大人気の歌い手である俺が、告白してフラれた上に利用されそうな件について。
ヒモートワーカーズ
第1話
放課後の校舎裏というのは存外静かなものだった。
夏休みが明けてから数日が経ち、高校生としての生活リズムを取り戻した今日この頃。俺は一大決心を固めて想い人を待っていた。この気持ちを打ち明けるために。
彼女と初めて会ったのは去年。入学式が終わりオリエンテーションという事で、教室で割り当てられた席に座った時に、彼女から声を掛けてくれた。
『初めまして。これから宜しくね』
そんな他愛もない挨拶だったけど、彼女の笑顔が余りにも綺麗だったから、時間が止まったように彼女の顔を見つめていた。今、思えばそれは一目惚れと言われるものだったんだと思う。それからというもの、席替えで彼女との席が離れるまでは、毎朝挨拶をして雑談をする位の関係になる事が出来た。
東野夏姫は優等生だ。それも絵にかいた様に完璧な。率先して委員長という役職を引き受ける度量に加えて学業も優秀。勉強に遅れていた生徒たちを自習に誘っては、教師役を買って出ていた。(そこには俺の姿もあった。勿論、生徒側でだけど)
そんなこんなで彼女への想いが募っていき、これが恋だと確信するまでにそう時間は掛からなかったんだ。気が付けば、いつも彼女を目で追ってしまうし、休みの日になると彼女に会えないだろうかと、用もなく近所や学校の図書館を訪れたものだが。しかし、結局は何も出来ないまま月日だけは流れていき、遂に終業式が訪れた。
「一年間ありがとう。黒峰君、また、同じクラスになれるといいね」
「う、うん!そうだね……」
うん。って何だよ!言えよ、“君が好きだって”。いつまで、自分に自信が持てないからとか、日を改めようとか、うだうだ理由を付けて逃げているんだよ。
「それじゃあ、またね」
ひらひらと手を振ってくれた彼女を見たこの時、一つの決意をした。目標を達成したら、その時こそ絶対に告白しようと‥‥‥
だから、また2年生でも彼女と同じクラスになれた時は、比喩とかではなく天にも昇りそうにな気持ちになった。
そうして、5か月程の月日が流れ現在に至る。
コツコツ、という足音が段々と近づいてくるのが分かった。
凛とした姿勢で、東野は校舎裏へとやってきた。俺に気が付くと、静かにこちらへと歩みを進めて、目の前でピタッとその動きを止める。少しだけ微笑みを浮かべると、彼女は桜色の唇を開いた。
「黒峰君。それで、お話って何かな?」
東野がそういった時、静かに風が吹いて彼女の綺麗な黒くて長い髪が宙をなびいて舞った。やはり彼女は綺麗だ。それを改めて強く認識させられた。少しだけ猫を思わせる様なクイッと上向いた瞳、通った鼻筋の先端は綺麗な三角形を型取っている。それでいて、誰に対しても平等に優しい。ただ、その優しさを自分だけに向けてはくれないだろうか、そんな気持ち悪い独占欲がいつからか心の中に根付いていた……
本日の朝、彼女の下駄箱に放課後に校舎裏に来て欲しいという内容の手紙を投函したのだ。放課後になり、彼女は手紙の通りここに来てくれた。
言え!言うんだ!ここまで呼び出しておいて、何も言わないなんて嘘だぞ。大丈夫、願掛けだって上手くいったじゃないか。きっと大丈夫。決心が揺らがないようにと、今にも笑い出しそうな膝を数回叩くと、彼女へと力強く視線を向けた。
「東野夏姫さん!1年生の頃からずっと好きでした!こんな僕ですが、付き合ってください!」
頭を下げて、強く瞼を閉じからの決死の叫び。自分の中にある思いを全てぶつけるが如く、言霊を彼女へと放った。しかし、待てど待てども彼女からの返事はない。
強く結んでいた瞼を開くと、彼女は微笑んでいた。これは…?
「ありがとう。黒峰君の気持ち嬉しいよ」
「それじゃあ!」
「だけど、ごめんなさい。私やりたいことがあって、今は忙しくて誰かと付き合ったりって考えられないの」
嘘だろ。“ごめんなさい”というフレーズがここまで辛く感じたことが今までにあっただろうか。
「そう、なんだ」
「・・・・・・これからもクラスメイトとして宜しくね」
申し訳なさそうな笑顔を浮かべる彼女を見ていたら、これ以上粘ってやろうという気持ちに、どうしてもなれなかった。
「こ、こちらこそ」
「それじゃあ、行くね?」
「うん、呼び出してごめん。また明日」
去っていく彼女の背中を見送った後、俺は地面に頭を抱えて伏せた。
「うおおおおおおおおおおおお!!!」
初めての告白だったのに!こんな結果を想像しなかったわけではない。しかし、俺と彼女はクラスメイト。明日からどんな顔して話せばいいんだよ。明日が来なきゃいいのに!なんてことを本気で考えながら、日が暮れるまで地面を何度も転がり続けた。
翌朝
「クソ眠い」
昨日、地面に転がり続けた俺はついに疲れを覚えて、自宅へペタペタという足音を立てながら帰っていた。疲れたし辛いしで、寝て忘れようと思ったのだが、目を瞑るたびに告白の事が頭を過り、その悔しさを作業に没頭することでなんとか忘れようと試みたのだが、ついに眠る事が出来なかった。
いつもは授業開始5分前に滑り込むのだが、この日は早めに登校した。特段する事もなかったが、部屋にいて寝落ちすることを恐れたからだ。そんなわけで、クラスで一番に登校するという偉業を成し遂げたものの、何の充実感も持てないまま机に突っ伏して仮眠をとることにした。
あれから、何分くらい経ったのだろうか?気が付けば、ガヤガヤとしたクラスメイト達の雑談が耳に入ってきた。
「ねえ、聞いた?クロスの新曲。今回も神がかってたよね!深夜のアップロードなんて初めてだったから、今朝気が付いたよー」
「あたしは、アップロードされて直ぐに見たけどね!今回も神だったけど、あの歌声はマジでやばいわ~。低音の部分が特にくるんよね。おまけにクロスが歌う失恋ソングなんて初めて聞いたけど、マジ切なくなるわ」
「今朝の段階で、再生回数10万もいっていたし、今回は何処まで伸びるんだろー?顔出しはしていないけど、絶対イケメンだよね」
「当ったり前じゃん!!あー、どんな人なんだろう?絶対顔も性格も完璧っしょ」
ガタンと机を叩き、興奮した様子でクロスについて語るクラスメイト。その、大きな音と声につられて思わず彼女たちを一瞥すると、露骨に視線を逸らされた。決して口に出して言われたわけではないが、吹き出しをつけるなら、『何見てんだよ?ああん』という感じだろうか。
ナニコレ?超悲しいんですけど~。
……何がクロスだよ。そいつは、お前たちが思っている様な奴じゃねーぞ。女々しくて容姿も普通で、声以外は何の特徴も無いつまらない人間だ。
無駄に意識が覚醒してきて、一限の教科書でも準備しておこうとした時。背後から、ぬうっと影が差した。
「おはようございます、黒峰君。目の下のクマが凄いですけど体調優れないんですか?」
「ふぁ!‥‥‥あ、いえ!大丈夫です」
「うん、元気いっぱいそうですね?安心しました」
突然声を掛けるのは毎度思うけどやめて貰いたい。なんか、こう心臓がきゅってなるからさ。
俺の事を不思議そうに見ている小柄な女子、クラスメイトにして保健委員を務める
「私はよく知らないんだけど最近流行っているみたいですね。クロスさん?」
「あ、ああ。そうみたいね」
「お歌がとても上手らしいですよ。おまけに顔も格好良くて、性格もいいって友達が言っていました」
「それは友達が間違えているから、直ぐにでも訂正しておいた方がいい。平々凡々なマジでつまらない奴だと」
俺の発言を聞いて、顔にはてなマークを浮かべた虎見はジーッと愛くるしい瞳で俺を見つめた。
「お詳しいんですね。黒峰君も、yo-tubeはよく見るんですか?」
「まあ、人並み程度には。虎見は?」
「うーん。動物の動画はよく見ますよ。最近ですと、ムチ丸って子犬が凄く可愛いんですよ」
カラカラとした鈴みたいな笑い声をあげながら、彼女は楽しそうにしている。
2年生に進学した初日、俺と虎見はお隣さんになった。そして、新学期になって行った席替えでも並んで授業を受ける事となったのだ。趣味が将棋という俺たちは、それが切っ掛けとなりよく話をするようになった。高校生で将棋が好きというのは、結構なマイノリティーである。お互いが仕入れた情報を毎日の様に語っている最中、プライベートな話を良くするようになったにせよ、こんな普通の高校生らしい会話をしたのは初めてかもしれない。今までの会話を思い出すと、
「藤見七段、強いよね。今、勝率どれくらいだっけ?」、「つくつくぼうし戦法って指しこなすの難しいよねー」だとか、「台所シンクの水垢の掃除には、温めたお酢がいいらしいですよ」みたいな、どこか熟年夫婦みたいな会話が主だった。
だからか、虎見と最近の若者の様な会話を行えることは感慨深いものがあった。彼女は齢16にして、何処かお婆ちゃんみたいな感性の持ち主だと感じていたからだ。
そうしていると、担任の奥田先生(26歳独身の美人)が、カラカラとドアを開いて登壇した。なんか眠そうだな?
「それじゃあ、HR始めるぞ。静かにして席に着け。ん、ああ。今日は委員長の東野は休みだから、副委員長号令を頼む」
東野、今日休みなのか。
それは心配だな、と思う反面、どこか安堵している自分もいた。昨日の今日だし、どうやって話せばいいのか分からなかったから。
そんな思いと、未だに消える事のない眠気を引きずり、さっさと時間が流れてくれる事を祈りながら、俺は筆記用具に手を伸ばした。
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