真由子ちゃんの行方

『……ぼくサトルくん。今ミナト市にいるよ』

耳に当てたスマホから、くぐもった声が聞こえてきます。ミナト市と言うのは、隣の県にある都市の名前。どうやら呼び出しの儀式は成功したようです。

私と葉月君は公園から、近くにある人気の無い神社へと移動していました。

もしも真由子ちゃんがサトルくんにさらわれたのなら、一戦交えることになるかもしれないということで、戦いやすそうなここを選ました。

公衆電話から私のスマホに電話して。そうしたら狙い通り、サトルくんから電話が掛かってきたのでした。

「サトルくん、お聞きしたいことがあるのですけど」

『ぼくサトルくん。今ミナト市にいるよ』

「サトルくん、聞いていますか? サトルくん?」

『ぼくサトルくん。今ミナト市にいるよ』

こっちが何を話しても、サトルくんは同じことを繰り返すばかり。やっぱり手順通りやらないと、質問に答えてはくれないみたいです。

「仕方ありません。一度切りましょう」

スマホを切ると、隣にいる葉月君ともどもふうっと息をつきます。

危険ですから椎名さんたちは家に帰していて、今は彼と二人きりです。明美ちゃんはあたしも残るって、最後まで駄々をこねていましたけど。

「明美ちゃん、よほど真由子ちゃんのことが心配なのでしょうね」

「うーん、どうだろう。本当にサトルくんが来るか気になってただけみたいに思えたけど」

まさかそんな……いえ、ありえます。

そういえばこの前の塀の壁のシミ事件の時も、明美ちゃんがイタズラしたのが、巻き込まれた原因でしたっけ。

そんな話をしていると、再びスマホが震えます。出てみると、掛けてきたのはまたしてもサトルくん。さっきは隣の県にいましたけど、今度は県内にある市の名前を告げてきます。

それから電話が掛かってくる度に、サトルくんはだんだんとこっちに近づいてくる。

「さっきは隣町でしたね。と言うことは、いよいよ次で到着でしょうか?」

「たぶんそうだろうね。背後にはくれぐれも気をつけて……っ! 誰だ、そこにいるのは!」

話の途中で急に大声をあげ、社の角に鋭い目をむける葉月君。

確かに気配がします。まさか、サトルくんが来たのですか?

「わー、待って待ってー。あたし達だからー!」

「え、明美ちゃん? それに宗太くんまで」

社の影から現れたのは、家に返したはずの二人。けど、ここにいるってことは。

「山本さん、やっぱり帰ろうよ。僕達がいたって、邪魔になるだけだよ」

「でも、お姉ちゃんたちは真由子ちゃんと会ったことないんだもの。あたしたちがいた方が何かわかるかもって、宗太くんだって言ったじゃない」

「それはそうだけど~!」

オロオロした様子で、明美ちゃんと私達を交互に見る宗太くん。

あー、うん。だいたいの事情はわかりました。すると更に。

「あー、やっぱりアンタたちここにいたー! ついて行っちゃダメって言ったじゃない!」

今度は鳥居の方から、椎名さんがやって来ました。どうやら二人を追いかけて来たようです。

「ごめんね、チビ達が邪魔しちゃって。ほらアンタたち、さっさと帰るよ」

「ええー、でもー」

「『でも』じゃない! いいから言う事を聞きなさい。前も危ない目にあったんでしょ」

怒られて、しょんぼりする明美ちゃん。可哀想だけど、椎名さんの言う通りです。

「気持ちはわかりますけど、本当に危ないんです。もういつサトルくんから最後の電話が掛かってくるか、分からないのですから————」

リリリリリッ! リリリリリッ!

瞬間、突如スマホが着信音を鳴らし、その場にいた全員に緊張が走った。

ーーっ! もう掛かってきましたか。まだ椎名さん達がいるっていうのに。

「知世、その電話もしかして、サトルくんから?」

「たぶん、そうだと思います。ど、どうしましょう?」

今出たら椎名さん達を巻き込んでしまいますから、いったんスルーするべき? いえ、たしかすぐに出ないと、儀式は失敗するはず。いったいどうすれば……。

「全員社に背を向けて、横一列に並ぶんだ! 俺かトモが良しと言うまで、絶対に後ろを振り返らないで!」

迷っている所に葉月君の号令が飛びます。

この状況じゃ仕方がありませんね。椎名さん達は瞬時に動いて、私達は一列になりました。

「ああ、もう。結局逃げ遅れちゃったじゃないの。アンタたち、後で覚悟しときなさいよ!」

「「ひぃ~!」」

過ぎた事を言っても仕方がありません。ゴクリと息を飲みながら、スマホをタッチしました。

「……ぼくサトルくん。今、君たちの後ろにいるよ」

声が聞こえてきたのは、スマホからだけではありません。私達の背後から、全く同じ声が響いてきたのです。

だけどその声を聞いたとたん、まるで喉元に刃物を突き付けられたようなゾクリとした恐怖と、重くのしかかるような圧が、全身を襲いました。な、何ですかこれは⁉

まるで全身を氷の針が刺しているみたい。冷たくて苦しくて、気持ちが悪い。

「トモ、これはかなり……」

「はい。思っていた以上の、大物みたいですね」

背後に感じるのは、今まで戦ってきたどの霊よりも禍々しい、大きな力。これがサトルくんなのですか?

相手は都市伝説の怪物。侮っていないつもりでしたけど、これは想像していたよりもはるかに強力な相手のようです。

もしも振り返ったら、祓い屋の私や葉月君でも無事ではすまないかも?

「ぼくサトルくん。君たち、ぼくに何か聞きたいことがあるんだよね。何かなー?」

発せられる圧とは裏腹に、楽しげな口調で話しかけてくるサトルくん。けどその声に、どこか違和感を覚えました。

さっき電話で話していた時は気がつきませんでしたけど、これって女の子の声?

「ああーっ!」

疑問に思っていると、明美ちゃんが驚いたような声をあげます。

「これ、いなくなった真由子ちゃんの声だよ」

「本当だ。サトルくんを呼んだのに、どうして⁉」

明美ちゃんだけでなく、宗太くんも混乱している様子。私も何が何だかわかりませんけど、そこに渇を入れるように葉月君の声が飛びます。

「みんな落ち着いて。絶対に振り返ったらダメだからね! サトルくん、真由子ちゃんって女の子が行方不明になってるんだけど、その子がどうしていなくなったか知らない?」

「真由子ちゃん? ああ、この体の持ち主のことだね」

「体の持ち主? まさか君、その子の体を乗っ取ったの⁉」

「ふふふ。真由子ちゃんはね、ぼくを呼び出したはいいけど、途中でうっかり振り返っちゃったんだ。だから罰として、体を頂いたんだよ。おかげでぼく、すっごく強くなったんだ。ふふふ、ふははははははっ」

まるで自慢しているみたいに、楽しげに笑うサトルくん。そしてその話を聞いて、私と葉月君は状況を察しました。

「どうやらサトルくん、振り返ってしまった人に取りついて、体を乗っ取ることができるみたいですね」

「それにさっきの口ぶり。もしかしたらコイツは誰かに憑依することで、力を増す妖なのかも? だったらこの霊力にも納得だ。真由子ちゃんに取りついた事で、強くなってるんだ」

「せいかーい。お兄ちゃんたち、頭いいね」

あっさりと認めるサトルくん。これで事件は彼の仕業だということがハッキリしました。

けど真相がわかっただけでは、真由子ちゃんを助けられません。

「ねえ、振り向いちゃったことはあたしからも謝るから、真由子ちゃんを返してよ」

「僕達のクラスメイトなんだ。だからお願い」

振り返らないよう気を付けながら懇願する、明美ちゃんと宗太くん。するとサトルくんは少し間をおいて、返事をします。

「それじゃあ一つゲームをしようか。真由子ちゃんを見つけることができたら、君たちに返してあげる」

「見つける? けど、後ろにいるんでしょ。だったらこれで、ゲームは終わりじゃない」

椎名さんが不思議そうに聞きます。けど、サトルくんはすぐさまこれに答えます。

「ダメダメ。ちゃんと真由子ちゃんの姿を見ないと、見つけたとは認めないよ。どうする? 今後ろを向けば、すぐに見つけられるよ」

誘うように言ってきますけど、ダメです。もし後ろを向いたら。

「椎名さん、これは罠です! 振り返ったら真由子ちゃんを返す前に、椎名さんまで取りつかれてしまいます!」

「振り返っちゃいけないのが、サトルくんのルール。先にこっちがルールを破ったなら、真由子ちゃんを返す必要もないってことなんだろうね。きっとコイツは意図的に、後ろを振り返りたくなる状況を作ってるんだ。振り返った人に取りついて、力を得るために」

おそらく真由子ちゃんも、振り返りたくなるよう言葉巧みに誘導されたのでしょう。

反面、振り返りさえしなければ襲われることはないはず。妖の中には、ルールの上でしか動けないものもいるのです。

けどどうします? このままじゃ真由子ちゃんは返してもらえない。けど振り返ったら、サトルくんに取りつかれる。こんなの八方塞がりじゃないですか!

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