第71話 小娘には負けん

 解体場を後にした俺たちは、ギルドの地下に設けられた訓練場へと移動した。

 ギルド長のドルジェも一緒だ。


 というのも、ギルド長が直々に、ファナとアンジェの実力を確かめたいと言ってきたからである。

 そんなに二人がアトラスを倒したことを信じられなかったのだろうか。


「よし、今から一人ずつ儂が相手をしてやる」

「? ギルド長が?」

「どういうことよ?」


 首を傾げるファナたちに、ギルド長は言った。


「Aランク試験を受ける資格は、ギルド長の推薦だ。もしお前たちが儂を相手に十分な力を示すことができれば、その推薦をやろう」

「ほんと?」

「っ! やったわ!」

「おいおい、あくまで相応の実力があると、儂が判断したらの話だ。つまりこれは予備試験のようなものだな」


 喜ぶ二人に、ギルド長はしっかり釘を刺す。


「言っておくが、判定基準は厳しいぞ? 不十分な実力の人間を推薦したりなんかしたら、儂まで怒られてしまうからな」

「倒せばいい?」

「それなら文句ないでしょ」

「……この儂を倒せるとでも?」


 ギルド長がピクピクと頬を痙攣させる。

 とそこへ、噂を聞き付けたのか、冒険者や職員たちが続々と訓練場へと集まってきた。


「ギルド長が戦うってマジか」

「Aランクの予備試験か。久しぶりだな。前回はバルティアが一年前に受けたのだったか。それ以来だな。バルティアはBランクの実力者だったが、ギルド長にボコボコにされて、結局、推薦は貰えなかったけどな」

「推薦を貰えたのって、俺の知る限り三年くらい前に一人だけだぞ」

「もし試験で不合格になったら、本部からの評価が落ちるからって、滅多に推薦を出さないからな、あのギルド長」

「保身かよ。元Aランクのくせに器の小さい男だな」

「しっ、聞こえるぜ」


 ……ギルド長は嫌われているのかもしれない。


「どちらからやる?」

「あたしから行くわ」

「ん。勝てそう?」

「どうかしら? 元Aランク冒険者っていっても、現役じゃないんだし」


 ファナとアンジェがヒソヒソと順番を決めている。


「聞こえてるんだが……。アトラスを倒したからと言って、調子に乗っていては痛い目に見るぞ? 儂はまだまだお前たちのような小娘には負けん!」


 そう言ってギルド長が上着を脱ぎ捨てると、筋骨隆々の上半身が露わになった。

 さらにその手には、槍の先端に斧状の刃が付いた重量級の武器ハルバード。


 対するアンジェは例のごとく徒手空拳だ。


「さあ、いつでもかかってくるがいい!」


 気合十分なギルド長に対して、アンジェも拳を構える。

 ゴクリ、と訓練場に集まった冒険者や職員たちが、高まる緊張感に唾を飲む中、先に動いたのはアンジェだ。


 地面を蹴って、一足飛びにギルド長へと躍りかかる。


「……は、速っ!?」


 ギルド長が息を呑んだそのときにはもう、アンジェはすぐ目の前にいた。

 彼女が繰り出した拳を、ハルバードの柄で辛うじて受け止めるギルド長だったが、


「~~~~っ!?」


 自分より二回りも小柄なアンジェの一撃に耐え切れず、両足が宙に浮いて吹き飛ばされてしまう。


「ちょっ……マジか……っ!?」

「はあああああああっ!」


 驚く暇もなく、追撃の回し蹴りを放つアンジェ。

 さらにそこから続いた彼女の間断ない連続攻撃に、ギルド長はもはや守りに徹するしかない。


「おいおい、ギルド長を押してるぞ!?」

「さすがに歳で衰えたんじゃ……」

「いやどう見たって、アンジェ嬢が強すぎるからだろ!? あんなに強かったのか!?」


 観戦者たちが驚愕する中、アンジェの動きがさらに加速した。

 身体強化を、敏捷へと集中させたのだろう。


 さらに天翔を使って空中を蹴り、相手の予想を外す動きを見せた。


「っ!?」


 ギルド長はその動きに付いていくことができず、アンジェの姿を見失う。

 そのときにはすでに、彼女は背後へと回っていて、


「はぁっ!」

「ぶごおおおっ!?」


 後頭部に強烈な蹴りが叩き込まれたのだった。

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