第100話 ただの偶然だろう
冊子に纏められた依頼書は、いずれも緊急度の低いものばかりらしい。
緊急の場合は、先日のように直接、冒険者へと話がくるからだろう。
「なになに……二十三階層に棲息するブラッドグリフォンの素材の入手……二十八階層に生えている上級薬草の採取……重さ二キロ以上の魔石の入手……」
「ん。どれも難しい」
Aランク専用の依頼ともなると、高難度・高報酬のものがその大半を占めるようだ。
そしてこの国最大級のダンジョンを有する都市だけあって、ダンジョンに関わる依頼がほとんどである。
「それから三十階層以降で見つかるミスリル鉱石の採集……」
「ミスリルが手に入る?」
「そうみたいね。さすがはこの国最大級のダンジョンだわ」
ミスリルというのは、高い魔力伝導率と硬度を誇る希少金属だ。
前世の頃も、武器などにも重宝されていた。
「ミスリルの剣、欲しい」
「Aランク冒険者ともなると、大半がミスリル武器を使ってるみたいだものね。ま、素手で戦うあたしには必要ないけれど」
「ファナお姉ちゃん、武器屋に行けば買えるんじゃないの?」
「買えない。何件か覗いても、全然見つからなかった」
どうやら今の世の中、ミスリルが慢性的に不足しているらしい。
ミスリル製と銘打っていても、実際にはごく少量しか使用されていなかったりして、ファナが欲しいレベルの剣は見当たらなかったという。
「しかも二本必要。まったく同じものがいい」
「あんたの要求が高すぎるというのもありそうね……」
俺は提案した。
「じゃあ、そのミスリル採集の依頼を受けようよ。余った分を持ち込んで、腕のいい鍛冶師に剣を打ってもらったらいいと思う」
「ん。それは嬉しい」
「あたしも異論はないわ。ただ、せっかく三十階層まで潜るんだし、途中で他の依頼もできるようならやっていきましょ」
どれも常設の依頼だ。
このタイプのものは、複数を同時に受けても問題なく、また失敗のペナルティなどは存在しない。
ただしあまり放置し続けると、他の冒険者によって必要量を確保されたりして、依頼が終了となったりする場合があった。
常設依頼の多くは、同時に複数の冒険者が受けることが可能なのだ。
個室内にそのまま窓口があって、近づくとすぐに奥から受付嬢がやってきた。
「以上、五つの依頼でよろしいですね? それではお気をつけて、行ってらっしゃいませ」
そうして俺たちは再び『ベガルティア大迷宮』に潜るのだった。
◇ ◇ ◇
「この規模の街から、Bランク冒険者が続々と誕生していると聞いてはいたが……どうやら噂は本当だったようだな」
ボランテの街を訪れたその冒険者の少女は、その街を拠点としている冒険者たちのレベルの高さに驚いていた。
「しかし一体、なぜこの街から……? 近くにはそれほど難易度の高いダンジョンもないというのに……」
「ああ、それならレウスの赤ん坊のお陰だ」
「レウス? 赤ん坊……?」
冒険者たちから彼女が聞いたのは、俄かには信じられない話だった。
「せいぜい生後二か月かそこらの、マジの赤ん坊だ。それが普通に喋ったり歩いたりするだけでも驚きだが、いきなりBランク冒険者になった挙句、ワイバーンやキングオークを倒し、極めつけは魔族まで討伐しやがったんだ。いや、本当のことだ。ギルドの受付嬢にでも聞いてみるといい」
その冒険者の男が嘘を吐いているとは、少女には思えなかった。
少女は名をクリスといった。
魔法の名門として知られるブレイゼル家出身の十七歳で、つい先日、その実家を出たばかりだった。
本家の生まれではない上に、女である以上、将来はどこかの貴族の家に嫁ぐ未来しかない。
だがそれを良しとしなかった彼女は、冒険者になることを決意したのである。
女性にしては背が高く、すらりと長い手足の持ち主だ。
魔法はもちろんのこと、剣術も得意としている彼女は、腰に業物の剣を提げ、鎧に身を包んでいることもあって、美少年に間違われることもあった。
「残念ながらすでに街を出てしまったというが……そんな赤子がいたというのなら、ぜひ一目見てみたかったものだな」
と、そのときあることを思い出す。
「そういえば……生誕直後にお病気で亡くなられたという、ご当主様の第一子……実は魔法適性値があまりに低く、本当はどこかに遺棄されてしまったのだと噂されていたが……その子の名前も、確かレウス……」
そこまで考えてから、彼女は首を振った。
「いや、ただの偶然だろう」
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