第26話 すぐ後に続いてくれ

「よしよし、大猟大漁♪」


 そこかしこに転がる豚頭の魔物、オーク。

 俺は計画通り、三十体規模のオークの群れを一網打尽にしていた。


 その中にはひと際、体格のいいオークが交じっていた。

 群れを率いていたハイオークと呼ばれる上位種で、こいつの肉は通常のオークよりもさらに上質であるため、同じ分量でも数倍の値がつくはずだった。


 ちなみにすべて額の辺りを魔力の塊で撃ち抜き、仕留めてある。

 あまり身体を傷つけてしまうと、売値が下がってしまうからな。


 普通は狩った直後に血抜きをしたり内臓を処理したりして、鮮度が落ちないようにするものだが、時間経過しない亜空間に放り込んでおけばいい。

 もちろん自分でもできるのだが、面倒なので処理はギルドに任せるつもりだった。


「じゃあ、街に戻るか」


 そうして再び空へと飛び上がり、街に帰ろうとしたときだった。


「「「うわあああああああっ!」」」


 森の中からそんな悲鳴が聞こえてきたのは。




    ◇ ◇ ◇




「くそっ……何でこんなことになっちまったんだよ!」

「何でも何も、あんたのせいでしょうが! あんたがもっと森の奥に行って狩りをしようって言い出すからよ!」

「お、お前だって、それに同意してここまで来たんじゃねぇか!」

「やめろよ、二人とも! 今はそれどころじゃないだろう! どうやってこの状況から切り抜けられるか考えてくれ!」

「どうやってもなにも、これもはやどうしようもないですよね!? ああっ、こんなことならずっと行きたかった人気のお店のスイーツ、バカ食いしておくんでした~~っ!」


 全員がCランク冒険者で構成された、四人組の若手パーティである。


 ここまで順調に冒険者ランクを上げてきて、駆け出しの頃と違って稼ぎも随分とよくなり、まさに良い感じで波に乗り始めてきた――そんなときが、最も足元をすくわれやすい。


 それが冒険者業というものだと、ベテランたちから幾度となく聞かされてはいたのだが、彼らは今まざまざとその事実を痛感させられていた。


 今の自分たちなら、オーク二、三体くらい同時に相手取ることができる。

 そう考えてギルドからの忠告を無視し、森の奥にまで足を踏み入れたのが大きな間違いだった。


 彼らの前に現れたのは、二、三体どころか、十体を軽く超えるオークの群れだったのだ。


 しかもその群れを率いているのは、明らかに通常のオークよりも巨大な個体だ。

 恐らくはオークの上位種、ハイオークだろう。


 想定外の規模の群れと遭遇し、冒険者たちが当惑しているその隙に、ハイオークは群れのオークたちに指示を飛ばして、彼らの逃げ道を塞いでしまったのだ。

 お陰で豚頭の巨漢たちに囲まれ、その四人組パーティは絶体絶命の大ピンチに陥っていた。


 下卑た笑みを浮かべ、徐々に包囲網を狭めてくるオークたち。


「こ、こうなったら一か八かで包囲を突破するしかねぇ! あのハイオークがいるのとは逆方向に、俺が先陣を切って突っ込んでいく! お前たちはすぐ後に続いてくれ!」


 このまま手をこまねいていては、全滅必至。

 勝負に出るしかなかった。


 もし誰かが上手く突破できなかったとしても、そのときは見捨てるしかない。

 ここで全員が死ぬよりはマシだ。


 そんな覚悟を固めつつ、一斉に動き出そうとした、そのとき。


「ブホオオオオッ!!」

「「「っ!?」」」


 先手を取るようにハイオークが突っ込んできた。

 体重一トン超えの巨体が繰り出す強烈なタックルが、冒険者たちを紙屑のように吹き飛ばす。


「「「うわあああああああっ!」」」


 宙を舞い、次々と地面に落下する冒険者たち。


「う、嘘、だろ……なんて力だ……」

「あああ……」

「終わった……殺される……」

「スイーツ食べたかったですぅ……」


 たったの一撃でボロボロになった身体では、もはやまともに逃げることすらできない。

 それが分かっているのか、ハイオークはすぐにトドメを刺そうとはせず、そんな彼らを見下ろし、楽しげに嘲笑っていた。


 唯一、彼らに残されたチャンスは、たまたま他の冒険者たちが近くを通りかかり、助けてくれることくらい。

 今はちょうど繁殖期のオークを狙って、少なくない冒険者たちがこの森を訪れているはずだが……それでも広い森の中、その確率は限りなく低いだろう。


 しかしどうやら神々は彼らを見捨てなかったらしい。

 次の瞬間、そんな彼らの元へ、なんと空から救世主が降ってきた――




 ――赤子の。




「「「……は?」」」


 生後まだ半年、いや、三か月にも満たないのではないだろうか。

 そんなまだ母親の乳を飲んでいるような赤子が、唖然とする彼らの前で、地面に軽々と着地してみせる。


「お兄ちゃんたち、大丈夫?」

「「「赤子が喋ったあああああああっ!?」」」

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