第151話 そんな知能はないはずだが

「もうすぐ階層ボスのいるところだが……結局あれから一度もコボルトを見かけなかったな」


 試験官を務めるBランク冒険者の青年が、訝しげに呟く。


「しかも明らかに俺たちから逃げているようだった。確かに魔物の中には、実力差を理解して逃走するようなものもいるが……コボルトにそんな知能はないはずだが……」


 そうこうしているうちに、一行は階層ボスの〝巣〟へとやってきた。


 そこにいたのは、数体のコボルトを周囲に侍らせている、身の丈二メートルに迫る巨漢コボルトだった。

 通常種とは明らかに違う。


「あれが階層ボス……」

「……つ、強そう」


 頬を引き攣らせる受験者たちに、試験官の青年が告げる。


「あれがエルダーコボルトだ。先ほど伝えた通り、手下のコボルトも含め、お前たちだけで討伐してもらう。なに、十二人もいれば討伐自体はそれほど難しいことではない。ただ、奴の攻撃には注意しろ。当たり所が悪ければ、即死するかもしれない。多少の怪我なら治療してやれるが、死なれたら手の施しようがないからな」


 受験者たちがますます顔を強張らせる。

 と、そんな中、平然とした様子で前に出ていく者がいた。


「あの魔物を討伐できれば、試験に合格ということでいいのだな?」


 獣人美女である。

 何の武器も持たず、エルダーコボルトに向かって一人すたすたと歩いていく。


 そのあまりの自然体で美しい歩き姿に、誰もが一瞬目を奪われ、その場から動くことができなかった。

 その結果、獣人美女は単身でエルダーコボルトたちと対峙することとなり、


「「「~~~~~~~~~~~~~~ッ!?」」」


 突然、声にならない雄叫びを上げたかと思うと、配下のコボルトたちが一斉にその場から逃げ出した。


「ワ、ワウワウワオオオオンッ!!」


 逃げるな、とばかりに慌てて吠えるエルダーコボルトだったが、その命令に応じるものはいなかった。

 一体だけになってしまったエルダーコボルトは、階層ボスとしてのプライドか、獣人美女と対峙しようとする。


「ク、クウウウンッ!」


 だがそんな情けない鳴き声を上げると、すぐに尻尾を巻いて逃走する。


「「「え?」」」


 目の前で起こった謎の光景に、試験官たちも受験者たちも呆気にとられるしかない。


「階層ボスが……逃げ出した、だと……?」

「私たちを見て、って感じじゃなかったですよね……」

「……明らかにあの受験者を怖がって逃げたように見えたが」


 経験豊富な試験官たちでも、階層ボスが逃走する光景など目撃したのは初めてだ。

 こうなると、ここまでコボルトをほとんど見かけなかったのも、恐らくあの獣人美女のせいだろう。


「逃がしはしない。我が主のために合格しなければならないのだ」


 次の瞬間、獣人美女の姿が掻き消えていた。

 いや、地面を蹴って、逃げるエルダーコボルトを追いかけたのだ。


「な、なんて速さだ!?」


 試験官の青年が叫んだときには、すでに百メートル以上先を走っていたエルダーコボルトの背中に、獣人美女が飛び乗っていた。

 そのまま頭部を掴み、捻る。


 バギバギバギバギッ。


 首が一回転半ほどして、巨漢が勢いよく地面に倒れ込んだ。

 そうしてピクリとも動かなくなる。


 どうやらエルダーコボルトは絶命したらしい。


「い、一瞬で、階層ボスを……」

「な、な、な、何者なんだ、あの獣人は……っ!?」


 驚愕する一行の元へ、獣人美女がずりずりと階層ボスの死体を引き摺りながら戻ってくる。


「倒したぞ。これで合格だろう?」


 試験官たちが呆然としていると、彼女は訝しげに首を傾げて、


「どうした? 合格ではないのか?」

「ご、合格、だ……」


 困惑しつつも、辛うじて青年が合格を言い渡す。

 獣人美女は満足そうに頷いた。


「ふむ、そうか。しかし、随分と簡単な試験だったな」







 一方、たった一人の受験者に階層ボスを倒されてしまったことで、他の受験者たちは、当然の疑問を抱いたのだった。


「ていうか、俺たちの実技試験……どうなるんだ……?」

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