双子の妹は姉の婚約者とお茶を飲む

黒うさぎ

双子の妹は姉の婚約者とお茶を飲む

 エリーとミリー。

 妹の私がエリーで、姉がミリーだ。

 ウィルズ家という貴族の家に双子として産まれた私たちは、それはもうそっくりに成長していった。


 艶やかに流れる小麦色の髪も、透き通る雪のような肌も、輝くエメラルドの瞳も全部一緒。

 普段は服装で区別がつくようにしているが、一度互いの服を交換したところ、普段から身の回りの世話をしてくれるメイドから両親に至るまで、誰も私たちの入れ替わりに気がつくことはなかった。


 気がついてもらえなかったことを悲しんだりはしなかった。

 むしろ大好きなミリーともっと一緒になれた気がして嬉しかったほどだ。


 そんなある日。

 ミリーの婚約者だという男が来ることになった。

 親同士が決めた相手であり、顔を会わせるのはこれが初めてだった。


 いつもミリーと一緒にいる私だが、さすがに今日はそういうわけにもいかない。

 仕方なく自室で一人の時間を過ごすことにした。


 ……のだが。


「エリー!今日も入れ替わりましょう!」


「なに馬鹿なことを言ってるの。

 ミリーの婚約者が来るのよ。

 私が会ったら意味ないじゃない」


 周りの皆は見分けがつかないようだが、私から見たミリーはイタズラ好きの女の子だ。

 双子の入れ替わりも、ミリーが言い出してやることが多い。


「どっちが会っても一緒よ。

 どうせ見分けなんかつかないんだから」


「それはそうかもしれないけど」


「ほら早く着替えましょ」


「全く、仕方ないな」


 渋々といった雰囲気で自身の服に手を掛ける私だが、内心は少し楽しみでもあった。

 ミリーの婚約者。

 いったいどんな人だろうか。

 もしミリーに相応しくない男だったら、私からお父様とお母様に伝えなくては。


 服を替えた私は姿見を覗いた。

 そこにはどこからどう見ても、双子の姉であるミリーがいた。


「それじゃあ行ってくるね、私」


「行ってらっしゃい、私」


 私の部屋に残るミリーに手を振ると、私は婚約者が来るのを待った。

 気持ちは既にミリーだ。

 普段通りの私で振る舞っても誰も気がつくことはないだろうが、ミリーになりきった方が入れ替わりの精度は上がる。


 約束の時間になり、ミリーの婚約者がやって来た。


「ようこそお越しくださいました。

 私はミリー・ウィルズと申します」


「はじめまして。

 僕はリュート・マグニリス。

 今日は会えて嬉しいよ、ミリー」


 サラサラとした金色の髪。

 スラッと引き締まった体躯に、柔らかな笑顔。


(見た目は悪くないわね……)


 リュートなら、可愛いミリーの隣に立ったとしても見劣りすることはないだろう。


 私は応接室にリュートを案内すると、テーブルを挟んで向かい合うように座った。


 ウィルズ家のメイドはお茶の用意だけすると、一礼して部屋を出ていった。

 今この部屋にいるのは私とリュートだけだ。


「リュートさんは普段、どのようなことをなさっているのですか?」


「マグニリス家は代々王家に仕える騎士の家系だからね。

 立派な騎士になるために、鍛練ばかりしているよ」


(身体を鍛えているのなら、いざというときにミリーを守ってくれそうね)


 私は心の中のメモ帳にリュートの評価を書き込んでいく。


 それから私はリュートが訪ねてくる度に、ミリーと入れ替わった。

 少し話しただけでは、本当にミリーに相応しいかわからない。

 もっと確かめなくては。


 本当の婚約者であるミリーはというと、私から申し出るのが珍しいからか、いつも入れ替わりを快諾してくれた。


 応接室でお茶を飲みながら談笑。

 庭に出て、季節の花を眺めながら軽く散歩。


 時を重ねれば重ねるほど、リュートという男は非の打ち所がなかった。

 これならミリーを任せてもいいかもしれない。

 そう私に思わせるくらいには、リュートはいい人だった。


 そして私は気がつくことになる。

 自分がもう、深みにはまってしまっているということに。


 それはリュートの何気ない発言がきっかけだった。


「結婚すれば、毎日ミリーとこんな日々が過ごせるんだろうな」


 その言葉に私はフリーズした。


(そうか……。

 いつまでも私がミリーのフリをしているわけにはいかないんだ……)


 それは始めから分かっていたはずのことだった。

 ミリーとは入れ替わっているだけ。

 そんな当たり前のことに、私は酷く動揺していた。


 ドクン


 ああ、駄目だ。

 この気持ちだけは。


「ミリー、どうかした?

 顔色が優れないようだけど」


 リュートが心配そうに声をかけてくる。


(そんな目で、そんな顔で私を見ないで……)


 私はエリーであり、ミリーではないのだから。


「すみません、少し体調が優れなくて。

 申し訳ありませんが、今日はこれでお開きにしましょう」


「そんな!すぐに休まなくちゃ!

 ゆっくり休んで、また元気な顔を見せてよ」


「ええ……」


 もう、私がリュートの前にミリーとして姿を見せることはないだろう。

 そう思いつつ、私はリユートを見送った。


 ◇


 今日もリュートが訪ねてきた。

 いつもならミリアと入れ替わった私が出迎えるところだが、そうはしなかった。

 私はもうリュートの前でミリーと入れ替わるのをやめた。


 きっと今の私がミリーとしてリュートの前に出たら、ミリーを演じる自分でいられなくなる。

 そしてリュートもミリーも傷つけてしまうだろう。


 ちょうどよかったのだ。

 リュートがいい人であるのはよく分かった。

 きっとミリーのことを幸せにしてくれるだろう。

 それでいいのだ。


 ふと、リュートの笑顔が脳裏をよぎる。

 私を楽しませようと、ときにおどけたように話す姿。

 慣れない手つきで私が淹れたお茶を、美味しそうに飲む姿。


 その一つ一つが、私の中でキラキラと輝いている。

 目蓋を閉じようとも、その輝きは私を照らし続ける。


「リュートさん……っ」


 どうして私はエリーなのだろう。

 皆が間違えるくらい、私はミリーにそっくりなのだ。

 私がミリーだっていいじゃないか。


 今まではミリーになることなんて簡単だと思っていた。

 だというのに、こんなにミリーになりたいと思っているのに、今の私はどうしようもなくエリーだった。


 今ごろリュートは本物のミリーと楽しくお話しているのだろう。

 その景色を目蓋の裏に思い描くと、痛いほどに胸が締め付けられた。

 閉じた瞳から涙が溢れる。


 そのときだった。

 私はなにやら屋敷の中が騒がしいことに気がついた。


 客が来ているというのに騒がしいというのはよほどのことだ。

 私は袖で涙を拭うと、耳をすませる。


 すると男の怒鳴り声のようなものが聞こえた。


「この声……。

 まさかリュート?」


 これまでリュートが怒鳴ったところなど見たことがない。

 いつも優しい笑顔を浮かべているのが、私の知るリュートだ。


 事態がつかめないままいる間に、喧騒がこの部屋へと近づいてきている気がした。


 バンッ


「ミリーッ!!

 ここにいたのか!」


 扉を開け放って現れたのは、息を乱したリュートだった。


「リュートさん!?どうしてここに……」


「いつもみたいにミリーが出迎えてくれると思っていたら、偽者がミリーのフリをして現れたんだ。

 しかも自分がミリーだと言い張ってきて。

 まさかミリーに何かあったんじゃないかと思って」


 そんな、まさか……。


「……どうして偽者だって分かったの?」


「そんなの当たり前じゃないか。

 ミリーは僕の婚約者で、愛する人だ。

 そんな人を間違えるわけがない!」


 どうしてそんなことを言うのだろう。

 私の目からは再び涙が溢れ出た。


「どうした、ミリー?

 どこか痛むのか?」


「違う、違うの……。

 私はミリーじゃないのよっ……!!」


 それから私はリュートに全てを話した。

 本当はエリーという名前だということ。

 ミリーと入れ替わってリュートと会っていたこと。


「……騙すようなことをしてごめんなさい」


 婚約者を偽っていたのだ。

 そんなこと、ただの悪戯では済まされない。


「そうか……。

 ならば、この婚約は破棄させてもらうよ」


「っ!!」


 当然のことだろう。

 ミリーや両親には迷惑をかけてしまった。

 それからリュートにも。

 リュートが婚約者だと思って割いてきた時間は、全て無駄になってしまったのだから。


 己の行動が招いた結末に、私は涙を流すことしかできない。


「それからエリー。

 僕と結婚してくれ」


「えっ……」


 ときが止まった。


「エリーっていう素敵な名前があるのに、ずっとミリーって呼んでてごめん。

 でも僕はエリーのことが本当に好きなんだ。

 入れ替りのことは確かに少しやりすぎだとは思うけど、でもそのお陰で僕はエリーと出会えた。

 エリーの素敵なところをたくさん知ることができた。

 きっとうちの親やエリーのご両親は怒るだろうけど、それでも僕はエリーと一緒にいたい。

 エリーはどうかな」


 ずるい、ずるすぎる。

 そんなこと言われたら、自分を抑えられないではないか。


「私も……、私もリュートと一緒にいたいっ……!!」


 私はリュートの胸に飛び込んだ。

 その温もりを、私は生涯忘れることはないだろう。


 ◇


 それから。

 一悶着あったものの、私とリュートの婚約は認められた。

 さすがに一足飛びで結婚とはいかなかったが、これ以上ない結果だろう。


「そういえばリュート。

 ミリーが出迎えたとき、どうして私じゃないってすぐに分かったの?

 会話の中から違和感を抱いて気がつくのならともかく、出迎えたときならまだ言葉もほとんど交わしてないはずよね?

 私とミリーは、私自身から見ても見分けがつかないほどそっくりだと思うけど」


「ああ、それは……」


 どこかばつが悪そうに頬を指でかくリュート。


「言っても怒らない?」


「怒られるようなことなの?」


「たぶん」


 私に怒られるようなこと。

 いったいどんな見分け方なのだろうか。


「怒らないから教えてくれないかしら?」


「約束だよ。

 その、出迎えたミリーの胸がいつもより大き……」


 私の右は未来の騎士様を一撃で沈めた。


 ミリーの方が、胸が大きいだと!?

 そんなことあるはずが……。

 服だって同じサイズだし。


 あれ、でも下着はどうだったか。

 さすがに入れ替わるときも下着までは交換していなかった。


 ……あとでミリーに聞きに行こう。

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