第19話 いつまで抱っこしてればいいの

 街を出て、徒歩で移動することおよそ二時間。

 基本的には街道に沿う形で進んでいた俺たちだが、やがて道から逸れて岩場の方へと近づいていく。


「テメェら、そろそろだぞ。あそこに見える大きな岩だ。その陰に空いた穴の奥に、ゴブリンどもの巣穴があるって話だ」


 試験官のマリシアが言う。


 冒険者になるための試験。

 今はその実技試験の真っ最中だった。


 試験官三名と受験者十名の計十三名で構成されたこの集団で、ゴブリンが巣食う巣穴へと突撃し、殲滅させる。

 それこそが今回の実技試験の内容らしい。


「はっ、ゴブリンかよ。最弱の魔物じゃねぇか」

「村の近くに出たことがあったんだが、当時の俺でも倒せたぜ」

「なんだか思ってたより随分と楽そうだな」


 ゴブリンの討伐経験があるようで、受験者たちの中には余裕たっぷりの者たちもいる。


「おい、テメェら油断するんじゃねぇぞ? ゴブリンってのは確かに一体一体は雑魚モンスターだ。武器がありゃ、そこらの大人でも討伐できる。だがな、こいつらが厄介なのは群れを成したときだ。集団で襲いかかって来られちまったら、熟練の冒険者ですら後れを取ることがあるような相手だぜ」


 それを咎めたのがマリシアだ。


「ちなみに基本的にアタシらは手を出さないからな。テメェらだけで巣穴にいるゴブリンどもを全滅させろ」


 現役冒険者たちは、あくまで受験者たちの実力を見極める試験官に徹するつもりらしい。


「が、頑張らないと……」

「そうだね、コレットお姉ちゃん」

「うん……それで、いつまで抱っこしてればいいの?」


 俺はというと、受験者の一人である少女、コレットに抱っこしてもらっていた。

 ちょうどいいところに胸の大きな娘がいたので、軽くお願いしてみたらあっさり抱き上げてくれたのである。


「お姉ちゃん……僕まだこうしてたいんだけど……ダメかな?」

「~~~~~~~~っ! だ、ダメじゃないよ! あたしでよかったら幾らでも抱っこしてあげるから! ふふふ……」


 チョロい。

 マリシアには効かなかったが、やはり赤ん坊の母性を擽る力は素晴らしいな。


 岩場を進んでいると、何度かゴブリンと遭遇した。


「おらっ!」

「ギャッ!?」

「ファイアボール!」

「グギェッ!?」


 しかしその度に、受験者たちが危なげなく仕留めていく。


「「「グギャギャギャギャッ!!」」」

「あっ、奴ら、逃げていきやがるぜ」

「見ろ、あそこに洞窟がある」


 やがて発見したのは、大きな岩の根元にぽっかりと開いた洞窟だった。

 ゴブリンたちが逃げ込んでいくのを見るに、あれが彼らの巣穴なのだろう。


「俺の実力を見せてやるぜ!」

「はっ、合格間違いなしだな!」


 血気盛んな受験者たちが、先ほどのマリシアの忠告もどこへやら、威勢よくその巣穴へと飛び込んでいく。


「お、おい、危なくねぇか? まだゴブリンがどれだけいるかも分かってねぇのに……」

「けど、このままじゃ奴らに手柄を独占されちまうぞ?」


 少し慎重なグループも、合格のためにアピールしなければと思ったのだろう、負けじとすぐさま巣穴へと突入していった。


「ギャギャギャ!」

「グギェギェギェ!」

「ギギギィッ!」


 次々と襲いかかってくるゴブリンを倒しながら、奥へ奥へと進んでいく。


 ちなみに俺は最後尾だ。

 コレットが治癒やサポート系の魔法を得意とする後衛だからである。


「ふわわ……みんなすごい……」

「うーん、でも、このまま行くと危ないねー」

「え?」


 やがて俺たちが辿り着いたのは、洞窟内とは思えないくらい広い空間だった。

 天井も高く、二十メートル以上はあるだろうか。


 しかもこの空間、壁のあちこちに無数の穴が開いていた。


「……ったく、だから言っただろうが。油断すんなってよ」


 マリシアが吐き捨てた直後がった。

 その穴という穴から、次々とゴブリンが飛び出してきたのだ。


「「「なっ!?」」」


 慌てて引き返そうにも、来た道にも大量のゴブリンが立ちはだかる。

 気づけば百体を軽く超えるゴブリンの群れに取り囲まれてしまっていた。


「ま、まさか、誘き寄せられたってのか……っ!?」

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