第84話 つい捕まえちゃった

「「――って、何でここにエスケイプリザードが!?」」


 試験官たちが揃って驚きの声を上げる。


「あ、ごめん。見つけたから、つい捕まえちゃった」

「つい捕まえた!?」

「い、いつの間に!?」

「ええと、今」

「そんなに簡単に捕まえられるような魔物ではないんだぞ!?」


 やけに驚愕しているが、そんなに難しくもなかったけどな。

 単に視覚的に周囲と溶け込んでいるだけで、体温や魔力などを隠蔽しているわけでもないので、通常レベルの索敵魔法が使えれば居場所はすぐに分かってしまう。


 それに逃げ足が速いと聞いていたが、大したことはなかった。

 うちの狼たちの方がよっぽど素早いだろう。


「信じられん……」

「ねぇ、むしろこの子が昇格試験を受けるべきだったんじゃない?」


 だが俺はこの都市では、目立ち過ぎるのを避けるつもりでいるのだ。

 せいぜいBランク冒険者ぐらいの喋る赤子、というスタンスを貫きたい。


「たまたまだよ、たまたま。多分ちょっと弱ってたんじゃないかなー?」

「そ、そうか……たまたまか……」

「ほんとかしら……?」


 とそこへ、早速一人目が戻ってきたようだ。


「ん。捕まえた」


 ファナである。

 エスケイプリザードの尻尾を掴んで、ずりずりと引き摺ってこちらへと歩いてきた。


「なっ!? もう捕まえただと!?」

「余裕」


 元から敏捷性に長け、さらに風魔法で加速もできるファナであれば、見つけさえすれば後は確かに余裕だろう。


「でもどうやって見つけたの? ファナお姉ちゃん、索敵魔法は使えないよね?」

「何となく?」


 どうやら感覚で居場所が分かったらしい。


 まぁ感覚と言っても、恐らく周辺の魔力を無意識に感じ取った結果だろう。

 身体強化の魔法によって、自分の魔力を知覚することに慣れてくれば、その延長で周囲の魔力を認識するのも難しくないからな。


「まだ五分も経ってないというのに……」

「一分で捕まえた赤子がいるせいで、凄さが霞んじゃってるけどねぇ……」


 ファナが俺の捕まえたエスケイプリザードを見て言う。


「師匠も捕まえた?」

「うん。運良くね」

「さすが師匠。負けた」


 ……さて、アンジェの方はどうしているだろうか。

 パワー系なので、ファナよりほどの敏捷力もなく、風魔法も使えない。


 それでも頭を使いさえすれば、そこまで苦戦はしないと思うのだが、果たして。


「――遠見魔法」


 彼女の様子を見るため、俺は離れた場所の光景を見ることを可能にする魔法を使用した。

 今の俺の魔力では半径一キロくらいの範囲しかカバーできないが、恐らくそこまで離れていることはないだろう。


 あらかじめアンジェにはこっそり目印マーキングを付けてあるため、わざわざどこにいるかを探す必要はない。


 え? いつでも覗きができるじゃないかって?

 ははは、俺がそんな不道徳な真似するわけがないだろう?


 お、見えてきたぞ。

 真剣な眼差しである一点をじっと見つめている様子から、どうやら今まさにエスケイプリザードを捕まえようとしているところらしい。


 映像だけで音声は聞こえてこないのだが、口の動きで大よそ何を言ってるか理解できた。


「あの草むらに逃げ込んだはずだけど……見た目じゃまったく分からないわね。でも……魔力を感じるから間違いないわ」


 すでに一度、逃げられてしまったようだ。

 だが逃げ込んだ先は確信しているみたいなので、後はどうやって捕獲するかだな。


「今度こそ捕まえてやるわ」


 アンジェは恐る恐るその草むらへと近づいていく。

 しかし次の瞬間、エスケイプリザードが逃走を図ったのだろう、草が大きく揺れた。


「逃がさないわ!」


 すぐさまその後を追いかけようとするアンジェ。

 一方、草むらから飛び出したエスケイプリザードは、一瞬分かりやすい緑色でその姿を晒したものの、すぐに身体の色を周囲の地面と同化させて見えにくくなっていく。


 が、そのときだ。

 エスケイプリザードの動きが急に鈍くなった。


「~~~~っ!? ~~~~っ!?」


 何やらバタバタと藻掻いているが、なかなか前に進むことができない。

 それどころか、身体が地面に少しずつ沈んでいっている。


「地面を泥化させておいたのよ。これで逃げられないわよね?」

「~~~~っ!?」


 アンジェも無事に一次試験を通過できそうだな。

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