ありがとうも言えないままに

鳴海路加(なるみるか)

1

 月明かりの下で、ライトアップされた薄紅色が広がっていた。

 少し浮き足立った周りの雰囲気とは対照的に、俯いて歩く私がいた。鮮やかな色なんて目に入らないくらいに。


 私は今日、3年付き合っていた、大好きな彼氏に別れを告げられた。"好き"の形が変わったとしたのなら、悲しいけれどまだ仕方ないとも思えた。人の気持ちは変わり行くものだから。

 けれど、そんなのじゃなかった。


 彼には、他に愛する人がいた。その人とはいつからなのかはわからない。けれど、彼は私ではなくその人を選んだのだ。


 私より4つ年上の彼だった。

 子どもっぽいと思われたくなくて、釣り合うように目一杯背伸びをした。"しっかりしている彼女"を、頑張って演じていた。本当は甘えたい時も、彼に"重い"と思われたくなくて。ほとんど恋愛をしたことのなかった私は、彼に嫌われたくない一心だったのだ。


 けれど彼は、可愛くて甘え上手で、守ってあげたくなるような子がタイプだったらしい。

 彼が選んだのは、そういう子。『寂しい?』なんて訊かれて、素直に『うん』と言える子。私とは、真逆の子。

 衝撃的だったのは、その子のお腹には彼との新しい命がすでに宿っていたこと。ふたりは結婚するらしい。


 さっき、久しぶりに会えた彼に言われた。


「シオさ、俺じゃなくてもいいんじゃないかな」


しばらく仕事が忙しいだなんだと理由をつけて会うこともできなくて。ようやく会えたと思ったら、顔を見るなり言われた言葉。

 何を言われたか、最初は理解ができなかった。何も言えずに、そのまま固まっていた私。


「俺、しっかりしてるシオ、好きだけど。でも彼女って言うより、母親みたいな感じがするんだよ。年下だけど、甘えてくれるわけでもないし。しっかりしすぎてて、息が詰まるっていうかさ」


頭を掻きながら彼は続けた。そのまま、一方的に話された。他に好きな人がいて、その人がどんな子か、子どもができたこと、結婚することまで。


 私がしていたことは意味がなかったんだって、思いしらされた。背伸びして、重くないように、嫌われないように、と頑張っていた私の想いは少しも伝わっていなかったんだって。

 ショックだった。なのに、それまでの"しっかりしている彼女"のままで、言ってしまった。本当は違うことを言いたかったのに。


「私も、晃じゃないと思う」


 それが精いっぱいだった。本当に可愛くないと、自分でも思う。

 引き止めたかった。本当は。『嫌だ』って、『別れくない』って、『傍にいて』って。泣きたかった。

 けれど、もう、彼の気持ちは私には無いって、わかっていた。だから諦めるしかなかった。認めるしかなかった。あの言葉は、私にできる精いっぱいの強がり。

 だから、私から言った。


「ばいばい」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る