第20話 いやお前が言うな

 どうやらまんまとゴブリンに誘き寄せられてしまったらしい。

 百体を軽く超すゴブリンの群れに囲まれて、逃げ道も塞がれてしまっていた。


「……ったく、だから言っただろうが。油断すんなってよ」


 試験官のマリシアが呆れたように言う。


「しかし、それにしても統率が取れすぎてんな、このゴブリンども……それにこの数……まさかとは思うが……」


 彼女が何やら思案げに呟く中、ゴブリンたちが躍りかかってきた。


「く、来るぞっ!?」

「な、なに、どんなに多くても所詮はゴブリンだっ! お、俺たちならやれる!」

「そ、そうだな! 逆に手間が省けたってもんだぜ!」


 互いに叱咤し合いながら、受験者たちが迫りくるゴブリンを迎え撃つ。


 だが圧倒的な数のゴブリンを前に、先ほどまで威勢が良かった血気盛んな受験者たちも、すぐに状況の悪さを悟ることとなった。


「さ、さすがに多過ぎる!?」

「捌き切れねぇぞ!?」

「がっ……く、くそっ……おい、後衛っ、早く治癒魔法をかけやがれ……っ!」


 一気に押し込まれ、あっという間に陣形も崩されてしまう。


「グガアアアアアアアッ!!」

「何だ、こいつは!? ゴブリンなのか!?」

「ほ、ホブゴブリンだ……っ!」


 さらにゴブリンたちの中に交じった、身の丈二メートル近い巨大ゴブリンたちが彼らを苦しめる。

 ホブゴブリンと呼ばれる変異種で、動きこそ緩慢なものの、怪力と高い耐久力を有する厄介な相手だった。


「……仕方ねぇな」


 もはや受験者だけでは対応不可能と見たのだろう、マリシアが腰に提げていた剣を抜いた、そのときだった。


「お姉ちゃん! 上っ!」

「っ!?」

「遅イ」


 俺の咄嗟の声に、素早く視線を跳ね上げたマリシアだったが、それよりもそのゴブリンが降ってくる方が早かった。

 サーベルのように湾曲した剣が、マリシアの背中を切り裂く。


「があああっ!?」

「「「試験官!?」」」


 背中から血を噴き出して倒れ込むマリシア。

 愕然とする受験者たちが目にしたのは、通常のゴブリンより二回り以上も身体が大きく、筋骨隆々な体躯のゴブリンだった。


「な、何だこいつは……?」

「普通のゴブリンじゃねぇぞ?」


 受験者たちが息を呑む中、同行していた現役のCランク冒険者たちが声を上げる。


「まさか……ゴブリンロードっ!?」

「ちょっ……そんなのがいるなんて聞いてないんだけど!?」


 ゴブリンロード。

 それはその名の通り、ゴブリンの王のことだ。


 ごくごく稀にゴブリンから進化して誕生する特殊個体であり、その強さは通常のゴブリンとは桁違いだ。

 そして高い統率能力を持ち、ゴブリンロードに率いられた群れは放っておくと凄まじい速度で繁殖し、巨大化していく。


「……コイツ、雌、ダッタカ。雌ハ、殺スナ。我ラノ、苗床ニ、スル。雄ハ、スグ殺セ」

「しかもこいつ喋ってやがるぞ!?」


 ゴブリンロードの出現によって、ゴブリンたちが勇ましい雄叫びを轟かせる。


「ま、マジかよ!? この数のゴブリンに加えて、ゴブリンロードまで……っ!」

「し、し、し、死にたくねぇよぉ……っ!」


 頼みの綱のBランク冒険者も、背中を斬られて倒れてしまっている。

 絶体絶命のこの状況に、受験者たちはもはや半狂乱の状態に陥っていた。


「……くそっ……アタシとしたことが……」

「マリシアさん! 今、治癒を……っ!」


 コレットが慌てて倒れたマリシアに治癒魔法を施そうとする。

 だが治癒が終わるまで、大人しく待ってくれるようなゴブリンロードではなかった。


「治癒ノ、魔法、面倒。コイツハ、スグ、殺シテ、オク」

「ひっ!?」


 振り上げた剣を、コレットの頭へと容赦なく振り下ろすゴブリンロード。


 ガキィィィンッ!


 その剣は、剣モードになった俺の愛杖リントヴルムによって止められていた。


「……へ?」

「大丈夫だよ、お姉ちゃん」


 俺は片手でリントヴルムを振り上げ、ゴブリンロードの剣を弾き返してやった。


「ッ!? 馬鹿ナ? 人間ノ赤子ガ、我ノ剣ヲ止メタ……?」

「どうも、人間の赤子でーす」

「赤子ガ、喋ッタ!?」

「いやお前が言うな」

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