虎の威を借るルドヴィック


「・・・で? 取り敢えず僕は何をすればいいの?」



僕は虎。虎さん役。

迫力はないけど、どうやら僕は虎役らしい。


しかし一体何をすればいいかは全く分かっていない。


それで役割を聞いた僕に、ルドヴィックはこう言った。



「表立って動いていただきたいのです。あちらがこの件を捻り潰すことは出来ないとはっきり分かるように」


「つまり、この件はノッガー侯爵家側にも知られているって相手に分からせたいんだね?」


「その通りです。好き勝手された上に、家格を盾に黙らされる訳にはいきません」


「了解」



おお。


ルドヴィックから沸々と怒りを感じるぞ。


普段は大人しいけど、怒ると怖いというタイプだな。



「じゃあルドヴィック令息。もう一匹の虎さんにはそろそろ連絡が行ってると思うから、取り敢えず僕たちも動こうか。まずどこに行けばいいの?」


「まずはアヒクールの兄、フォートナム伯爵家の現当主に会っていただけるでしょうか。この件について把握していることを知らせるだけで結構ですから」


「分かった。ちょっと待っててくれる? 威嚇も兼ねて行くわけだし、それなりの格好をしないとね」



一応ノッガー侯爵家の名前を背負って訪ねることになる。


それでなくても僕の方が年下なのに、格好で舐められる訳にはいかない。



ある意味、サシャの将来も僕のハッタリにかかってると言ってもいい。


ここはビシッと決めなくては。



ショーンに頼んで使用人を三人寄越してもらい、超特急で支度してルドヴィックのところに戻る。


やたらキラキラしくなっている僕を見て、ルドヴィックが王子さまだ、とか呟いていた。


妙なところでサシャとの共通点を見つけた訳だけど、今はツッコまないでおこう。



という訳で、共に行くのはルドヴィック以外には侯爵家付きの護衛が二人。


あとは馬車で移動しながら細かい話を詰める。



サシャの姿が見えなくなったのはお昼過ぎの休憩時間。


ここ数日間は不審な人物が再びうろつくようになっていた事もあり、ヤンセン商会では警戒を強めていたという。


ヤンセンが男爵位を得てから、アヒクールはあからさまにサシャを愛人に狙っているという言動は控えていたらしいが、逆に言えば、貴族令嬢になった以上、傷ものにしてしまえば手に入る存在になったという事でもある。



そのため、ヤンセン男爵はずっと商会周辺の警備に関してきちんと対策していたし、サシャ自身にも護身道具をいくつか持たせていたらしいけど。



侵入者の形跡はなく、おびき出されて拉致された可能性が高いとかなんとか。



いや、そんな厳戒態勢の時に、簡単に餌に釣られて外に出るなよってサシャに言ってやりたい。



「そのアヒクールの仕業なのは間違いないの?」



念のためにルドヴィックに聞いてみた。


勘違いで苦情を申し立てに訪問したとかだったら、恥ずかしくて死んじゃうからね、僕。



「間違いありません。アヒクールの邸宅周りに置いていたこちらの見張りが、担ぎ込まれるサシャ嬢を目撃しています」


「うわ、真っ黒だ」


「とにかくフォートナム伯爵をこちら側に付けなくてはいけません。そうすればアヒクールをやっつければ終わる話になりますから」


「なるほどね」



やがて、ゆるゆると馬車の速度が落とされる。


ルドヴィックが窓の外を見て、「もうすぐです」と呟いた。


その顔は緊張のせいか青白い。



「醜聞を避けるためにも夜が来る前にサシャ嬢を救出しなくてはなりません。そのためにも、フォートナム伯爵にはアヒクールを庇われては困るのです」


「ルドヴィック」



僕は彼の肩に手を置いた。



「アヒクールは軽薄で有名な男だけど、現当主を務める兄君は彼と反りが合わないと聞いてるよ。大丈夫・・・伯爵家の名誉を損なうことはしないと約束すれば、味方になってくれるさ」


「・・・はい」



ルドヴィックはゆっくりと頷いた。


馬車が止まり、扉が開けられる。



僕たちは立ち上がり、フォートナム家のエントランスへと降り立とうとして。



ルドヴィックが振り返った。



「ノッガー令息。ご協力に心から感謝します。このご恩は一生かけて、必ずお返ししましゅ、から」


「・・・ふはっ」



僕は、こんな場ではあるけれど、我慢出来ずに笑みを漏らしてしまった。



だって、最大限に緊張する場面なのに。



なのに、ここでもやっぱり、ルドヴィックはルドヴィックだったから。



まったくもう。キメ顔で噛むなよ。



僕は、こほんと咳払いをして、身繕いを確認して。



そしてルドヴィックに笑いかけた。



「よし、行こうか。ルドヴィック」


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