峠を走る幽霊

お約束の転校生

高校のお昼休み。少し前までは一人で昼食をとるのが当たり前でしたけど、最近では椎名さんと一緒に食べる事も多くなって、嬉しいです。

中庭のベンチで並んで座り、おにぎりをかじっていると、自然と笑みが零れてきます。

「ねえ知世、なんか嫌な事でもあった? 今日ずっと不機嫌そうな顔してるんだけど」

げほっ、げほっ! 思っていた事と真逆のことを言われて、思わずむせてしまいました。

「何を言っているのですか? 全然そんなことありませんよ」

「ならいいけど。あ、そう言いえば今日知世のクラスに、転校生が来たんだよね。可愛い感じのイケメンくんだって、うちのクラスの子達も騒いでてさ……って、怖い怖い! 顔、メチャクチャ怖くなってるよ!」

椎名さんったら失礼な。私はただ、眉間にシワを寄せているだけです。

それにしても、転校生が可愛いイケメンですって?

「そんなのデマです。ぜんっぜん可愛くなんてありません!」

「そ、そうなの? けど珍しいね、知世がそんな風に言うだなんて。ひょっとしてその転校生と、何かあったの?」

それはまあ。あったと言うか、なんと言うか。

「あ、トモ。ここにいたんだ」

「——っ! 葉月君」

振り返るとそこにいたのは噂の転校生。もとい私の兄弟子の、葉月風音君です。

そう、話にあがっていた転校生というのは、彼のことなのですよね。

「ひどいじゃない、お昼に学校を案内してって言ったのに」

「知りません。私じゃなくて、他の人に頼めばいいじゃないですか。朝から沢山の女子に質問責めにあっていたみたいですし。案内したがる子はいると思いますよ」

「俺はトモに案内してもらいたいんだけどなあ。もしかして、ヤキモチ妬いてる?」

「妬いてません! あまりふざけたことばかり言ってたら怒りますよ!」

本当は、もうとっくに怒っているのですけど。

そして椎名さんは、こんな私達の会話をポカンとながめています。

「え、何々? ひょっとして彼が噂の転校生くん? ずいぶん仲良いみたいだけど」

「良くありません。ええと椎名さん、彼はですねえ……」

こうなった以上仕方がありません。二人にお互いのことを、紹介するとしましょう。

葉月君が私と同じ祓い屋であることや、椎名さんとはマラソン大会がきっかけで知り合った事を、簡単に説明します。

「なるほどね。だけど良かった。トモ、ちゃんと友達いたんだ。昔からコミュ障だし、教室では誰とも話してないみたいだったから、ちょっと心配してたんだ」

「今日は葉月君のせいで、悪目立ちしてしまいましたけど」

朝のホームルームではビックリしましたよ。だって先生に連れられて、葉月君が教室に入って来たのですから。転校してくるなんて聞いていなかったので、どれほど驚いたか。

しかも葉月君、自己紹介で「水原知世さんとは旧知の仲です」なんて言うんですもの。私まで注目されて、恥ずかしかったですよ。

それどころか実は、葉月君が今住んでいるのって私と同じアパートなんですよね。昨日の夕方、引っ越しそばを持って訪ねてきて、「今日から俺もここに住むから、ご近所付き合いよろしく」なんて言うんですもの。

できればその時に、転校のことも教えてもらいたかったです。

「まさか知世に続いて祓い屋の知り合いができるなんてね。ねえ、そんな昔からの知り合いって事は、葉月君は知世のこと、色々知ってるの?」

「まあね。明太子が好物で、チーズが苦手。小学生の頃に貰ったウナギのぬいぐるみに『カバヤキ』って名前をつけて、今も大事に取ってある事とか……」

「キャーッ! 人のプライベートを暴露しないでください! だいたいカバヤキを今も持ってる事まで、どうして知ってるんですか⁉」

数年会っていなかったから、知らないはずなのに。

だけど久しぶりに会ってよーく分かりました。葉月君と話をするとペースが乱れるというか、凄く疲れます。

だけど彼はよそに行く気はないみたいでちゃっかり居座ってきて。途中、椎名さんがお手洗いに行くと言って席を外すと、彼と二人きりになります。

「そういえば今朝から気になっていたんですけど、どうしてうちのクラスに転校してこれたんですか。二年生のはずですよね?」

「ああ、実は向うで遊びまくってたら出席日数が足りなくなっちゃって。留年してるんだ」

「遊んでたって、何しに四国まで行ったんですか。まさか祓い屋の仕事までサボっていたんじゃないですよね?」

「うーん、たぶん大丈夫。かな?」

たぶんって何ですかたぶんって! もう、強くなってくれてないと困りますよ。

だって彼はずっと、私が超えるべき目標だったのですから。サボって弱くなったなんてなってたら、本気で怒りま…………ピコン!

「あ、スマホに連絡が来た。今夜トモと一緒に、K峠に行けってさ」

さっきまでの緩い表情から一転。急に目つきが鋭くなる葉月君。

どうやらお仕事のこととなると、ちゃんと真面目になるみたいです。

「了解です。それはそうと、これから本当に、葉月君と組んで仕事をするんですね」

「なに、不満?」

不満じゃないですけど……。

この前霊を祓いに行ったら、依頼主である大場さんに襲われたあの事件。その後私は正式に、葉月君と組んで仕事をすることが決まったのです。

女の子一人だと、やっぱり色々と心配だと言われて。

「自分の身も守れなかったことが、情けないです」

「ひょっとして、この前のこと気にしてるの? 大丈夫だって、失敗した分は次で取り返せばいいんだから。今夜は期待してるよ」

元気付けるように、バンバンと背中を叩いてくる葉月君。ええ、期待に応えてみせますとも。 

これ以上格好悪い姿を見せるなんて、我慢できませんから。

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