第41話 あれも僕の仕業だよ

 食堂の方では、バダクやチルダたちのパーティが、激しい戦闘を繰り広げていた。


 赤子連れ去り事件の犯人は、孤児院の老院長だった。

 しかしそれは偽りの姿で、その正体は指名手配中の大量殺人鬼らしい。


 ブレットと名乗っていたが、恐らくそれも偽名だろう。

 そんな彼に洗脳され、孤児院の子供たちは殺人術を教え込まれていたらしい。


 特にあの魔力でコーティングした糸を操る技だ。

 ほんの五歳くらいの子供までもが普通に使っているが、本来なら大人でもなかなか難しい高度な技術が必要だろう。


「くっ……」


 数のアドバンテージはあるものの、Bランク冒険者たちが苦戦している。

 そんな中、先んじて施設内に忍び込んでいた俺は、地面を這うようにして老院長の足元へ。


「あうあー」

「む? こらこら、勝手に部屋から出てきてはいけませんよ。まだあなたたち赤子組は、お昼寝している時間ですからね」


 先ほど調べたのだが、この孤児院には五歳以下の小さい子供たちも結構いた。

 彼らはまだロクに戦えないため、別の部屋で寝かしつけられていたのだが、目を覚ましてやって来てしまったと思ったようだ。


「……あれ? こんな子、うちにいましたか……? というか、この幼さでハイハイなんて……」

「ハイハイどころか、立てるけど?」


 俺はその場で立ち上がった。


「~~~~っ!? あ、あ、あ、赤子が喋ったああああっ!?」


 驚愕する老院長を余所に、俺はバダクたちに言う。


「お兄ちゃんたち苦戦してるみたいだね。このおじーちゃんは僕に任せておいてよ」

「た、頼む! 我々は見ての通り、この子供たち相手で手いっぱいだ! そいつは最悪、殺してしまっても構わない!」

「最悪ってことは、できれば生け捕りした方がいいってことだよね? じゃあそうするねー」


 指名手配されている大量殺人鬼らしいし、今回のこと以外にも余罪が沢山あるはずだ。

 どうせ死刑になるだろうが、念のため生かして捕えておいて、過去の犯罪をしっかり自白させた方がいいだろう。


「こんな赤子が、わたくしを捕えるだと……?」

「そうだよ」

「なっ!?」


 俺は地面を蹴って飛び上がると、宙返りを決めながら老院長の顔面へと蹴りを見舞ってやった。


「~~~~っ!?」


 吹き飛ばされ、壁に叩きつけられる老院長。


「何ですか、今の動きはっ……? ほ、本当に赤子ですか……っ!?」


 驚きながらも、まるで効いている様子はない。

 顔も綺麗なままだ。


「へぇ、寸前でその糸を束ねて盾のようにしたんだね。さらに壁にぶつかる際には、糸をクッションみたいにして衝撃を吸収させた。なかなか器用だねー」

「っ……赤子ごときが、見ただけでわたくしの『魔操糸』を……っ!?」


 顔を歪める老院長が糸を伸ばしてきた。

 硬い針のようになったそれが、俺の身体を貫こうと迫る。


「よっと」

「躱した!? だが、これは躱せますかねぇっ!」


 槍による連撃のように、次々と糸の刺突が繰り出される。

 しかし魔法で身体能力が強化された俺は、反復横跳びをしながら軽々と避けていった。


「こんな小さな身体が、なぜこれほどまでの動きを……っ!? 一体何者ですかっ!?」

「ただの赤子だよ」

「そんな赤子がいるわけないでしょうが……っ!」


 そのときだ。

 俺の両足に、複数の糸がぐるぐると巻き付いてきたのは。


「ふははははっ! どうやら床下から迫る糸には気づけなかったようですねぇ!」


 どうやら密かに床下から糸を通していたらしい。


「これでちょこまかと動くこともできなく――」

「動けるけど?」

「――っ!?」


 俺は先日と同じように、自分の魔力をぶつけることで、糸を覆う相手の魔力を無効化させていた。

 ただの糸となったそれは、いとも簡単に俺の足から離れてくれる。


「一体どういうことですか!? わたくしの糸が、なぜ急にっ……」

「あれ、分からないの? 僕の魔力で、おじーさんの魔力を相殺させたんだけど」

「そ、そんな真似ができるわけ……はっ!? 今の現象っ……そうか、お前は先日、連れ去りに失敗したときの赤子……っ!? まさか、あのときも……」

「うん。あれも僕の仕業だよ」


 老院長は愕然としたように後退った。


「ば、馬鹿なっ……そんなはずはありませんっ……わたくしの『魔操糸』は、今まで一度たりとも破られたことがない、完全無欠の技のはず……っ!」

「それは単に運よく破れる人に出会ったことがなかっただけじゃない?」

「っ……だ、黙りなさいっ!」


 恐らくそれが彼の全力なのだろう、老院長の全身から糸という糸が伸びて、一斉にこちらに向かって押し寄せてきた。

 だがそれらは俺の身体に当たった瞬間、次々とフニャフニャになって力を失っていく。


「ちなみに……逆に操り返すこともできるよ? ほら、こんなふうに」

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