第245話 ちなみに他意はありませんね

 エレオーネ率いるエンバラ王国の兵士たちは、全部で三十人にも満たない数だった。

 王国軍の兵は百五十人ほどいて、そのうちの半数以上はエレオーネの命令で逃走と合流を試みたらしいが、恐らく途中で砂賊に追いつかれてしまったのだろう。


「街を制圧している砂賊の数は、少なくとも三百人を超すはず……。強力な助っ人がいるとはいえ、現状ではさすがに戦力差が大き過ぎる」


 この人数で国を奪還するのは現実的ではないと、エレオーネは顔を顰める。


「我が国と貿易のある友好国に協力を願い出るしかない。そうして十分な戦力を集めてから……」

「エレオーネお姉ちゃん、見えてきたよ。あれがエンバラ王国だよね」

「む? そうそう、あれが我が国だ。この砂漠でも最大級のオアシスを中心に、街が広がっている。しかしこんな高いところから見渡すのは初めてで新鮮だな」


 確かに砂漠のど真ん中にかつてはなかった街が築かれていた。


 湖と緑が広がる一帯の一部が、分厚い二重の城壁で取り囲まれ、粘土で作られたと思われる住宅が立ち並んでいる。

 湖の中に立っている白亜の建物が、恐らく王宮だろう。


「奥に見えているのが王宮で、今頃は砂賊どもに占拠されて……っていつの間にいいいいいいいいいいいいいいいっ!?」


 エレオーネが絶叫する。


「なぜ街に!?」

「え、だって、砂賊から取り戻すんでしょ?」

「私の話を聞いていなかったのか!? この戦力差ではどう考えても難しいと!」

「でも悠長にしてると、どんどん被害が増えていくよ。他国に兵を出してもらってたら、どれだけかかることか」


 女性ばかりのこの国が、砂賊の野蛮な男たちに支配されているのだ。

 一刻も早く解放してあげなければ!


『立派な正義感ですね、マスター。ちなみに他意はありませんね?』


 もちろんあるのは純粋な正義感だけだ。

 決して国を救った英雄赤ちゃんとして男子禁制の区域にも自由に出入りしていいと言われて、女性たちに囲まれてちやほやされて、なんならおっぱいに挟まれたり一緒にお風呂に入ったりできたりして、なんて疚しい考えはこれっぽっちもない。


『正義感一割欲望九割にしか思えませんが』


 やる気満々なのは俺だけではない。


「ん、速攻あるのみ」

「相手は三百人程度でしょ? あたしらにかかれば余裕よ!」


 ファナたちも気合十分だ。


「……貴殿らには勝算はあるのか?」

「うん。それに今なら相手も油断してるはずだしね。とっとと攻め込んで奪還しちゃおう」


 エレオーネも覚悟を決めたらしい。


「分かった。無論すぐに蹴りをつけられるのならそれに越したことはない。皆、聞いてくれ! 我々は今から奪還作戦を決行することになった! 戦力差はあるが、恐らく奴らはまさか我々がこんなに早く攻め込んでくるとは思ってもいないはずだ! その油断を突き、一気に勝負を決めてやろう!」

「「「うおおおおおおおおおおっ!」」」


 女王の鼓舞を受け、女性兵士たちが拳を突き上げる。

 ちなみにエレオーネも自ら作戦に加わるようだ。


「陛下まで捕まっては一巻の終わりです。ぜひ再考いただきたい」

「いいや、私は指を咥えて待っているつもりなどない。民が苦しんでいる今こそ、女王としての矜持を示すときだ。さもなければ、何が女王か」


 思い留まるようにと兵士の一人に説得されたものの、それを突っ撥ねるエレオーネ。


「大丈夫だよ。お姉ちゃんには僕がついててあげるからさ」

「赤子に言われても……」


 力強く請け負う俺に、女性兵士が疑いの目を向けてくる。


「街には二重の城壁がある。二つの城壁に挟まれた一帯は誰でも立ち入りが可能な区域で、二つ目の城壁から先が男子禁制の区域だ。恐らく敵が本格的に警備しているのは、人数も考えて内側の城壁からだろう。ゆえにそこまでは一気に近づけるはずだ。問題はどうやって突破するかだが……」


 街のことに詳しいエレオーネたちが、奪還作戦を練ってくれようとしている。


「お姉ちゃんお姉ちゃん。そんなこと考える必要なんてないよ」

「なに?」

「王宮に直で乗り込むからさ」

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