第36話 どこかにちょうどいい赤子がいたら

「どうか、どうかお願いします……っ! 我が子を……我が子を見つけてください……っ! 他に頼るところがないんです……っ! 騎士団にも頼みに行ったんですが、真剣には動いてくれそうになくて……っ!」

「わ、分かりました……依頼の方は承らせていただきます」

「本当ですか!?」

「は、はい。ただ……冒険者たちが引き受けてくれるか、お子様を無事に発見できるかどうかは、保証しかねますが……も、もちろん、わたくしどもも何とかご期待に応えられるように頑張りますので……」

「ああ、本当にお願いします……っ!」


 涙ながらに帰っていくその依頼者を見送りながら、イリアは深く溜息を吐き出した。


「なかなか大変そうですね、イリアさん」

「……ロットさん。それにラナさんも」


 そんな彼女に声をかけてきたのは、Cランク冒険者であるロットとラナだった。

 二十代半ばで、それなりの経験もある彼らは、珍しい男女二人組のパーティである。


 冒険者試験の試験官という、あまり他の冒険者がやりたがらない仕事をよく引き受けてくれるため、ギルドとしては非常にありがたい存在だった。


「実は、さっきの女性の依頼者さんなんですが……一歳になったばかりの子供を、目の前で怪しい男に連れ去られてしまったそうで……」

「それで冒険者ギルドに依頼を……」

「はい。ただ、前々からこの手の依頼は時々くるんですが……見つけられた例がほとんどなく……」


 恐らく連れ去られた後は、闇ルートで奴隷市場などに売られていくのだろう。


「あまり裕福ではない依頼者さんも多いので、報酬が労力に合わないというのもあると思うんですが……」

「なるほど……」


 依頼主のことを考えれば、心情的にはどうにかしてあげたい案件ではある。

 だが現実的には難しいだろうと、イリアが心を痛めていると、そこへ他の受付嬢が声をかけてきた。


「またその手の案件?」

「また?」

「うん。ついこの間も同じようなのが来て、あたしが対応したのよ。その子はまだ生後半年くらいだったかしら」

「ちょっ、ちょっと待ってください」


 ふと嫌な予感がして、イリアは手元にある資料を調べ始めた。

 ここ最近になってギルドに寄せられた依頼がまとめられたリストを見ていくと、


「……この半年ほどで、五、六件も同様の依頼が寄せられていますね。しかもまだ物心の付いていない赤子ばかり……」

「そんなに? ……ちょっと多過ぎるわね。ギルドに依頼した件数だけでそれなら、実際にはもっと起こってるはずよ」


 この手の子供の拉致や誘拐事件は、どちらかというと農村などで多いものだ。

 人の多い都市では、出入りの際の検問が厳しいため、その後に遠く離れた場所に売り捌くのは簡単なことではない。


 なのに先ほどの女性のケースも含め、すべてこの街の中で発生したものだった。


「少し気になる話ですね」


 ロットが難しい顔で呟く。


「その依頼、よければ僕たちが引き受けましょうか?」

「え? 本当ですか? それはすごくありがたいですけど、普通は駆け出しが受けるような依頼だと思いますが……」

「手口を見ていると、何となく同一犯の仕業のような気がしますし、放置しておくとまだまだ被害者が増える可能性があるでしょう? それに……何となくまだ犯人は街中にいる気がするので」


 被害者の証言をまとめてみると、どの犯行も日中、白昼堂々と行われたらしい。

 顔を覆面で隠した、恐らく男と思われる犯人が、あっという間に赤子や子供を奪い去っていったようだ。


「でもロット、どうやってその犯人を捜す気よ? 街中といっても、虱潰しってわけにもいかないでしょ?」


 相方のラナに問われて、ロットはうーんと頭を悩ませた。


「そうだね……さすがに囮作戦ってわけにはいかないし……」

「誰かから赤子を借りて、犯人を誘き寄せるってこと? 誰がそんな危険なことに自分の子供を貸してくれるのよ」

「……確かにそうだ」

「冒険者の中に最近、子供ができた人が何人かいるから、その人に声をかけるとか……」


 イリアも提案してみるが、冒険者だからといって、簡単に貸してくれるとも思えなかった。


「どこかにちょうどいい赤子がいたらね……」

「いるわけないでしょ」

「それはそう――」


「「「あ」」」


 三人はまったく同時にあることを思いついた。


「「「いた……ちょうどいい赤子が……」」」




    ◇ ◇ ◇




「それで……僕に白羽の矢が立ったってこと?」

「だって、君ってどんな危険な目に遭っても大丈夫な赤子でしょ?」

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