第98話 それは冗談で言っているのか

 バハムートが呪いの魔剣を飲み込んだ。


『ぬふううううっ! この魔剣、なかなか美味しいぃぃぃぃっ!』


 バリバリバリ、と金属を噛み潰す音が響き、やがてゴクンとそれを嚥下する音。


「……は?」


 目の前で起こった出来事が信じられないようで、しばし間抜けな顔でポカンと口を開け続けるゼブラ。

 ようやくそれが現実だと理解したのか、やがて絶叫した。


「ま、ま、ま、魔剣を……喰っただとおおおおっ!?」


 ゼブラはガクガクと足を震わせる。


「ば、馬鹿なっ!? 何なんだ、その杖は……っ!? そのドラゴンの頭は、単なる意匠じゃねぇのかっ!?」

「うん、ただの意匠じゃないよ。見ての通り自我を持ってるんだ」

「自我を持つ杖だと!? 神話レベルの武具じゃねぇか!? い、いや、しかし、さすがにあの呪いの魔剣を喰らって、ただで済むはずがねぇ……っ!」

「そんなことないけど」


 毒を以て毒を制す、じゃないけれど、闇竜杖バハムートは呪いそのものと言っても過言じゃない杖だからな。

 あの程度の魔剣では、簡単に取り込まれて糧になるだけだ。


『マスターっ! あの男も美味しそう! 人間の負の感情を集めて煮詰めたような、とぉっても醜くて汚らしい魔力っ! わたしの大好物だわぁっ!』


 どうやら魔剣だけでは食い足りないようで、ゼブラを前に舌なめずりするバハムート。

 その念話は聞こえていなくとも、ガチガチと歯を鳴らす様子に只ならぬ気配を感じて身体を震わすゼブラに、俺は教えてやった。


「おじちゃんも食べたいんだって」

「ひぃぃぃっ!」


 情けない悲鳴と共にその場に尻餅をつくゼブラ。

 腰が抜けてしまったのか、そのままの体勢で後退ることしかできない彼に、俺はバハムートを掲げながら近づいていく。


「く、来るなっ……やめてくれっ……お、オレが悪かったっ……だから、だから……」

「いいよ、バハムート。こいつ喰っちゃって」

「ひ、ひいいいいいいいいいいいいっ!? ――――ガクッ」


 ついには恐怖のあまり白目を剥いて気を失ってしまう。

 地面に悪臭を放つ水溜りが広がっていった。


「……ま、冗談だけどね」


 最悪は生死問わずだけど、できればちゃんと捕まえて、冒険者ギルドに裁いてもらった方がいいだろう。

 何より「俺の杖が食いました。なので死体もありません」なんて結末は後々面倒だ。


『食べちゃ、ダメなの……? じゃあ、あっちのエルフの方でも……』


 悲しげに言うバハムートは、ひとまず亜空間の中へと突っ込んでおく。


「ふう、こっちもようやく片付いたわ」

「ん。苦戦した」


 どうやらゼブラの相手をしている間に、アンジェたちが敵を全滅させたようだ。


 幾ら魔薬によって痛覚をオフにできると言っても、不死身ではない。

 ダメージを受け過ぎて、身体そのものが動かなくなってはもはや戦えないだろう。


「こんなっ……こんなはずない……っ! クソおぉぉぉ……っ!」


 味方が全員やられ、慌てて逃げ出したのはモルデアだ。

 だがそんな彼の前に、ギルド長が立ち塞がった。


「モルデア、逃がしはせんぞ」

「アーク……っ!」


 どうやら麻痺状態から回復したらしい。


「さ、サンダーパラライズ!」


 再び麻痺性の雷撃を放つモルデア。

 だがギルド長はそれを読んでいたのか、あっさりとそれを回避してしまった。


「ふん、不意打ちでなければそんなもの二度と喰らうか」

「な、ならば、これならどうですっ! ライトニング――」

「遅い」

「~~~~っ!?」


 一瞬で距離を詰めたギルド長の蹴りをまともに腹に喰らい、モルデアは大きく吹き飛んだ。

 何度か地面を転がり、ようやく止まったときには気絶していた。


「……ふう。一時はどうなることかと思ったが、どうにか終わったようだな。それもこれも、お前さんのお陰だ」

「僕? あはは、僕は別に大したことしてないけどねー」

「それは冗談で言っているのか? まぁ色々と聞きたいことはあるが、それはギルドに戻ってからだ。ひとまず帰るとしよう」


 うーむ、もしかしてまた少しやり過ぎてしまったか。

 反省しつつ、ファナに抱っこしてもらいながらみんなと共に地上へと戻るのだった。

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