組んだ足の上に置かれた本をジッと見ている。
奥に座る男性へと視線を向ける。
赤い短髪、不機嫌そうに鋭く吊り上った紫暗の瞳が部屋の奥を睨んでいる。
「アリスちゃん、彼等が護衛依頼を紹介した“狼の鉤爪”よ」
「え、ロゼッタさん。まさかこの子が依頼者の子なんですか」
マリブの言葉に先ほど此方に視線さえ向けていなかった2人もシノアリスへと視線を向ける。
ロゼッタはシノアリスを彼らの正面へと座らせ、ロゼッタも書面を片手にシノアリスの隣へと座った。
「まずは、依頼内容の確認です。依頼主は私の隣にいる錬金術士シノアリス嬢になります。そしてスズの湖に生息している“キシジル草”を採取するための護衛を募集。シノアリス嬢、間違いありませんね?」
「はい、間違いありません」
「では、次に」
「・・・おい」
「はい?」
「ふざけているのか!マリブが信頼できるというから依頼を受けに来たのに、中身はガキの護衛だと!?」
ガキ、とは失礼な。
シノアリスは成人済だ、売られた喧嘩は買ってやろうではないか、とシノアリスの目が座る。
「カシス!」
「!マリブ・・・だが」
「これはロゼッタさんが俺達を信頼し、紹介してくれた依頼だ。これ以上場を乱すのならお前は出ていけ」
出会ったときの穏やかな顔からは信じられないほどの冷たい声でカシスと呼ばれた男を叱咤する。
張り詰めた空気が流れ、カシスは舌打ちを零しソファーに深く座り込んだ。マリブはロゼッタに謝罪を告げれば、ロゼッタは緩く首を振り書類を差し出した。
「次に報酬は金貨7枚。それと・・・・シノアリス嬢」
「はい?」
「このオマケですが、此方からオマケを指定することはできますか?」
「?できる範囲内であれば」
「そうですね、例えば“変身薬”や“特効薬”、あと“解呪の針”とか」
「あ、それなら全然大丈夫です。作れますよ」
「「「!!」」」
シノアリスの言葉に向かいに座っていたマリブ達側の空気が揺れた。だがロゼッタは気にする素振りもなく、書類に書き足していく。
完成した書類を狼の鉤爪へと渡す。
「では此方にサインを。これで契約は完了となります。ですが辞退するのであれば」
****
本日の鑑定結果報告
・紹介依頼
掲示板を介さず受付で紹介される依頼。
受付で紹介される依頼はその人物の力量によって紹介されるので、駆け出し冒険者の初討伐やギルド長の推薦など様々。
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