四季折々の君に恋をした。

@kanzakiyato

四季折々

 それはふと、唐突とうとつに思い出す。水が上から落ちるように、

 それはごく自然に。時も場所も関係なく、不意に脳裏のうりに思い起こされる。

 

 何度、手を伸ばしただろう。何度、時を戻せたらと願っただろう。

 抗うことのできない運命に僕は何度、涙を流しただろう。

 

 君へと続く道には、いつも花があふれんばかりに咲いていた。

 これじゃあ、通りたくても通れないよ。

 

 ○○月△△日

「今日は畑に行ったら、女の子が泣いていたんだ。

 三つ編みのその女の子の隣に座って一緒に話をした。

 僕はその時、持っていた風車かざぐるまをあげた。女の子が笑ってくれて

 僕は物凄く嬉しかった。」

 

 あの日、芽生えた感情を今なら言葉にできるのに。口に残る。


「ずっと好きでした。」

 

 そうだ、君に会いに行こう。果てしなく遠い場所にいる君には、

 中々会いに行けないけど、きっと今夜なら会いに行ける。

 

 拍子木ひょうしぎを打てば扉が開き、花びらは閉じて夕焼けは酔い潰れた。

 とばりを下ろしてこのままずっと。

 

 目を閉じれば、そこは見覚えのある神社の前。

 僕の姿を見つけ、走り寄る君の愛おしさ。


「ここから先は違う世界だよ。」

 

 あの時より幾分いくぶんか幼い君はこっそり僕にそう告げた。

 

 忘れたのは林檎飴りんごあめ、手に持ったのは綿飴わたあめ

 甘いものは口数の少ない僕達をほんの少しだけ楽にしてくれた。

 

 あっ、という声に後ろを振り向くと君が転んでいた。

 僕は慌てて駆け寄る。その転んだ様子を見ていた周りの人たちはわらった。

 転んだ君を指差してゲラゲラわらう。こんなの可笑しいよ、

 なんて誰も言わない。

 

 君は気にしていないように立ち上がり、僕に告げる。

 まるで、僕が君に恋しているのを見透かされているように。


「ここでは恋をしちゃいけないよ。」

 

 そう言って黒色の髪をなびかせ僕を薄明はくめいへとさそうのだ。

 

 僕達が僕達でいられるのはほんの少し。

 日が登って、木漏れこもれびが足を止めたら其処そこでお別れ。

 君の世界から、僕は締め出される。

 

 目が覚めると、いつも後悔する。

 あぁ、まただ。言えなかった。

 君が恋してはいけないと言うから僕はまた言えなかった。

 言ってしまったら、君との時間が終わりそうな気がして。

 次はいつ会えるかもわからないのに。

 空葬い《からとむらい》の明日の先に君はまだいるのかな。

 

 間違ったんだ、もう手遅れだよ。想いはこんなにも積もってる。

 甘いものなんてもういらないから。どうか、もう一度君に。

 

 夜桜よ、この想いをどうかあの子に届けてくれ。

 千の夜に閉ざされてても、世界の理にかなっていないとしても。

 この歌が月夜を超えて、遠くの世界にいるあの子に届けばいい。

 

 人目を惹く彼女の姿は、どうしてか人には見えないらしい。

 隣にいてもどうしても伝わらない。

 時がずれていく。調律をしなきゃ。絶えず回る世界。

 君はあの日に残ったまま、僕は流されたまま。

 わかってる。それでも僕は。

 君の柔らかくて優しいその声を聞いて僕は救われたんだ。

 だから。


「今日も傍にいていいですか」

 

 あの子の写真を胸に、一人きり眠る。

 そうだ、ねぼすけなあの子のことだから、もう眠い時間かもしれない。

 

 夢の中、涙で濡れた瞳で君が言う。


「何もかも消えていくのかな?」

 

 もう泣かないでよ。僕は大丈夫。たとえ君が全てを忘れてしまっても。

 僕は誓う。


「忘れないよ。」

 

 安心したように君が眠る。眠る君に、今度は僕が告げる。


「おやすみ」

 

 涼風が吹いたら、夢のまにまにせみが鳴いてる。

 行く宛のない僕はただ歌う。

 

 君の汗ばむ肌も、その綺麗な黒髪も、僕の脳裏のうりに焼き付いて離れない。

 たとえ雲が君を隠したとしても、ずっと見惚みとれていたいんだ。

 あぁ、どうか行かないでくれ。いつか、また会いに行くね。

 

「明日私が消えるのなら君は笑ってくれますか?」

 

 目が覚める、咲き誇る午時葵ごじあおい。今のはいつの君だっけ。

 橙色だいだいいろの空の下。ちっぽけな砂場に夢を乗せた。

 少し年上な君はいつもお姉さんぶって僕をたくさん甘やかした。

 本当は君も泣き虫なのに、それ以上に泣き虫な僕をあやす。

 そうやって僕を寝かしつける君が、目を閉じる前に言うんだ。


「おやすみ」

 

 遠くに感じる君の存在。あんなに側にあったのに。

 手を伸ばせば零れ落ちる思い出の欠片。あの頃に戻れたら。

 

 目が覚めた君は、あの日と同じ様にまた泣いていないだろうか。

 君が涙を流すなら。どんなに遠く離れていても、

 君の涙を拭いに何度だって会いに行くよ。

 

 微睡まどろみの戸を叩いた。答えてよ。待ち遠しい季節、またせみが鳴いていた。

 目を閉じれば、懐かしい神社の前。十時十分、君との待ち合わせ。

 はぐれないように手を繋いだ。

 

 すれ違う誰かが何かを伝えてる気がした。途端に僕の手を引っ張る若苗わかなえの袖。

 余所見よそみをしないで。水面みなもに降り立つ月の影。

 手を伸ばしても水面みなもを揺らして形を変えるだけ。

 触れない。隣で君が可笑おかしそうに笑う。


「今日は花火が上がるらしいよ。」

 

 飽きるまで見ていた。君と見ていた。

 赤・白・黄色。浮かんでは照らし、吸い込まれる光たち。

 惣闇色つつよみいろの空。あぁどうか。今日まで目を塞いできたその全てを、

 今思い出させて。

 

 どこからか君を取り囲んで嘲笑あざわらう、せみの鳴き声が蘇る。

 誰かに汚された背中を、今日は隠しておこう。

 いじめられる事に慣れたから、傷付いたフリばかり上手くなって、

 いつの間にか一人にも慣れてしまったね。

 ただそれだけの事も降り積もれば山となる。

 揺れる涙に濡れていく瞳。どうして気づけなかったのだろう。

 気づいた時にはあの子は宙ぶらり。

 もう二度と。もう二度とそんなことはさせたくない。

 そう誓ったのに。手を伸ばした。あの日に戻れますように。

 

 不意に隣の君が手を引いた。幸せってさ僕にもわからないんだ。

 どうせ何ひとつ叶わないのならば、お家へ帰ろう?

 

 あんなに待ち遠しかった季節が足早に過ぎ去っていく。

 秋雨だ。君に降りかかる雨は、今度は僕が弾いてあげる。

 二人で寄り添う理由に意味なんてない。もう二度と同じ過ちは犯さない。

 傘の下で、頬を紅葉色もみじいろに染める君が、心底愛おしくて。可愛くて。

 これが「幸せ」なら、君に、僕は幸せだとそう言いたい。

 白粉おしろいが舞う。風花よ舞え。初恋の風邪、淡雪に乗せて。

 夜が静寂せいじゃくに満ちたら寄り添おう。つむいでいく二つの記憶。

 繋いだその手を左のぽっけに入れて。もう君が凍えないように。

 

 ほら大きく手を叩こう。君の足元にもう誰も近づけないように。

 いつの日かこの夢が覚めるまでずっと。泣きそうな夜はいつだって

 僕が傘を差してあげる。もういいよ、もういいよ。

 

 形だけの同情はいらない。散々なんだよ。

「人は一人じゃ生きられない」「困った時の友達」

 口先ばっかの嘘で塗り固められた大嫌いな先生。

 だけど杓子定規な大人が、あの日、廊下の隅で泣いていたんだ。

 大人も涙を流すんだ。

 

 誰にも望まれないのにいつしか大人になった僕等が初めて知った事。

 じゃあ僕らが嫌いで憎んでたありゃ一体なんだったんだろう。

 答えはどこにもありはしないって泣いて分かった。

 

 夜空を歩く君と手を繋いで。これが守りたかった未来だった。

 あと少しだけ、もう少しだけこのままで。

 

 四季折々の風がいつだって君を素敵に飾り立てる。

 僕は君に何度見惚れただろうか。

 

 桜の木の下揺れる黒髪、凛とした君も。

 夏の浅瀬に太陽の下、優しく微笑む君。

 紅葉の中、傘の下で照れたように微笑む君も。

 冬の布団の中で不機嫌そうに眉を寄せる君も。

 僕はどれも好きで好きで堪らなかったよ。口からついて出た僕の想いは

 君の瞳をあの日のように少しだけまぁるくさせた。

 

 だけどもう夜明け前だね。薄情な神様が始まりと終わりを告げる。

 現実感がないまま君の手を離した。消えて行く世界は泡沫うたかた


「もう帰らなきゃ」

 

 君がぽつりと呟く。大丈夫、バイバイしたって僕ら会えるよ。

 悲しいもの全部忘れてしまおうよ。さよならは言わない。

 言ったら君に会えなくなる気がするんだ。たとえ全てが消えてしまっても、

 僕がまた君を探しに行くよ。だからどうか 今この瞬間だけは僕を愛して。

 きっとすぐに居なくなるから。

 

 幾度いくども繰り返してきた意識を手放したら、

 夜空が泣いて手を振るように落ちて行く。

 ねぇお願い振り向かないで。この傷は君にも見せたくないんだ。

 どうしたって涙が溢れる子供じみた僕をどうかこの時は許して。

 夢の向こうからまた君を探すから。いつものとこで待ち合わせしよう。

 夕焼けの落ちたバス停で。

 

 山紫水明さんしすいめい。清らかな空気を彩る彼女をこの胸に。

 過ぎ去った百花繚乱の日々を記憶の彼方に乗せて。

 あぁ、ずっと見惚れたい。ずっと触っていたい。

 消えてく彼女を痛いほど目に焼き付けて。どうか安らかに。

 心の中で叫ぶ、さよなら。また会いに行くね。季節の折々にて。

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