第73話 しばらく姿を見せられないぞ

「はぁっ!」

「ぶごおおおっ!?」


 アンジェの一撃を後頭部に喰らって、ギルド長が吹き飛ばされる。

 数メートルほど訓練場の床を転がり、壁に激突した。


 しばらく待ってみても、起き上がってくる気配はない。

 気を失ってしまったようだ。


「……ぎ、ギルド長?」


 恐る恐る近づいて声をかけたのはイリアだ。


「か、完全に気絶してます……」


 そう彼女が状況を伝えると、アンジェが確認した。


「ということは、あたしの勝ちってことでいいのよね?」

「は、はい。そうなるかと……」

「推薦も確定ね?」

「お、恐らく……」


 歓声は上がらなかった。

 むしろ訓練場内に集まった冒険者や職員たちは、最初の盛り上がりが嘘のように静まり返っている。


「ギルド長が最初から最後まで手も足も出ないとか……」

「て、手を抜いたってわけじゃないよな……?」

「んなわけねぇだろ……あ、アンジェが強すぎたんだよ……」


 どうやらアンジェの強さにビビってしまったようだ。


「それにしても大口の割に大したことなかったわね。土魔法を使うまでもなかったし」

「ん。……わたしの番は?」

「必要ないでしょ。あんたでも楽勝よ」

「一応、確認する」


 意識を失ったままのギルド長のところへ向かうファナ。

 そして頬を叩いて目を覚まさせようとする。


「起きて」


 容赦ないな……。

 仕方がないので、俺が治癒魔法をかけてやった。


「う、うう~ん……」

「起きた」

「わ、儂は一体……?」


 直前の記憶が飛んでいるのか、不思議そうに周囲を見回すギルド長。

 そこへアンジェも近づいていく。


「あたしの勝ちね。これで推薦貰えるでしょ?」

「ひぃっ!」


 思い出したのか、ギルド長は情けない悲鳴を上げて、


「わわわ、儂の負けです……っ! 偉そうな口きいてすいませんでしたぁぁぁっ!」


 めちゃくちゃ怯えてるんだが。


「わたしも戦う?」

「えええっ、遠慮しておきますっ!」


 ファナが訊くと、ブンブンと物凄い勢いで左右に首を振る。


「推薦は?」

「もちろん出します! だからもう許してくださいお願いしますっ!」


 ……後頭部を強打された衝撃で、少し性格が変わってしまったのかもしれない。


「あのギルド長が……娘よりも若い少女に、涙ながらに懇願してる……」

「元Aランク冒険者なのに……」

「いい気味だぜ」

「けどよ、怯えちまうのも理解できるな。アンジェ嬢、どう考えても強過ぎだろ」

「もしかしてファナ嬢の方も同じくらいの強さなのか?」

「だとしたらとんでもねぇな……。てか、一体いつの間に強くなったんだ?」


 そうした騒めきが起こる中、イリアがファナに問う。


「もしかして……レウスくんが?」

「ん。すべて師匠のお陰。師匠にかかれば、誰でもすぐに強くなれる」


 ちょっ、待て!

 そんなことを今ここで言ったら……。


「それは本当か!? お、俺も強くしてくれ!」

「俺も俺も!」

「いや私が先だ!」

「僕も頼む! 最近ずっと伸び悩んでいて、限界を感じているところだったんだ!」


 ほら見ろ!

 話を聞いていた冒険者たちが殺到してきたじゃないか!


「儂も強くなりたあああああああああああいっ!」


 ギルド長のおっさんまで!?

 お前はもう現役を引退しているのだろう!


「ん。師匠の力なら間違いなむぐぐぐ?」


 俺は無理やりファナの口を塞いでやった。

 ……もはや手遅れかもしれないが。


「どうか!」

「お願いだ!」

「頼む!」

「レウス様!」

「この通り!」


 必死に懇願してくる冒険者たちへ、俺は言った。


「嫌だけど?」

「「「なぜだ!?」」」


 だってむさい男ばかりだし。


 魔力回路の治療はそれなりに面倒なのだ。

 若い女冒険者ならともかく、このむさ苦しい男たちにいちいち治療を施していくなんて、絶対にご免だった。


 しかもここにいる奴らに行ったら、いない連中も噂を聞きつけて俺も俺もと要求してくるようになるだろう。


 というわけで、とんずらさせてもらうとしよう。


「っ!? き、消えた!?」

「どこに行ったんだ!?」

「探せ! まだ近くにいるはずだ!」


 自らに隠蔽魔法をかけて姿を消した俺を、血走った目で必死に探し回る冒険者たち。


 これはしばらく姿を見せられないぞ。

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