それはなんという幸運



アデラインはベッドからサイドテーブルを見上げた。


そこには、セスがくれた百合の花が生けてある花瓶が置いてあった。



花束を渡してくれた時の、セスの照れくさそうな顔。


蕩けそうな、優しい眼差し。


それらを思い出しながら、そっと目を瞑った。



セスは全身で、好きだと伝えてくれる。


厭うことなく、気持ちを表してくれる。



臆病な私のために。



今でも昔の傷を引きずる私を、辛抱強く待ってくれる。



眼裏にセスの柔らかな笑顔が浮かぶ。



それから目を開けて、もう一度、あの百合の花を見た。



セスの姿が浮かぶのと同時に、自然と思い出すのは、同じタイミングで渡されていた白薔薇の花束。



そして、あの時のアンドレさまとエウセビアさまの顔。



アンドレさまは、相変わらず少し乱暴に花束を差し出した。


真っ直ぐにエウセビアさまを見る事が出来ず、全然違う方向を向いててセスに怒られていた。



でも、視線は不安そうにキョロキョロと彷徨い、頬は薄らと染まっていて。



・・・あれで自覚していないらしいから、本当に不思議だけれど。



「エウセビアさまは、驚いてらしたわね」



セスが花束を贈るのは予想してたみたいだった。


でも、アンドレさまが花束を差し出した時、エウセビアさまの目はまん丸になっていた。



花束を差し出されたけど、一瞬、意味が分からなくてぽかんとして、その後、一気に赤くなった。



それから、ふわりと微笑んで花束を受け取ると、薔薇の花の中に顔を埋めた。



そして「薔薇の良い香りがしますわ」と呟いた。



そんなエウセビアさまを見て、「そりゃあ薔薇だからな」って返したアンドレさまはやっぱり面白い人だと思う。



ぎこちなく頷いてそれだけ返すと、直ぐにそっぽを向いてしまって。



エウセビアさまも、そんなアンドレさまに苦笑してたっけ。



普段は表情を崩すことなど殆どないのに、あの時は本当に。


どの表情も本当に可愛らしくて。



思い出すだけで、アデラインの頬まで緩んでしまうくらいだ。





「・・・好きな人が、自分を好きになってくれるのって、すごい幸運なことなのね」



ベッドの天蓋を見上げながら、ぽろりとそんな言葉が溢れた。



この世界に何万、何億の人がいるのだろう。



その中で、大好きな人に出会う確率。


そしてその大好きな人が、同じように自分を好きになってくれる確率。



その確率を合わせると、両想いとは一体どれ程の奇跡になるのだろうか。



そして、もしその奇跡が成ったとして、その人と結ばれる確率は。



アデラインの頭に浮かぶのは、いつか必ずそれぞれの家を継がなければいけない二人の顔。



無自覚のままに好意を表すアンドレと、自覚しながら好意を秘めるエウセビアと。



「そんな奇跡的な確率で、互いを大事に想っているのに」



・・・それでも、結ばれる事はないなんて。



ふう、と溜息が溢れた。



途端に、自分の悩みが情けなく思えてくる。



幼少期に父親から拒絶された記憶に振り回される自分が。


太陽のようなセスの優しさに、安心して包まれているだけの自分が。



「怖い怖いって、そればかりだわ。私は」



セスは父とは違う。



確かに外見は、自分よりもセスの方が父に似てるけど、でもセスと父は別の人だ。



セスは、いつも優しい眼差しを向けてくれる人。


臆病な自分に、辛抱強く、何度も何度も、大事だと告げてくれる人だ。



なのに私は、いつか捨てられる日が来るのではないかと怖がって、先回りしては「好きな人が出来たらいつでも言って」と口にする事で大丈夫だと自分に言い聞かせていた。



もう、いいよね。


たくさん愛してくれた。


十分に、私の傷を癒やしてくれた。



だから今度は、私の番。


もう、逃げるのは止めよう。



奇跡のような幸運の積み重ね。



そのお陰で私はセスに出会えて、そして婚約者になれたのだと気づいたから。



恋をすることは、人を愛することは怖くないのだと、セスが私に教えてくれたから。

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