僕の婚約者は恋愛嫌い

僕の名前はセシリアン・ノッガー。


皆は僕をセスと呼ぶ。



僕は、十歳の時にノッガー侯爵家の養子となった。


ノッガー家の遠戚に当たる家の三男だった僕は、ある日エドガルト・ノッガー侯爵に連れられ、彼の家の養子となった。


養子となるための条件はひとつだけ。

彼の娘と結婚して、侯爵家を継ぐこと。


まぁ、仕方ないかな、と思った。


僕の居た家は爵位こそ伯爵だったけれど、領地は貧しく貧乏な暮らしをしていた。


気弱だけど優しい父、明るくたくましい母、生真面目な長兄と穏やかだけど体の弱い次兄、そして僕とまだ幼い弟がいた。

そう、男ばかりの兄弟四人。


政略結婚で嫁がせる娘もなく、婚約を条件に金銭援助を申し込むことも出来なかった。


まあ、実家の父と母は、そんなことを残念がる人たちではなかったが。


明るく貧しく、だけど笑いの絶えない家庭で育った。


だから養子縁組の話が来たとき、少しばかりショックを受けた。


だけど、父母は僕に選ばせてくれたのだ。

行きたくなければ行かなくていいと、そう言ってくれた。

喜んでここで養うから、と。


だから僕は行くことに決めた。


たとえ僕の将来がそれで全て決まってしまうとしても。

家も、結婚相手も、共に過ごす家族すら、僕の意思で選ぶことが出来なくなるとしても。


実家が助かるならそれでいいと、そう思った。それだけだったんだ、最初は。


少し冷めた気持ちでノッガー家に足を踏み入れた。

そして、顔合わせで会ったのが侯爵の一人娘、アデライン・ノッガーだった。


自分の目が信じられなかった。


腰まで伸びた漆黒の髪に銀色の瞳。

頬はさくらんぼのように淡いピンクで、唇は採れたての苺みたいに紅く色づいていた。


細身の体に、すらりと伸びた手足。


完璧な美しさだった。


・・・こんな綺麗な子に会ったのは、生まれて初めだ。


そう思った。


この子が僕のお嫁さんになるんだと思うと、心が震えた。


ある日突然、養子兼婚約者として現れた僕を毛嫌いすることも見下すこともなく、彼女はただ穏やかに微笑んで迎えてくれた。


なんて幸運なんだろう。

幸せで、嬉しくて、夢かと思って何度も頬をつねったのを覚えている。


だけど、物事はそうそう簡単には動かない。


僕の幸運は、そこで終わった。



彼女は、僕の婚約者であるアデラインは、後でこっそり僕に近づいて来てこう言ったのだ。


「ごめんなさい、父に無理やり私の婚約者にさせられたのでしょう? 心配しないで、私は誰とも結婚するつもりはないの。貴方の邪魔は絶対にしないと誓うわ。だから貴方は好きな人を見つけて、その人と幸せな結婚をしてね。勿論、この家を継ぐのも貴方でいいわ。私は一生ひとりでいるつもりだから」



そう。僕は、恋に落ちたその日に失恋したのだ。

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