祓い屋

君も? 今、君もって言った?

それじゃあもしかしてこのお姉さんにも、あのモヤが見えているの?

突然の事に混乱していると、お姉さんの隣。倒れていた狼が、ヨロヨロと起き上がってくるのが見えた。

「あ、危ない! 横、横を見てください!」

「むう、話くらいゆっくりしたいのに。仕方がない、先に片付けちゃおう……浄!」

凛とした声と共に、彼女は狼に向かって人差し指を向ける。

するとどうだろう。伸ばした指先がぽわっと光ったかと思うと、それは徐々に明るさを増していって。立ち上がった狼を、光が包み込んだ。

え、え、ええっ⁉ いったい何がどうなってるの?

でもビックリはしたけど、不思議と怖いという気持ちはわいてこなくて。そしてお姉さんは光を放つかたわら、わたしに話しかけてくる。

「お嬢ちゃん、君はコイツの正体が何なのか知ってる?」

「えっと、ごめんなさい、わかりません。首無し地蔵の周りのモヤが、化けたんですけど」

「首無し地蔵か。ずいぶんな名前をつけられたものね。単に地震で倒れた際に首が取れて、修理できずにいるだけのお地蔵さまだっていうのに」

「へ?」

不気味なお地蔵さまだって思っていたのに、真相はそんなものなの?

でも待って。それじゃあ、このモヤはいったい何?

「これはね、人の思いが集まって生まれたものなんだよ。首無し地蔵なんて言うと、怖いイメージがわきがちでしょ。不気味だ、近づくと呪われるんじゃないかっていう悪い思いがたまっていくと、コイツのようなモノノケが生まれることがあるの。けど、もう大丈夫だから」

その言葉通り、光に包まれたモヤは徐々に小さくなっていって。やがてはじめから何もいなかったみたいに、細かい粒になって四散した。

すごい。これって、お姉さんがやったんだよね。ポカンと口を開けていると、お姉さんはわたしを見て微笑んだ。

「さあ、これで浄化完了。ところで君……」

「あ、見つけたぞ転校生!」

お姉さんが何か言いかけたけど、飛んできた怒声がそれを遮る。

声のした方に目を向けると……いけない、ケンタくんたちだ。

田んぼの向こうから走ってきた彼らは、怒った様子でわたしに言いよってくる。

「さっきはよくも突き飛ばしてくれたな!」

「ご、ごめん。けどあの時はモヤが襲ってきたから仕方なく」

「またわけのわかんない事言いやがって。おい、やっちまおうぜ」

やっぱり、分かってはくれなかった。どうしよう、せっかくモヤから逃れられたのに!

だけど怯えていると、お姉さんがわたしたちの間に割って入る。

「はいそこまで。君たちねえ、女の子をよってたかっていじめるのは、どうかと思うよ」

助けてくれるの?

救世主の登場にわたしはホッとして。逆にケンタくんたちはバツの悪そうな顔になる。

だけどそれも一瞬。すぐにさっきの勢いを取り戻した。

「なんだよ、あんたは関係ないだろ」

「そうだそうだ。俺たちはそいつに用があるんだ」

相手が大人でも態度を変えないケンタくんたち。これにはお姉さんも、困った顔をする。

「そう言わずに、ここはあたしに免じて穏便に……」

「うるせえなあ。引っ込んでろよオバサン!」

「オバ……」

まるで聞く耳を持ってくれないケンタくん。だけど『オバサン』って口にした瞬間、お姉さんの目の色が変わった。

「ふっ……ふふふ。言うことを聞いてはくれないか。なら仕方がない、どうやら教育的指導が必要みたいだね」

まるで突然冬にでもなったみたいに、ゾクゾクとした寒気を感じる。

お姉さんはニッコリと笑っているように見えるけど、目は全然笑っていなくて。モヤに襲われた時よりも、ずっと恐ろしい何かを感じる。

そしてそれはケンタくんたちも同じだったみたいで。お姉さんを見る彼らの表情は、恐怖で凍りついていた。


……それからはもう大変だった。お姉さんの言う教育的指導。それは厳しくて激しくて恐ろしくて、とても言葉にできるものじゃなかったの。

庇われているわたしでさえこうなんだもの。指導を受けたケンタくんたちの表情は恐怖に凍り付いていて、それはもうひどい有り様。

「ご、ご、ごめんなさい。もう二度と、いじめたりしましぇん!」

「ごごろがらはんぜいじでいまずー!」

「どうか許してくださいオバ……お姉さん!」

三人とも泣きべそをかきながら、ガタガタと震えていて。反対にお姉さんは、満足気な笑みを浮かべている。

「そうかいそうかい、分かってくれて嬉しいよ。反省してるなら、もう行ってよし」

「「「は、はいぃーーっ!」」」

ケンタくんたちは怯えた様子で去って行って、後には私とお姉さんが残された。

「さて、それじゃあ今度は君の番だけど」

「は、はいっ!」

「ふふふ、そう緊張しなくてもいいよ。ねえ、君はさっきの怪物が見えていたんだよね。と言うことは、幽霊や妖怪が見えるんでしょう。あたしと同じで」

やっぱり、このお姉さんも見える人なんだ。

自分以外の見える人に会ったのなんて、これが初めてで、思わず胸がドキドキと鳴る。

「少しお姉さんとお話ししない。なんならジュースでもお菓子でも、何でもごちそうしちゃうから、ね?」

身を屈めてわたしの顔を覗き込みながら、手を差しのべてくるお姉さん。

言葉だけ聞くと、絶対について行っちゃいけない人みたいに思えるけど、初めて会った同じものが見える人。わたしももっと、お話ししたいという思いがあふれてくる。

「それじゃあ、ちょっとだけ」

わき上がってくるドキドキを抑えながら、差し出された手を取った。


それから近くにあった公園へと場所を移して、二人してベンチに腰を下ろす。

まずはどうしてモヤに追いかけられていたのか、その経緯を説明していく。イタズラをしたのはケンタくんたちなのに、なぜかわたしが追いかけられちゃったんだよね。

「なるほどね。けどさっきの男の子たち、助ける必要があったの? こう言っちゃなんだけど、君にイジワルをしてくるような子たちでしょ」

お姉さんの言うことが、わからないわけじゃない。元々仲が良いわけでも無いし、助けたところで信じてもらえないもの。けど。

「誰かが危ない目にあうのは、嫌だから……」

前の学校にいた時、悪い霊を見ても気づかないふりをして放っておいた事があった。どうせみんなに言っても信じてくれないって、自分に言い聞かせながら。

だけどそしたら、その霊のせいでクラスの女の子が大ケガをして。もしもあの時動いていれば、こんなことにはならなかったかもって、すごく後悔したの。

だからわたしは、見過ごすなんて出来ない。たとえ相手が、イジワルな男子だったとしても。

この事は今まで、誰にも話してなかったけど。話を聞いたお姉さんは、うんうんと頷いた。

「そっか。君は誰かが不幸になるのを、放っておけない子なんだね。そういうの、好きだよ」

「あ、ありがとうございます」

「けど、さっきのは無茶しすぎ。もしもあたしが来なかったらどうしてたの? 誰かを助けたいって思うなら、力がなくちゃ」

「それは……ごめんなさい」

確かにその通り。見えはするけど、何もできない自分が情けなくて、泣きそうになる。

わたしもお姉さんみたいに、強かったらよかったのに。見えるだけじゃ、意味がないもの。

「それじゃあ、今度はあたしの話をしようか。実はあたしが通りかかったのは偶然じゃないの。あの首無し地蔵にたまった悪い気を、祓いに来たんだよ。お姉さんはね、悪霊とか怨念とか、成仏できずにさ迷っている霊を浄化させるお仕事をしている、祓い屋だから」

「祓い屋?」

初めて聞く言葉。さっきお姉さんがモヤを消すことができたのは、祓い屋だからなの?

わたしは逃げることしかできなかったのに、祓い屋ってすごいや。

「ねえ、君さえよければ、あたしの元で修行してみる気はない? そうすればさっきあたしがやったみたいに、悪い気や霊を祓う事ができるようになるよ」

「わ、わたしがですか⁉ 無、無理ですよそんなの」

「無理じゃなくするために、修行するんだよ。君には素質がある。見えるだけじゃなくて、不幸になる人を放っておけない、力になりたいって思えるのは、立派な素質だよ。もちろん、君のパパやママとも相談しなきゃいけないけど」

「え、ええと。実はパパとママは……」

もう亡くなっていて、今は親戚の家でお世話になっていることを話す。

おじさんおばさんは、幽霊が見えるなんて言うわたしの扱いに困っているけど、それでも見捨てずに養ってくれていて。できれば心配はかけたくない。だけど……。

「修行したいです。おじさんたちには心配かけちゃうかもしれないけど、強くなりたいから」

「よし、そうと決まれば、おじさんたちとも話をしなくちゃね。それに、君の事をもっと教えてくれるかな。これからどんどん、お互いの事を知っていかないとね」

嬉しそうに顔をほころばせながら、ぎゅっと抱き締めて頭を撫でてくれるお姉さん。

お互いの事を知っていく。そんなお姉さんの言葉を聞いて、自然と涙が溢れてくる。

今まで「はじめまして」と挨拶をした時が人との距離が一番近くて、その後はだんだん離れていく。そのはずだったけど。

お姉さんと一緒なら、そんな自分を変えることができるのかな?

「よ、よろしくお願いします」

「こちらこそよろしく。そうだ、まだ大事なことを教えていなかったね。火村ひむら悟里さとり、それがあたしの名前だよ。君は?」

「知世……水原知世です」

後にして思えば、この出会いが運命の分かれ道。

それからわたしは、修行と言う名の悟里さんの暴走に振り回されたり、いけ好かない兄弟子と出会ったりするわけだけど。それはもう少し先のお話です。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る