フェアリーズ・ソード

スーザン

第1話 敗北から始まる物語

 負けた。

 中学の剣道全国大会で完全優勝を果たしたこの俺が、まさかの剣道で負けた。

 しかも相手は女だ。

 試合形式こそ特殊ではあった。

 俺は普通の剣道で相手の女はフライングスーツありでの試合だった。

 しかし、それでも、剣道を絡めた試合で俺は負けた。

 令和の宮本武蔵と謳われたこの俺が負けたのだ――


 にしても、初めての敗北による失意。それと同時に沸き立つ感情は何なのだろうか?

 あの女の動き、それと華麗な剣技を思い出すだけで俺の心はざわついて仕方がない。もしかして俺はあの女の剣技に憧れのようなものを覚えているのだろうか?

 いや、あり得ない。そんな事あり得るわけがない。

 そもそもあの試合はちゃんとした試合とは言えないしな。

 てか普通の剣道対フェアリーズ・ソードって何なんだよ。フェアリーズ・ソード?競技名自体知らないのだが。


 高校の入学式、その最中にそんな事を考えていると、今度は生徒会長とやらの話が始まるとのアナウンスがあった。なので壇上へ目を向けると、そこには見覚えのある女の姿が――


「あ~~~!!」


 その姿はまさしくこの俺を先日負かした女であった。

 いずれ仕返ししてやろうと思っていただけに、不意に目に入った瞬間思わず絶叫。

 そのせいで周囲の目がこちらを向き、女も俺を見る。そしてフッと不敵そうな笑みを浮かべた。


「そう、この私こそがそこらの男子生徒が一目見た瞬間、絶叫してしまうような美少女、その名も花京院響かきょういんひびきである!因みにこの学園の生徒会長でもあるのでよろしくぅ!」


 ――アイツ、今自分で美少女って言わなかったか?いや、言ったよな?確実に言ったよな?てか生徒会長ってあんな高飛車でもなれるのかよ!


 それから生徒会長による挨拶が始まり、終わると頭を下げて壇を降りる。その際、目が合ったのだが、何故かウインクされた。


 で、その後校長の挨拶が始まったのだが、その長さと言ったらもう眠気が襲う程だった。その眠気に堪えるのがどれだけ苦痛だった事か、来る高校を間違えたかもしれないと思う程だった。





 入学式が終わると、自らの教室へ行って自己紹介やらこれからの説明等と言った軽いレクリエーションがあった。

 それらが終わると、その後は放課後となったわけだが、俺はとある部活動を探す事にした。

 その部活動名は件の【フェアリーズ・ソード】である。

 別に入部がしたいからというわけではない。ただあの女に再戦を挑む為だ。負けたまま何もしないのは納得いかないからな。


 たまたま通りかかった上級生から話を聞いてフェアリーズ・ソード部?とやらがどこで行われているかを尋ねる。それによるとどうやら活動は学校の近くにある浜辺で行われているようだ。

 その浜辺の場所を聞いた後、すぐさま浜辺へ。

 で、到着するやあの女と思しき姿を見付け、駆け寄る。が、その恰好を見て思わず三歩後退する。


「な、な、何じゃそりゃー!!」


 俺が絶叫した理由、それは偏に女と思しき人物が際どい衣装を着ていたからだ。

 背中部分が大きく開けた黒赤生地のコントラストの少ないスーツ。それだけでもおかしいってのにその頭にはまるで剣道の面防具を思わせる黒いヘルムが被せられ、両肩にも防具と思しき赤のバットが被せられ、両肘両膝も黒い小さなシールドで覆われている。ぱっと見ではまるで――いや、丸っきり変態である。


「いや、いきなり叫ばれてもだね、君……って、君は確か……あの時の負け犬君!」

「誰が負け犬かー!?」


 あまりの言いぐさに憤慨した俺は、女にドロップキックを仕掛ける。が、寸での所で上方に飛ばれ、避けられてしまった。


「くっ、個性的なスーツを着ていると思ったら例のあれかよ!」


【例のあれ】


 それはあの女の飛行を可能としているスーツの事を指している。

 科学技術が発展し、ついに重力操作についての技術を得た人間の至宝とも言えるスーツ。その名もフライングスーツ。読んで字の如く人間の飛行を可能とするもので、その飛行を実際に行うにはそれなりの想像力と精神力が求められると言われている。

 因みに、俺は使用した事が無いのでそのメカニズムは今のところちゃんとは把握できていない。


「おいこら逃げるなぁー!!」

「キャッハハハハハッ!見てください斎藤さんの奥様!負け犬が遠吠えしておりますことよ!オッホホホホホッ!」


 背に携帯していた竹刀を構える俺を挑発するかの如く嘲笑う女。その表情は下卑ていて、まるでその心の醜悪さを物語っているかのようだ。


 ――くっ、あんな性格の悪そうな女がどうして生徒会長を!寧ろその逆だろうに!


「ほら、わんわんっ!と鳴いてみなさいな!」


 ――しかもなんて言いぐさ!人をおちょくる事に長けている!ほんと、何であんなヤツが生徒会長になんかなっているんだよ!世の中間違っているとさえ思えてくるな……それと、ここでアイツの挑発に乗ってはきっと先日の二の舞になってしまう。つまりまんまと二度目の敗北、再び辛酸を味わう事になりかねない。再戦はするとしてここは冷静になる為に我慢だ……我慢……


 自分に言い利かせつつ、三回の深呼吸。そこでやっと落ち着いたので顔を上げて女に目を向ける。


「悪いが再戦を申し込ませてもらう。今度は前回のようには行かないぞ」


 そう言って俺は竹刀を両手で構え、目を閉じる。


 ――一方的な再戦の申し込みをしてしまったがあの女の事だから受けるに違いない。もし受けないのなら試合はそこまでとなってしまうが、そこはあの女の勝負魂に賭けるとしよう。


「さあ、どこからでもかかって来い!」


 ――それと、俺が目を閉じたのには理由がある。それは今こそ奥義を使う時だと思ったからだ。唯一俺が会得している奥義、その名も心眼流滅破しんがんりゅうめっぱ。心の眼で相手の気配を捉え、相手が射程圏内に入ったら音速の斬撃でその首を狩る。そんな危険とも言える奥義を使う為である。


「キャハッ!再戦ですって?そんなもん……受けるに決まってるじゃない!」


 相手が動き出した気配を感じる。その速度は凄まじく、もし俺が目を開けたままだったらきっとその陰すら捉える事は叶わないだろうって程の速さだ。


 気配が正面から一直線に迫ってきている。が、やがて攻撃の範囲内に入るという所で、その気配は俺からすると時計回りに弧を描いた。そして背後まで来ると、一気にこちらへ向かってくる。


 うっすらと目を開けている可能性を加味して敢えて死角である背後に回ったのか、はたまた本能でそうした方が最も効率良く俺を倒せると思ったのかは分からないが、その判断は女にとっては命取りな選択だ。

 何せ、心眼流滅破には死角など無い。三百六十度、如何なる場所への攻撃も可能とするのがこの奥義の最大の長所である。しかも音速の斬撃なのだから――


 ――そこだっ!!


 避けられるはずもない。それどころか相手にとっては斬撃を目で捉える事すら叶わないだろう。


 刀身が女と思しき気配に直撃するまで残り三十センチ、二十センチ、十センチ、そして――


 何故か刀身は直撃せず、スカッ!と空を切るだけだった。


「ほへ……?」


 今まで心眼流滅破を実戦で使用した事は一度もなかった。けれどその奥義を会得する為に何度も素振りの練習を行い、数多の実験台を葬って来たので、その攻撃が躱される事なんて絶対に無いと自負していた。それなのにこの手に伝わる空だけを切る感触。まさかの事態に頓狂な声を出しながら、恐る恐る目を開けてみると――


「嘘、だろ……」


 まさかと言うべきかやはりと言うべきか、案の定と言うべきかそこには誰も居なかった。


 ――もしやあの女は気配だけをこちらに飛ばしたのか!?いいや、違う……きっとあの女は――


「ごぱぁっ!?」


 背中に物凄い衝撃が走った。そのせいで横隔膜がびっくりしたのか呼吸困難に陥り、魚のように口をパクパクと開閉させる。同時に膝から崩れ落ちて前方に転倒。それから暫しの間、魚のようにビクンビクンと身を跳ねさせて悶絶するのであった。


「キャハッ!私の圧勝、つまり圧倒的勝利ね!」


 衝撃のあった方向から声が聞こえたので視線だけをそちらに向けると、そこには悪どい笑みを浮かべる女の姿があった。


「そ・れ・と、多分君の想像通りよ!私は君の放った剣速を超える動きでその攻撃を躱したの!だーかーらぁー、元から君に勝ち目は無かったの!残念でしたぁ~!キャハッ!」


 ――やっぱりそうか……でも……普通そんな事……そうか、フライングスーツか!フライングスーツは想像力と精神力次第で爆発的な加速も可能にするらしいからな。でも、だからって音速を超える速度で攻撃を躱すだなんて……そんなの有りかよ……てか普通は衝撃波とか空気抵抗の影響とかがあって悲惨な事になると思うのだが?それなのに……


「この……化け物女め……」

「あら?やっと喋ったかと思えば、そんな汚い口調。しかもこの生徒会長であり美少女でもある私に対してとは……君、よっぽど死にたいようね。でも安心して、殺しはしない。けれどその代わりぃ~」


 そこまで言うと、女は俺の持っていた竹刀を右手で拾い上げた。それから何をするかと見ていれば、唐突に――


「ふんぬっ!」


 両端を掴んで、その中心部に右膝蹴りを食らわせてへし折りやがった。


「ちょっ!?な、なんて事しやがるんだ!それは俺がじいちゃんから形見として貰い受けた大事な竹刀なんだぞ!?そ、それを……それを……なんて酷い!!」

「大丈夫、傷は浅いから安心して良いわ!」

「深いから!マリアナ海溝ぐらい深いから!てか勝手に浅いって決め付けるなよ!」

「あー、それとついでにその髪、もういらないよね?剃毛……しよっか☆」


 どこから取り出したか、女はいつの間にか右手に剃刀を持っていた。いや、剃刀というか寧ろ髭剃りである。しかもまさかのT字。難易度高ぇ!!


「しねえよ!!つか鬼かよあんたっ!?さすがにやり過ぎだぁー!!」

「いやぁー、だって再戦申し込んできたのは君の方だし、というか急な再戦の申し込みに今更ながら憤りを覚えてしまって仕方がないっていうかぁ~。だ・か・ら、しよっか?剃毛☆」

「……な、何でもしますからそれだけはマジで勘弁してください!!」


 もうね、プライド?何それ食えるの?状態である。

 剃毛するぐらいならプライドなんかいらない。

 それにこの女が髪の剃毛だけで済ませてくれるとは限らないし、最悪下の毛まで剃られ兼ねないのでプライドを保つどころの話ではない。

 それを避ける為なら俺はプライドだって簡単に捨てられる。

 俺はそういう男だ。


「……らーめっ☆」

「ちょっ、待っ……あっーー!!」


 ここから先はあまり覚えていない。

 あまりの出来事に脳が理解を拒んだのか、はたまた一瞬の出来事だったのか、いずれにせよ気付けば俺は丸坊主――いや、それどころかスキンヘッドになっていた。

 そしてこれこそがこの俺、宮本武みやもとたけるとその性悪ご主人様である花京院響の出会いであった。

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