第2話 家はどこ?
瞼を開けると森が広がっていた。月が葉と葉の隙間からちらちらと見える。
俺はしばし固まっていた。俺は死んだはずだ。あの煙で。なのに、生きている。どういうことだ。
俺は遠くから聞こえてくる犬の遠吠えを聞いて我に返った。
いったいここはどこなのだろう。森だということはわかるが、どこの森なのかわからない。俺の思い当たる森は二つある。一つは温泉のすぐ隣にある小さな森。あそこで迷子になったが、例の臭いによりご主人の下まで戻ることができた。もう一つはご主人の実家から一キロメートル先にある大きな森。
温泉の臭いがしないから恐らく後者のほうだろう。しかし、後者のほうの森には一度も入ったことがないから、どこに向かって歩けばいいのか全く分からない。
すると再び犬の遠吠えが通期のある方角から聞こえてきた。思わずぴくりと耳が立ってしまう。犬の遠吠えがするっていうことは、犬を飼っている人がいるということだろう。
俺は月の方角へ歩き始めた。それにしても、月はいつもより綺麗だ。真っ赤に染まっている。これをレッドムーンというのだと飼い主から教えてもらった。
今夜の月は赤いだけじゃない。いつもの十倍も月が大きく見える。これはスーパームーンというらしいが、これは大きくなり過ぎではないだろうか。
森を抜けると、案の定建物が並んでいた。しかしこの建物はどれもこれもテレビでしか見たことのない古びた木製の建物だ。しばらく大きな道路を堂々と歩いていると、二メートルは余裕に超えている大きな犬が一匹見えてきた。彼の目の前にいるのは一人の少女。少女は怯えながら座っていた。彼女の片手には小さなナイフ。これで何をしようというのだろうか。
「よう、犬さん」
俺は犬に声をかけてみた。
「お前、大きいねぇ。何食ったらそんなに大きくなるんだい」
「……ニンゲン」
俺は犬と話せたことに驚いた。犬と話せたのはこれが初めてだ。俺はもっと話したくなった。
「へえ、ニンゲンを。それって何? 美味しい?」
「ああ。とても」
犬は口周りについたよだれを下で舐めて拭った。
「そんなに美味しいのなら俺にも食わせてくれ」
「いいぞ」
犬は目の前にいる少女の手に噛みつくと、腕を切り離し、俺の目の前に腕を置いた。へえ、これがニンゲンか。思ったよりもまずそうだ。それよりも鯖缶のほうがいい。
俺は首を横に振った。
「やっぱりいい。君が独り占めするといいさ」
「いやいや。せっかくだから少し食べてみろ。美味しいぞ」
犬は右前足で腕を俺に近づけてきた。俺はゆっくりと腕に顔を近づけさせ、一瞬だけ手のひらに舌を触れ。
少女をちらと見ると、彼女は痛そうに悲鳴を上げていた。そりゃそうだろうな。腕を切り離されたんだから。俺には関係ないが。犬は少女の方に向きなおると、口を開けた。
「さて、俺もいただくとしようか」
俺はじっと犬を見つめた。こんなものが美味しいだなんて頭がどうにかしている。いや、もしかしたらこの犬はニンゲンしか食べたことがないのかもしれない。だからニンゲンが美味しいと勘違いしているんだ。
「ちょっといいか、犬よ」
犬は首をこちらに向けた。
「君は鯖缶と人間の肉だったらどっちを選ぶ」
「鯖缶? そんなもの知らないが、俺はどっちにしろ人間の肉を選ぶぜ」
やはりそうか。こちは鯖缶を知らない。道理でニンゲンを美味しいと思うわけだ。
「え⁉ 鯖缶を知らない!」
俺は驚いて見せた。
「あれほどおいしいものはないというのに。いや、しかし最近は色んなペットフードができているから食べたことない奴も多いんだろう。勿体ない。鯖缶は人生に一度は食べてみたほうがいい。よし。それじゃあ、鯖缶を食べさせてやるよ。家にあるから、連れて行ってやる」
今は家の場所も知らないわけだが、犬の背に乗せてもらえれば遠くも見通せてすぐに家も見つかることだろう。
「いや、だが」
「遠慮するなよ。俺も君のご馳走を少しもらったんだ。俺からお礼をさせてくれ」
「それじゃあ、こいつを食べてから」
「ああ、待て」
俺は急いで呼び止めた。
「鯖缶は空腹な状態で食べるのが一番いい。そんな奴は放っておいてついてこい」
「しかし……」
「いいからついてこい」
「そんなに言うなら……」
俺が身を翻して歩き始めると、犬は不承不承といった表情でついてきた。
「よし。それじゃあ、まず君の背に乗せてくれ。実は背が小さいものだから家がどこなのかわからなくてね」
犬が腹を地面につけて身をかがめると、俺はひょいっと高く跳んで犬の背に乗った。
俺は辺りを見渡した。
「おお。いい眺めだ」
「どうだ。家は見つかったか」
「いや、見つからない。この大通りを進んでいってくれ。いつか見つかるから」
犬は俺を落とさないように気を付けながらゆっくり歩き始めた。おお、この揺れ具合。眠るのに丁度いい。どうせこの速度なら、家を見つけるまで時間がかかるだろうし、ちょっと眠ったとしても犬にはばれないだろう。
俺は背伸びをすると、一番眠りやすい姿勢になって目を閉じた。するとすぐに眠りに入った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます