第77話 こいつは高く売れるぜ

 ガタゴト、と馬車が街道を進んでいく。

 背後を振り返ると、しばらく世話になったボランテの街が随分と遠くなっていた。


「師匠、いいの?」

「何が?」

「わたしとアンジェはAランクの試験がある。でも、師匠はそうじゃない」

「あはは、気にしないでよ。僕もそろそろ別の街に行ってみたいなって思ってたところだし」


 ギルド長からの推薦を貰ったファナとアンジェの二人は、Aランク冒険者になるための試験を受けるべく、ベガルティアという都市へと向かっていた。

 ベガルティアはボランテの何倍も大きな都市らしく、この辺りではそこでなければAランク昇格の試験を受けることができないのである。


 で、俺はそれに同行しているというわけだ。


 幸い二人と一緒にいれば、俺が目立たないで済むからな。

 ……いつでも抱っこしてもらえるし。


 次の街ではもう少し赤子らしくしていようと思う。


「というか、パーティを組んだんじゃなかったっけ?」

「ん、そういえば」

「パーティメンバーが昇格試験を受けるんだから、同行するのは当然じゃないかな?」

「……」


 よほど嬉しかったのか、相変わらずの無表情ながら、僅かに口角が上がるファナ。


「でも、アンジェは違う」

「ちょっ、あたしだけ仲間外れ!?」


 アンジェが声を荒らげた。


「? パーティに入ると言ってない」

「た、確かに言ってないけど! 言ってないけど、ここまで一緒に修行してきたじゃないの!? さすが薄情じゃないかしら!?」

「パーティに入りたい?」

「そ、それはその……面と向かって言うのは、なんか、恥ずかしいっていうか……」


 もごもごと口ごもるアンジェ。


「アンジェお姉ちゃんアンジェお姉ちゃん」


 俺は彼女の大きな胸に抱き着くと、目をウルウルさせながら上目遣いに言った。


「僕はお姉ちゃんも一緒がいいな~」

「ねぇ、急に赤子っぽくなるのやめてもらえるかしら?」

「ぽいじゃない。師匠は赤子。前世の記憶があって、少しませてるだけ」

「少しってレベルかしら……? 実は完全に記憶を引き継いでるとかないわよね?」

「んー、ぼく分からないや!」

「……誤魔化し方がワザとらしい。あと、しれっと胸の谷間に挟まってこないでよ!」

「ばぶー?」


 と、そのとき急に乗っていた馬車が停止した。

 しかも周囲を見回してみると、なぜか街道から少し逸れた場所である。


「ん? もう都市に着いた?」

「そんなわけないじゃない。数日はかかるわよ。ちょっと、どこに止まってんのよ?」


 アンジェが問い詰めたのはこの馬車の御者だ。

 貸し切って、ベガルティアまでということで契約してある。


「すいませんねぇ、お嬢さん方。ちょっと道を間違ってしまったようでして」


 ニヤニヤと嗤いながらこちらを振り向く御者。


「どういうことよ? 大きな街道を通ってくんだから、間違いようがないでしょうが」

「ははは、最近どうも物忘れが激しくてねぇ」

「物忘れって……だったら御者なんてやめてしまいなさいよ!」


 そのとき俺はすでに、この馬車に近づいてくる集団の存在を感知していた。


「お姉ちゃんたち、盗賊っぽい集団が来るよ」

「「っ!」」


 やがて現れたのは、武装した二十人ほどの集団だった。

 ロクに風呂にも入ってないのだろう薄汚れた格好で、手にしている武器もバラバラだ。


「ひええ、あれは盗賊ですよ、お嬢さん方。いやはや困った困った。どうしましょうかねぇ」

「白々しい! あんたの仕業でしょ!」


 盗賊が馬車を取り囲んでくる。

 頭目と思われる男がファナとアンジェを見て言った。


「ほう、聞いていた通りの上玉じゃねぇか。こいつは高く売れるぜ。でかした」

「そうでしょうそうでしょう。へへっ、相応の報酬よろしく頼みますぜ」


 やはり盗賊と御者はグルのようだ。

 こちらが護衛もいない見目の良い少女二人と赤子と見て、与しやすいと考えたのだろう。


 ……もちろんそれは大きな誤算だったわけだが。


「おい、お前ら降りてこぶげゃっ!?」


 近づいてきた盗賊の一人が、アンジェの蹴りを浴びて吹っ飛んでいった。


「「「……え?」」」

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