不純でしょうか
「・・・恋の・・・指南、ですか?」
「は、はいっ!」
がばり、と勢いよく顔を上げたルドヴィックのおデコはちょっぴり赤い。
うん、やっぱりぶつけてたね。
でも。だけど。
僕に恋の指南役なんて無理。
という訳で。
「どうぞお帰りください」
僕は、にこやかな笑みをたたえ、そう言ったんだ。
・・・なのに粘られて。
結局ルドヴィックはまだここにいる。
「・・・なるほど。貴方はサシャ嬢との結婚を望んでるんですね。でも、サシャ嬢からはなんの関心も示されていない、と」
「はい!」
肯定するんだ。
そこは気にしないんだ。
って言うか、あのサシャが好きなんだ。そうなんだ。へぇぇ。
「そ、それでですね。一年半前、サシャ嬢はノッガー令息に随分と惚れこんでいた様でしたので、その、コツと言いますか、手管と言いますか、教えていただけたらと」
手管、言うな。
僕はアデラインひとすじだぞ。
初恋がアデラインで、婚約者がアデライン。
ファーストキスもアデライン。そして、来年結婚するのもアデラインだ。
そんなアデラインづくしの僕のどこに、恋の指南役になり得る要素があると言うんだ。
そりゃまあ、確かに僕はサシャには好かれてたみたいだけどさ。
でもね、あれはサシャの暴走だからね。
そもそも僕は何もしてないんだよ。
何もしてないのに、何をしたらいいかなんてアドバイス出来る訳がないだろう。
恋のアドバイスを求めるのなら、もっと経験豊かな人に頼むべきじゃないか。
うん?
なんか、自分で言っていて地味に傷ついたような気がするな。
いや、ここは気にしたら負けだ。
「とにかく、僕からアドバイス出来ることなんてありませんよ。申し訳ありませんが」
「サシャ嬢は逸材です。諦める訳にはいきません。是非ともヘリパッグ商会に来て、その力を存分に奮っていただきたいのです」
「・・・は?」
ヘリパッグ商会、とな?
「あの」
「あ、ヘリパッグ商会をご存知ありませんか? 僕の母の実家が経営している商会なんですが」
「・・・はあ」
いや、そこじゃなくて。
ルドヴィック。
さっき君、なんて言った?
「・・・つまり、サシャ嬢と結婚したいのは、彼女の商才を見込んで、貴方の母方の商会に引き抜きたい、とそういう訳ですか」
「そうです。サシャ嬢の才能は本当に素晴らしい。あの方に来てもらえたら鬼に金棒です」
「念のために確認させてもらいますけど、サシャ嬢のことが好きで結婚したいとか、そういう理由ではないのですね?」
「? 好きですよ?」
「・・・ええと、それは恋愛の『好き』ではないよね。自分たちに利益があるから気に入ってる、つまり政略的な意味での『好き』だよね?」
「いえ、恋愛の『好き』ですけど」
ルドヴィックは、きょとんとした顔でそう言葉を返した。
「え? でも、サシャ嬢の顔が可愛くて好きとか、性格のここが好きとか、そういうのじゃないよね? あくまでも彼女の才能が商会に必要だからって事でしょう?」
「我がヘリパッグ商会に必要だという事は事実です。でも僕はサシャ嬢が好きです。彼女の才能にどっぷり惚れ・・・ほ、惚れてます」
真っ赤になって主張してるけど、どうも僕には彼の照れるポイントが分からない。
「ええと・・・才能に惚れてるって言われても、聞いてて動機が不純っていうか、恋愛の『好き』じゃない気がするんだけど」
ルドヴィックは、こてりと首を傾げた。
「どうしてでしょう? サシャ嬢の飛び抜けた商才をこの先も活かせる様な環境を整えたい、才能あふれる彼女の隣で夫として肩を並べて共に歩いて行きたい、そう思っていますが」
えええ。
そうなの? それも恋愛感情と言うの?
「では、恋の師匠であるセシリアン令息に教えていただきたいのですが、どんな答えだったら、恋愛感情だと信じてもらえたのでしょうか」
師匠。
いつのまにか、僕が恋の師匠。
待て、落ち着け。
今はそこを指摘している場合じゃない。
どんな答えなら恋愛感情だと信じられるか。
僕は咳払いをして考える。
「ええと、そうだね。相手を見て、その美しさに一目惚れしたとか?」
アデラインを見て、一瞬で恋に落ちたっけ。
「その子にいつも笑っていて欲しくて、ついつい頑張っちゃうとか。あとは、そう、性格? 優しくて可愛らしいところが良いとか?」
「・・・それはセシリアン令息が婚約者どのに持った感情ですよね?」
「ゔっ」
バレた。即行でバレた。
「なるほど。外見や性格を好ましいと答えると、恋愛感情だと認めやすい訳ですね・・・でも、どうしてかな」
「へ?」
「どうして顔や性格よりも、まず一番に商才を好ましいと答えたら、恋だと認めてもらえないのでしょう。その人の持つ魅力に惹きつけられたことには変わりないのに」
「・・・」
「サシャ嬢はとても可愛らしい外見をしてらっしゃる。性格も明るくて前向きだ。何があってもめげずに頑張る胆力もある・・・そこも魅力的ですけど、それより何より僕を強く惹きつけるのは、彼女の類まれなるビジネスセンスなんです。でも、その答えでは、恋だと信じてもらえないんですね」
「えと、その」
「いつかサシャ嬢と一緒に世界を旅したい。船に乗って、あちこちの国を巡って、珍しいものを買い付けて、お客さまに喜んでもらって、そうしてサシャ嬢と一緒にヘリパッグ商会を大きくしていきたい」
ルドヴィックは瞳を潤ませ、熱っぽく語る。
「僕は、そんなサシャ嬢との未来に焦がれているんです」
ああ。
やっぱり、僕には恋の指南なんて無理だと思う。
だって君の言う通りかもしれない、なんて。
これもきっと。
ひとつの形の、恋なのかも、なんて。
納得しそうなんだもの。
「だから」
ルドヴィックは拳を胸に当てた。
「僕には、サシャ嬢が必要なんで、しゅ」
「・・・」
いや。
だから、ルドヴィック。
僕には、君の照れるポイントが分からないんだってば。
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