トモのことが好き

呪いの件があった、次の日の月曜日。

葉月君が転校してきてからは、一緒に学校に行くのが当たり前になっていましたけど、今日は久しぶりに一人での登校。

教室に行くと葉月君はすでに来ていて、彼の周りには松木さんたちの姿もありました。

葉月君達、何を話しているのでしょう?

もしかして呪いのことを問い詰めているんじゃって思いましたけど、よく見ると葉月君は怒っていないみたいで。むしろ楽しそうに笑っています。

「……それが俺の休みの日の過ごし方だよ。よかったら今度、松木さんも一緒に行かない?」

――っ! あんなことがあったのに、なに楽しそうにお喋りしるんですか⁉。

しかも今の、まるでデートにでも誘うようなやり取りは何ですか?

私は勝手です。自分から葉月君を突き放したのに、なぜか胸がとても苦しい。

ええい、もう。余計な事を考えるのはやめましょう。葉月君や松木さんが何を話していようと、私には関係無い……。

「……廃校、墓場、自殺の名所。心霊スポットめぐりをするなら、俺に任せてよ」

……ん?

楽しそうに声を張り上げてる葉月君ですけど、何だか話の内容がおかしな気が。

そしてよくよく見ると、松木さん達は困ったような、引きつったような顔をしています。

「昨日は町外れの廃ビルに行って、ホームレスの幽霊と戦ってたんだ」

「へ、へえー。そ、そうなんだー」

「幽霊と言っても、見た目は普通の人間と案外変わらないんだよね。松木さんは、幽霊見たことある?」

「な、無いけど」

「そっか。だったら今度、心霊スポットに行こうよ。あ、でも行くなら護身用に術を覚えておいた方がいいか。術を使う時は呪文を詠唱してね……」

「ご、ごめん葉月君。あたしそういうのはちょっと……」

いきいきと喋る葉月君とは逆に、松木さん達は早く話を終わらせたい様子。

当たり前です、今の葉月君は、まるでオカルトマニア。心霊スポットだの呪文詠唱だのを大真面目に語られても、普通なら困りますよね。

嫌な例えですが、漫画を読むのは好きなくせに漫画を描いている人のことをバカにする人と、似たようなものでしょうか。

自分達だって面白半分で呪いをかけたのに、本気のトーンでオカルトについて語る葉月君には、ついていけない様子。ドン引きしているのが丸分かりですよ。

葉月君だって、それくらい気付いているでしょうに。たまらなくなった私は、ずかずかと彼に歩みよる。

「葉月君! いったい何の話をしてるんですか!」

「あ、トモ。おはよう。今松木さん達と、心霊スポットに行かないかって話を……」

「そんな話は今すぐ止めて、こっちに来てください!」

普段学校では絶対に出さない大声をあげて、葉月君を引っ張って行く。

こんなことをして、また松木さんたちに目をつけられないかって? たぶん大丈夫。

だって彼女達、解放されてホッとした顔してましたもの。それどころか、早くそいつをどこかへ連れて行けって、目で訴えかけています。

「……葉月君をお借りしますけど、いいですよね?」

「構わないから、さっさと連れてっちゃって」

少しは嫌な顔をされるかとも思ったけど、まるで厄介払いをするかのような態度の松木さん。

少し前まであんなにご執心で、私に呪いまでかけたというのに、勝手な話です。百年の恋も、冷めるのは一瞬というわけですか。

けどこれは好都合。私は遠慮無く葉月君を廊下に連れ出すと、彼に問い詰めます。

「今話してたのって、祓い屋のお仕事のことですよね。いったい何を考えているんですか⁉」

「別に良いでしょ。祓い屋は秘密の組織ってわけじゃないし、別に喋っても何のペナルティもないじゃない。トモだって、椎名さんとは話してるじゃん」

確かに彼の言う通り、祓い屋の活動は誰かに話しちゃいけないなんて決まりはありません。

けど普通は話したところで本気にされずに、痛い人って思われてしまうことがほとんど。術の詠唱とか、中二病もいいとこですよ。

「椎名さんは怪異に遭遇した経験があるから、話が通じるんです。普通の人に話したらどんな反応をするか、わからないわけじゃないですよね?」

「そうだね、松木さんたち困ってた。けど、別に良いじゃん。これで引かれて縁が切れるなら、所詮それまでだったってことだよ。それよりも……」

急に声のトーンが変わったかと思うと、いきなり両肩に手を置いてきました。

きゃ! な、なんですか? そんな風に見つめられると、心臓が変にドキドキするのですが。

「俺は、トモと一緒がいい。祓い屋をやってるのは本当なのに、その事を話して引くような人と無理して仲良くしたって、つまんないじゃん。それよりは好きな子と、一緒にいたいよ」

「す、好きな子って……」

「俺はトモのこと好きだよ。昔からね」

「―—っ⁉」

いきなりの発言に。頭が爆発しそうになる。

チョ、ちょっと待って。いったん落ち着きましょう。きっと彼の言う好きは友達として、仲間としての『好き』。決してああいう意味では無いはずです。

葉月君のことですから、わざと松木さん達にオカルトトークをしてドン引きさせたのでしょう。自分に興味を失くさせることで、私を守ろうとしたわけです。

葉月君、案外優しいところもありますからねえ。

けどそれは祓い屋仲間を、あるいは妹弟子を助けたいという思いから。だから変な勘違いをしてはいけないって分かっているのに。

好きって言われて、頭が沸騰しそうなくらい熱くなる。こういう時、なんて答えれば良いのでしょう? なんて答えれば……。

「あ、こんなところにいた! 知世ー、葉月くーん!」

頭の中がグチャグチャになる中、急に名前を呼ばれて思わず体を震わせる。慌てて声のした方を見ると、廊下の向こうで椎名さんが手を振っていました。

「残念、邪魔が入っちゃった」

葉月君は掴んでいた手を放して。解放された私は、ホッと息をつきます。

は、恥ずかしかったー。あれ、けど不思議と少し残念な気がするのはなぜでしょう?

そんな事を考えていると、葉月君が小声で囁いてきます。

「そうそう。昨日は学校では話しかけないでって言われたけど、アレは無しにしてもらうから。さっきはトモの方から約束破って声をかけて来たんだから、文句はないよね?」

う、そこをつつきますか。まさか私が声をかけずにはいられなくなることまで考えて、大きな声で話してたのでしょうね?

「しかたがありませんね。確かに先に話しかけたのは私ですから。今まで通り、よろしくお願いします」

ぶっきらぼうに返事をしましたけど、本当はすごく嬉しい。だってやっぱり葉月君と話せた方が、私だって楽しいですから。

あの様子だと松木さん達、葉月君に興味をなくしたみたいですから、もう呪いなんてバカなまねはしないでしょう。いえ、もしまた何かされても、今度は私もちゃんと戦いたい。

今回は葉月君が助けてくれましたけど、頼ってばかりなんて嫌ですから。葉月君のパートナーとして恥ずかしくないよう、私ももっと強くならないといけません……。

「知世―! おーい。聞いてるー?」

「はっ! し、椎名さん。な、何でしょう?」

いけません。椎名さんの事をすっかり忘れてしまっていました。葉月君のことも大事ですけど、今は椎名さんですよね。

「探したよ。スマホに連絡したの、気づいてなかった?」

「そうだったんですか? ごめんなさい、ちょっと取り込んでて」

「まあ良いけど。あ、あのさ。実は知世と葉月君に、相談したいことがあるんだけど……」

何だか言いにくそうな椎名さん。いつもと違う様子に、私達は首をかしげます。

「ちょっと気になることがあってね。祓い屋としての、二人の意見を聞きたいの」

祓い屋として。それって、霊絡みの相談ってことですか?

思いもしなかった彼女の言葉に、私と葉月君は顔を見合わせる。

松木さん達の件はどうにかなりましたけど。どうやら私達に、安息の時はなさそうです。

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