第57話 ゆっくり休んでくれ
『……マスター、これほどの不快を感じたのは久しぶりです』
魔族が勝ち誇る一方で、俺の愛杖リントヴルムが静かに激怒していた。
『確かにアレからは、我が同胞の力を感じます。それも、長き年月を生きた古き竜に違いありません。それがまさか、死後にこのような辱めを受けるとは、同胞も思ってもみなかったでしょう』
口調は柔らかいが、付き合いの長い俺には分かる。
完全にブチ切れしている、と。
『どうしたい?』
『しばらく休眠モードに入ることになりますが、よろしいですか?』
『ああ、構わん。好きなようにしてくれ』
『感謝します、マスター』
リントヴルムの逆鱗に触れてしまったことも知らずに、魔族はニヤニヤと嗤いながら、
「さあて、どいつから殺すかなァ? 無論、貴様は最後だ、赤子。貴様は最も苦しませてから殺さねば、私の気が済まないからなァ」
「ふーん。まぁ、残念だけど、死ぬのはそっちの方だよ」
「ああ? ククク、貴様、この私の力が理解できないのか?」
「その言葉、そっくりそのまま返すね。この杖の力、理解できてないの?」
「何だと? ……っ!? な、何だ、この凄まじい魔力は……」
リントヴルムが解放した魔力が、まるで竜巻のように周囲に吹き荒れていた。
それを感じ取って、冒険者たちが「ひぃっ」と悲鳴を上げる。
リントヴルムは純白の美しい杖だ。
それが今、太陽が降ってきたのではないかと錯覚するほどの、煌々とした光を放ちながら形状を変化させていく。
形状だけではない。
リントヴルムの体積が何十倍にまで一気に膨れ上がって、やがて狼かーちゃんを凌駕するほどの巨体が出現していた。
「グルアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」
凄まじい咆哮を轟かせたのは、白磁のような鱗に覆われた、幻想的なまでの美しさを誇る一体のドラゴンだった。
いや、ただのドラゴンではない。
何万年もの長き時を生きた、古竜の中の古竜だ。
聖竜杖リントヴルムはかつて、神話の時代から存在した伝説の古竜――光輝竜リントヴルムだったのである。
「あ、あ、あ、あ……」
体内に取り込んだ古竜の因子が、本能的に恐怖を感じているのだろうか。
魔族は顔を思い切り引き攣らせ、ふらふらと後退りながら、わなわなと唇を震わせる。
「そ、そんな……馬鹿な……こんな、ところに……古竜が……あり得な……い……」
「グルルルッ(お前は我が同胞を穢した。死してその罪を償え)」
「う、うあああああああああっ!?」
リントヴルムの殺意が伝わったのか、魔族はもはや恥も外聞もなく情けない悲鳴を上げながら、踵を返して一目散に逃げ出そうとする。
だがリントヴルムは逃げる暇など与えなかった。
一瞬で首を伸ばしたかと思うと、魔族の身体に頭から噛みついた。
ブシュアアアアアアアアアアッ!!
上半身と下半身があっさりと泣き別れる。
リントヴルムの牙の間に挟まった上半身から、凄まじい絶叫が聞こえてきた。
『マズい』
ぶっ、とその上半身を口から吐き出すリントヴルム。
魔族の半身が宙を舞う。
「ひぎゃあああああっ!」
身体が真っ二つになっても、どうやらまだ生きているようだ。
さすがの生命力である。
しかし次の瞬間、リントヴルムが大きく口を開いた。
喉奥から煌々とした光が瞬く。
「い、嫌だぁぁぁっ! 私はまだっ……死にたくないぃぃぃぃっ!」
魔族の懇願も虚しく、リントヴルムが強烈な光のブレスを発射した。
「死にた――――」
光に呑み込まれ、魔族の叫び声とともにその姿が掻き消える。
ブレスはそのままダンジョンの天井へと直撃し、地上まで貫く巨大な穴を開けてしまった。
恐らく魔族の身体は塵ひとつ残らず消失しただろう。
下半身だけが、虚しく地面に横たわっていた。
それもリントヴルムが軽いブレスを吐いて、完全に消し飛ばしてしまった。
うーん、ダンジョン内に魔族がいたという報告のために、できれば身体の一部を持ち帰りたかったのだが……仕方がない。
仕事を終えて、リントヴルムがこちらを振り返った。
『ではマスター。しばらく眠らせていただきます』
『お疲れ。ゆっくり休んでくれ』
巨体が縮んでいき、元の杖へと戻る。
落ちてきたそれを俺は片手でキャッチした。
休眠モードに入ったせいで、いつものように宙に浮かんでいることもできないのだ。
亜空間の中に仕舞っておこう。
「さて。これで魔族は片付いたね。って……みんな、大丈夫?」
冒険者たちはそろって目から生気が消えていた。
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