【FGA:8】カフェ・レオナイル


路地裏を抜けると、そこは広い通りだった。


 近くに見える大きくそれはもう立派な噴水がこの通りの中心か──多くの人でごった返している様子が伺える。まるでイタリアにあるトレビの泉の様な錯覚を起こすほどの大きなアイコニックな噴水にしばし目を奪われていると──ふと、通りに立ち並ぶ様々な店の店頭が目に入る。

 人の入りは悪くないが──いやに粛々たるイメージが脳裏をチラつく。そんな事はあり得ないと、今一度店先の映像をブラッシュアップしてみると──答えはすぐに判明した。


それは店頭の──にあった。


 どの店も店頭に置く看板に「近々店仕舞をします」と書かれているのだ。改めて人の往来を見てみても、店を閉じなければならない理由は見当たらず──しかし、その理由を探すために割く時間もなく雷人はふわふわと宙に浮かびながら目新しい建物や人にキラキラと目を輝かす(様に見える。魂の状態でも感情によって色が変わるのか──今の亜蓮たましいの色は輝くオレンジ色になっている)亜蓮を促し、とりあえずは情報収集の為に──近くの"カフェ・レオナイル"と大きく書かれたカフェテリアに入った。


からんころん。


 他の店と変わらず「近く店を閉めます」と書かれた看板とは打って変わって景気の良い鈴が鳴ると──奥からぱたぱたと雷人とさほど歳は変わらないだろうか──年端のいかぬ少女が似合わぬぶかぶかのエプロンに足を取られながら出てきた。



「い、いらっしゃいませ! 二名様でよろしいでしょうか? ではこちらの席にどうぞ──!」



 多分、店を手伝うのは今日が初めてなのだろうか──そう思わせる手慣れない感じの接客に思わず雷人に「くすり」と笑みが出た。


思えば。


 急に事故に遭い、死んだと思ったら生きていて、ネイスと名乗る女神に異世界に飛ばされ──短い時間に色々頭の整理が追いつけない事ばかりが起きており、今更こんな──元の世界にいた頃を彷彿とさせる様な街を練り歩く人々と、可愛らしく辿々しい接客をする歳が近そうな可愛い少女を見せられ、不思議と安堵と落着とした気持ちがぽわりと湧いて来る。

 ここなら少し腰を据えて落ち着けるかな──と自然と浮かんでくる考えは悲しくも──ふわふわと浮かびながらメニューを吟味し始めた青い物体に掻き消された。



「と、とりあえずさっきのに話を聞いてみよっか……」


「おーそうだな。あ、オレこのウマソーな"万葉マンバミルフィーユ"とコーヒー頼むわ」



 「ライト、オマエは何頼むんだ?」ともうすでに自分たちのを忘れたのか──目の前のオレンジ色に変化した浮遊物に「はぁ」と一つため息を吐くと雷人は適当にメニューを見漁った。

 ずらりと並ぶ、数は多くないが──どれも美味しそうに写るスイーツや飲み物に図らずも舌鼓を打ちたくなる欲が胃の奥底から「ぐぅぅ」と音となり現れる。

 話を聞く前に腹ごしらえ、かな────とちょうど雷人が食欲に負けた時──隣に座っていた派手な格好に身を包んだ4人組の1人が──麗しい容姿に肩まで届く紅色に輝く美しい髪を"ふわり"と揺らしながら──話しかけてきた。



「やぁ、人間くん。ここじゃ見ない顔だけど──君が噂の転移者かい?」



 いつの間に呼んだのか──亜蓮が先ほどの女の子に注文を通しながら「噂?」と聞き返す。

 すると今度はその眉目秀麗な青年、ではなく──隣に座っていたその青年と同じくらいの歳か──その青年に負けず劣らずの綺麗な淡い茶色に光る髪を外ハネが目立つショートヘアーの──これまた容姿端麗な少女が亜蓮の問いに応対する。



「あーごめんなぁ。噂っちゅーか……まぁウチらの間でだけやけど……この世界は違う世界からの転移者っちゅーもんはさほど物珍しいものやあらへんから、噂が立ちやすいねん」



 雷人は「は、はぁ」と若干その返答へのリアクションに困り、一旦適当な相槌を打つと代わりに亜蓮が注文の品が来るまで暇なのか──その4人組の方へふわりと飛んでいくと「なら聞きたい事があるんだけどよ」と話を切り出した。

 

 亜蓮は兼ねてからの疑問であった"聖杯トーナメント"について訊ねた。

 すると今度も再び、その関西弁混じりの茶髪の少女の隣に座っている──4人の中じゃ1番背丈が大きく、そしてスタイルも良い(とは詳しくは明記しないが立派なを持っている)腰まで届く長く綺麗な白い髪を持った少女が──紅髪の青年と茶髪の少女の御多分に漏れず、容貌端正な顔の頬に人差し指を当てながらゆっくりとその問いに対しての答えを語り出した。



「あは〜〜それはね〜〜。この世界は女神ネイス様のお力によって成り立ってるから〜〜ネイス様のお恵みの一環として〜〜聖杯トーナメントというものがあって〜〜」


「あー……もういい……。ボクが説明する……」



 やけに間延びした話し方の彼女の言を遮る様に──三度今度はその真隣に座っている青年──彼も肩まで届く綺麗な艶やかな青色の髪を真ん中に分け──もはや説明もいらないだろうか。目鼻立ちの整った顔に──だがどこか影の刺す、そんな雰囲気の青年が口早に白髪の少女の話の続きを説明し始めた。



「この世界は"バスケットボールの強さ"でって事はもう聞いたよね……? 多分イメージしにくいと思うから例を一つ挙げるけど……今僕が食べてるこのケーキあるよね。……これね、このケーキをどうしても食べたいって思うAさんがいる」



 そう言うと青髪の青年は隣の白髪の少女を"びしり"と指さした。あたかも「こいつはこういう事をする」と言わんばかりの勢いで指を指された白髪の少女は「も〜〜! ガブくん人のこと指で指さしちゃダメなんだよ! めっ!」と"ぷんぷん"とどこか愉快な擬態語が聞こえてきそうなそんな表情で怒ると「すっ」と物欲しげに青年のケーキを見つめた。

 そうした少女に青年は「やっぱ欲しいんじゃん……」とジト目で見つめながら小声でぼそりと言うと改めて、亜蓮たちの方に視線を移し話を続けた。



「で、Aさんがこのケーキの所有権をかけて僕に勝負1on1をしかけてきたとする。……で、僕がその勝負1on1を受けて勝てば、ケーキは相変わらず僕のモノなんだけど負けたらAさんのモノになっちゃうって事、簡単に言えばね?……それでまあ早い話、バスケが1番強いヤツイコール1番この世界で好き勝手できるって話なんだけど……それだけじゃなかなか積極的にバスケするやつは出てこないでしょ? ……ましてや国家間や種族間といった大規模な派閥同士の争いにまで発展しちゃうとね」


「つまり! 簡単に言えばバスケでと言う事は裏を返せばバスケに負ければ、と言う事になる! そうなればなかなか恐れ多くてバスケが上手かろうが下手だろうがケンカバスケ勝負をふっかける者は自然と居なくなる事は明白だろう?」


「そんな感じで誰も彼もいちびってアホやるのが怖なってバスケやらへん様になってもうたらこの世界の存在意義レゾンデートルが無くなってまうやろ? せやからせめてリスクっちゅーもんに囚われてまともにバスケできひんヤツらがにこにこで気軽にバスケできるようなそんな環境を作ったるわ、言ってネイス様は"聖杯トーナメント"を創ってん」



 矢継ぎ早にそう3人に語られ、自分の説明する機会チャンスが奪われたと思い居心地が悪くなったのか──長い白髪の少女はぶんぶんと拳を握った両手を振ると「ラフも〜〜! ラフも説明する〜〜!」と言うと相変わらずゆったりとした口調で"聖杯トーナメント"は出場資格さえ満たせば誰でも出場できる事、トーナメントは一年に一回行われ例え負けても毎年挑戦でき、そして1番のネックであろう負けた際のデメリットは特に無いという事を教えてくれた。


 前々から聞きたかった"聖杯トーナメント"についての説明を受けた亜蓮と雷人は──亜蓮は右から左状態でほぼ話を聞いてかったのか、たった今届いた待望の注文の品──万葉マンバミルフィーユとコーヒーに喉を鳴らしていたが、雷人はと言うとだんだんと──自分たちがこの世界に来たのか、そして聖杯トーナメントと呼ばれる大会で勝たなければなないのかを理解し始めていた。


つまり、とどのつまり僕たちは────



「聞きたいんだけどさ、その"聖杯トーナメント"って言うのはただ単に強さを競い合う為だけのものじゃないよね? ただ強さを競い合うだけだったら参加しないって人も大勢出てくると思うから……要するに"聖杯トーナメント"は優勝した者には何かがある、って事だよね……? "聖杯"って付くもんだからもしかして……何か一つ願い事が叶えられる、とか?」



 「ご明察!」と紅髪の青年はびしりと言うと手元のティーカップに手を伸ばすと「ずぞり」と一口、中身を啜った。

 それを聞いた雷人は一つ、深い深いため息をつくと今までの──彼らが言ったことを脳内で何度も反復させまるで欠けたピースを一つ一つ丁寧に埋めてく様に──今まで得た情報を整理すると、そのままあるがままに一つの終着点を導き出した。


────僕たちは……僕たちはその"聖杯トーナメント"で優勝し、その優勝の見返りとしての"願い事"で──黄泉返いきかえれ──という事なんですね……ネイスさん。


 そう雷人が結論付けている最中──亜蓮はというと、ミルフィーユをかっこみながら(どうやら魂だけの状態になっても物は食べれる様だ)もごもごとくぐもった声で「そういえばなんでバスケなんだ? オレ的にはバスケやれてウレシーけどなんだ?……カミ様の中で流行ってんのか?」とで雷人も気になっていた話題を切り出した。

 その亜蓮の問いには紅髪の青年──ではなく、隣の茶髪の少女が白髪の少女にケーキを分け与えながら「よ〜食うな〜カー●ーなんちゃうか自分?」とゲラゲラと笑いながら答えてきた。



「そりゃやろ……ちょ〜〜ど今から100年ぐらい前に"Mr.B"って、今は呼ばれとるバスケめ〜〜ちゃ上手いおっさんが少女連れてこっちの世界来て瞬く間にバスケ流行らして……」



 「そんな事よりも」と急に紅髪の青年が茶髪の少女の話を手を振り遮ると、すでに飲み終わったのか──空になったティーカップを「ちん」と耳触りの良い音を鳴らしながら受け皿ソーサーに置くと一転、真面目な顔で雷人に「"聖杯トーナメント"への出場資格はどういうものか知りたくないか?」と打診してきた。

 無論、雷人(とここまで驚くほど全く話を聞いてない亜蓮にも)にとってその情報は今何より喉から手が出るほど欲しいものなので──雷人は二つ返事で「知りたい」と伝えると青年は──「この中じゃおそらく彼女が1番知ってるだろう」と言うと雷人のすぐ顔の横を指さした。

 釣られて"ふっ"とすらりと伸びたその指先を見るとそこには──先ほど雷人に一瞬の安らぎを与えてくれた──この店の店員であろうぶかぶかのエプロンを身に纏ったあの少女が、こちらの様子を伺う様に見ていた──のだが、急に青年に指をさされたものだからそれはもう大層酷く驚いてまるでウサギが天敵のトラから逃げるみたいに、あちこちに飛び跳ね、身体の節々をテーブルにぶつけながら厨房へと逃げ帰っていった。

 刹那、青年は真顔で全くの躊躇も優しさも見せず残酷にも呼び鈴を鳴らすと今しがた安全地帯ちゅうぼうへと避難を終え安堵の表情を浮かべていたであろう少女ウサギを召喚した。

 少女は厨房で店主であろうか──太い声の女性と軽く言い争い(おそらく雷人たちのところへ行きたくないのなんだか言っているのであろう)をして、そそくさと雷人たちの前に現れ、そして「アハハ……」と乾いた笑い声をあげると「ナ、ナニカゴヨウデショウカ?」とこれまたわかりやすいほどの──芝居がかったセリフを吐いたのであった。


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