<3.通貨と金>
「こんにちは、倉本くん」
『おー、ハヤサカもいたのか。こっちは夜だから、こんばんは、だ。ひさしぶりだな、元気にしてたか……って、死んだ人間が言うことじゃないか』
どうでもいい雑談を咳払いで打ち切り、俺はさっそく本題に入る。
「お前が言っていた金儲けの方法だが――」
『あっ、それなんだけど』しかし、今度は陽介のほうが話にストップをかけた。『先に、ちょっと言っておきたいことがあるんだ』
「なんだよ、重要なことか?」
『ああ、すげぇ重要。実は金が増えた。増えたっていうか、増やすアテができた』
思わぬ展開に、俺と早坂は顔を見合わせる。資金は多いに越したことはない、確かに重要な事柄だ。
「どういうことだ。何があった?」
『このあいだ、兄貴と早坂のおかげでドラゴンを倒せただろ。そのとき、仲間の一人がドラゴンの死骸から肝の一部を切り取って保管してたんだ。ドラゴンの肝は薬の材料になるらしくて、同じ重量の金塊と交換されるぐらい貴重な品なんだってさ。そいつを売れば、大金を手に入れることができるってわけ』
「へえ、それはいくらになるんだ?」
陽介はもったいぶって、たっぷりとじらしてから答える。
『なんと、4,000ピムは固いってさ。交渉次第ではもっと上がるかもしれない』
4,000ピムは、日本円に換算すると四百万相当。かなりの額だ。
これで陽介は1,800ピム+4,000ピム持っていることになる。目標金額の20,000ピムにはまだ遠いが、転売で儲けるための軍資金は多ければ多いほどいい。
「そりゃ、すごいな。それだけあれば心強い」
『おっ、その様子だと何かいい案があるんだな。早く教えてくれよ』
「ああ、わかった。じゃあ、説明するぞ――」
須間考案の転売計画を、陽介に伝える。俺の解説では心許ない部分は、早坂が補足して説明してくれた。
二人がかりで、過不足なくしっかりと指南する。わりと自信はあったのだが……どういうわけか、陽介の反応はかんばしくない。
仲間の知恵袋であるエルフとも協議して、陽介は若干申し訳なさそうに言った。
『ダメだ、兄貴。それ、うまくいきそうにない』
「どうしてだよ、何が気に入らない。勇者だからあくどいマネはできないって、甘いこと言うんじゃないだろうな」
『ちげーよ。そういう問題じゃない。ガキじゃないんだ、そんな舐めたことは言わない!』
「じゃあ、どういう問題なんだよ!」
互いにヒートアップして、スマホ越しに兄弟ケンカが勃発しそうになった。
慌てて早坂が止めに入る。むこうでも、エルフが制止しているようだった。
「えっと、倉本くん。どうしてダメなの?」
落ち着いた声色で、早坂が改めて質問を繰り返す。俺には任せておけないと思われたのかもしれない。失礼な話だ。
『どうしてって、兄貴の案だと事前に情報を仕入れなきゃいけないんだろ。そんなコネはないし、もしあったとしても、転売のための買い占めは、絶対にムリだ。そっちがどんな想定をしているのか知らないけど、こっちはでかい町にいるんだぞ。どれだけ店があると思う、全部をカバーなんてできっこない』
それは、まったく考えもしなかった問題だった。町の規模なんて、一切頭に浮かばなかった。
そもそも場所の指定がなかったのでしかたないと思うが、考慮すべき条件であったとも思う。
「倉本くん、どれくらいの規模の町か教えてくれる?」
『正確なことはわからないけど、人口五万はいる地方都市だ。こっちの世界だと、かなりでかい部類に入る町だな。俺が転生して生まれた村なんて、百人にも満たないちっぽけもんだった。そういうのがたくさん点在しているなかに、この規模の町があるわけだから、どんだけすごいことかわかるだろ。異世界の大都会だよ』
現代の基準で考えると、五万人都市は特段大きいわけではないが、都市機能が発展途上のファンタジー世界では、陽介の言うように大都市ということになるのだろう。
いまになって思うのは、商人(奴隷商)が買い手のいない町にわざわざ出向かないということ。経済・商業の面も俺が想像しているより、ずっと進歩的なシステムを構築しているのかもしれない。
一度計画を白紙に戻し、根本的に検討しなおす必要がありそうだ。
『なあ、兄貴。他にやれそうな金策はないのか?』
俺も早坂も返答に詰まり、気まずい沈黙が流れる。無茶な条件をくぐり抜けられそうな須間の案に満足して、代案の用意などしていなかった。
現状どうすることもできない。視線で早坂と協議して、結論を導き出す。
「陽介、もうちょっと待ってくれ。もう一回、ちゃんと考えなおす」
それしか方法はない。そう思って、先延ばしを申し出た直後のことだった。
「ちょぉっと待ったぁ!!」
いきなり扉が開き、特徴的なイントネーションの大声が準備室に響く。
突然のことに驚いて、俺はイスが転がり落ちそうになった。早坂は驚愕のあまり、ありえない角度にメガネがズレている。
開いた扉は、廊下に向いたものではなかった。隣の理科室と直結した内側の扉だ。そこから、あらわれたのは――
「須間、な、なんで?!」
脱色した髪をかきあげながら、準備室に入ってきた須間千里は、机に置かれたスマホに目を落とす。
「なんか怪しい動きしてるから、こっそり追っかけてみたんやけど、ずいぶんとけったいなことしとるみたいやな」
知らぬ間に監視されていたらしい。理科室側から入ってきたということは、そちらに回って聞き耳を立てていたのだろうか。
『えっ、どうしたんだよ。兄貴、何があった?』
「お前は黙っとれ。話はあとや!」
『何この関西人……』
怒鳴りつけられて異世界の勇者も動揺する。関西弁はやはり迫力がある。
須間は机に尻を乗せて、足組しながら俺と早坂を交互に見た。恐れる理由はないのだが、雰囲気で二人とも縮こまる。
「どうなってんのか説明してもらおか。これが、あんたらの言ってたゲームの正体なんか」
「いや、その、なんて言うか……あの、まあ、あれだ」
「男やろ、しゃっきりせんかい。キンタマついとんのか!」
下品なののしりが伝わったらしく、陽介はのんきに笑っている。
須間は短く息をつき、冷めた目つきで俺を見た。昼はくっきりと引かれていたアイラインが、微妙に崩れている。
「なんや、勇者とか異世界とか、ようわからんこと言うとったけど、それはホントにゲームの話なんか。そんな感じやないふうに聞こえたけどな」
ごまかそうにも、この状況でどんな言い訳なら通用するのかわからない。
俺はちらっと早坂に目をやり、救援が期待できそうにないことを確認すると、観念してこれまでの経緯を説明した。
当初こそ斜にかまえて話を聞いていた須間だが、次第に驚きと疑念で表情が強張り――最終的には、渇いた笑い声をもらしていた。いきなり転生や異世界の話をされても、理解できるとは思えない。当然の反応と言える。
須間は天井を仰いで考えをまとめ、ゆっくりと顔を下ろす。
「なんで、最初にそのことを言わへんかったん」
「信じてもらえるとは、思えなかったから……」
「まあ、そらそうか。こんな突拍子もない話、誰も信じるわけないわな」
言葉とは裏腹に、どこか含みのある口調だった。
早坂は身を乗り出し、期待に満ちた視線を向ける。レンズ越しの輝く目に、須間は呆れ混じりの苦笑を浮かべた。
「倉本だけなら信じひんかったやろうけど、メガネちゃんも認めてんならギリギリ飲み込めんこともない。まだ半信半疑ってところやけど、とりあえず倉本の弟が異世界に転生したってテイで話をあわせてやるわ」
回りくどい言い方だが、一応は信じてくれるということだろうか。
「協力してくれるんですね、千里さん!」
「協力と言うても、異世界の金儲けが可能かどうかはまだわからんよ。弟くんに、いくつか聞いてみたいことがある。ええな、弟くん――」
スマホに向かって声をかけるが、どうしたことか返事はない。
不安になって俺が呼びかけると、「おい、陽介。何かあったのか?」
『あ、ごめん。聞いてなかった』と、ノーテンキな声が返ってきた。
須間はキレた。
「誰のために、こんなことやってると思とる。耳かっぽじって、ちゃんと聞いとかんかい、ワレェ!」
『こわっ……』あまりの怒号に、勇者も震えあがる。『こっちはこっちで大変なんだよ、関西弁の姉ちゃん。そっちの話がつくまで、
まだ理解しきれていない魔法の仕組みでさとされて、須間は少し面食らったようだ。おかげで振り切れていた怒りのゲージが、冷静に話せるラインまで引き下がった。
須間はわざとらしい咳払いで、場を仕切りなおす。
「弟くんに聞きたいんは、通貨の出どころ。どこが発行して管理しとるんや」
『えっ、そんなこと急に言われても……。どこだろ、考えたこともなかった。よくわからないけど、国かなぁ?』
「わからへんかったら、知ってるヤツに聞いてきィ」
スマホから陽介が慌ただしく動き出した様子が伝わってきた。知恵袋のエルフも、把握していない事柄だったらしい。
しばらくして、息を切らせた陽介の返答がきた。
『金は、オレらがいる王国が作ってるみたいだ。いままで意識して見てなかったから気づかなかったけど、1ピム銅銭に初代国王の名前が刻まれてる。どこかに国王直轄の貨幣鋳造工房があると、もっぱらのウワサ――って、商人のオッサンが言ってたぞ』
「その金は、弟くんが生まれたしょぼい村でも使えたんか?」
『しょぼい言うな! 使えたよ、一応使えはしたけど、田舎だから流通も信用も足りないみたいで、半分以上現物交換が主流だった』
転生した故郷にも愛着はあるようで、陽介の声に怒りがにじむ。
「ふーん、なるほどなぁ」
須間は不敵な笑みを浮かべて、思わせぶりにつぶやいた。
何やら納得したようだが、何が判明したのかオレには皆目見当もつかない。早坂も困惑気味に眉根をよせていた。
「じゃあ、次は――」
『ちょっと待った。まだあるのか、もう
「だったら、尽きる前に答えてや。そっちでも
『き、きんほんいせい? 何それ?』
動揺して声を震わせた陽介に、須間は小さく舌打ちを鳴らした。
「説明しとる時間はない。
一瞬の沈黙のあと、陽介はエルフに同じ質問をぶつけていた。
かすかに聞こえるエルフの声には、少々戸惑いがこもっている。こんな質問を受けるとは思ってもいなかったのだろう。
『固定だって。1グラムにつき――』
ここでプツリと通信が切れた。ギリギリのところで間に合わず、魔力が尽きたようだ。
「最後まで聞けなかったけど、大丈夫か?」
「別にええよ、知りたかったんは金本位制かどうかってことだけやし」
須間が何を読み解こうとしているのか、まるでわからない。もやもやした不安が胸に残る。
「あの、千里さん。金本位制って、通貨価値の基準を
俺が聞きたかったことを、早坂が代わりに簡潔かつ的確にたずねてくれる。重要なのは、その点だ。そこにいたる過程を理解するのは、もうあきらめた。
しかし、須間は肩をすくめるだけで、なかなか答えようとしない。
辛抱できずに問い詰めようと身を乗り出した瞬間、ようやく須間は口を開く。そこで、とんでもないことを口走った。
「さあねぇ、まだなんもアイデアが浮かばへん。どないしたらええんやろね」
「おい、さっきまでの質問はなんだったんだよ。アイデアがあるから聞いてたんじゃないのか?!」
「異世界の経済水準を知りたかっただけや。でも、だいたいのことはわかったし、一晩考えたらいい案が浮かぶんちゃう、知らんけど」
どこまで信じていいものやら。俺はがっくりと肩を落として、同じく不安げな早坂と顔を見合わせるのだった。
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