<3.ドラゴンって何?>
通話をハンズフリーに切り替えて、俺は電話に出た。スピーカーからノーテンキな声が流れてくる。
『よお、兄貴。ドラゴンの倒し方見つかったか?』
転生して肉体的には元の陽介とは別人となっているので、声の質は当然違ってくる。それでも兄弟として生まれ育った俺は、口調や雰囲気でこれが陽介だと感じ取ることができた。
しかし、早坂はどう感じただろうか。眉根をよせた複雑な表情からは、どちらとも判断できない。
「お前、すぐには電話できないって言ってなかったか。こんな短時間で見つかるわけないだろ」
『は、短時間?』陽介の声に困惑がこもる。『何を言ってんだ。必死に準備して三日もかかったんだぞ』
一瞬意味がわからず言葉がつっかえた。しばらくして、時間のズレに思いいたる。
「マジか。こっちは朝かかってきて、まだ夕方だぞ。半日もたってない」
『やっぱり、こっちとそっちじゃ時間の流れが違うのかな。次元の壁を越えるとき、通信魔法の回線が歪んじまうってことも考えられるか。まあ、どっちでもいいけど』
そう言って、陽介は時間のズレの問題を放り投げた。転生してもノーテンキなところは変わらない。
「センパイ」と、早坂が小声で呼びかけ、遠慮がちに俺の腕をつつく。
兄弟の会話を聞いていた早坂は、困惑を眉の形であらわしていた。メガネの奥でつぶらな目が、小刻みに揺れている。
動揺するのは当たり前だ。もし立場が逆だったなら、俺も似たような反応に陥っていたことだろう。
「ほ、本当に倉本くんなんですか?」
「直接本人に確認してみるといい。正直言って俺も、まだ信じきれない部分がある」
早坂はおそるおそるスマホに顔をよせて、かすかに震える唇を開くが、呼吸音がもれるだけでなかなか切り出せないでいる。
先に声をかけたのは、陽介のほうだった。
『ん、誰かいんの?』
スピーカーから届いた声に、早坂はビクッと肩を強張らせた。一度困り顔を俺に向けたあと、意を決して話しはじめる。
「も、もしもし、聞こえますか……」
『ああ、聞こえるぞ。あんたは誰なんだ?』
「早坂です、早坂満。倉本くんと同じクラスだった、早坂――」
しばし沈黙が流れる。こちらから見ることのできない異世界で、陽介はいったい何をしているのか、完全に声は途切れた。
接続が切れてしまったのかと疑ったが、通話のランプは灯ったままだ。
『あー、悪い』たっぷりと間を置いて、ようやく陽介が話しはじめた。『まったくおぼえてない』
「おい、失礼だろうが。クラスメイトをおぼえてないって、なんだよ!」
『そんなこと言ったって、俺が高校に通ってたの一学期だけだぞ。それで死んじまったから、そりゃ付き合いのないヤツだっている。クラスメイト全員と仲良く親しくなんて、小学生じゃないんだ、ありえないっての』
それはその通りだが、少し引っかかるものがある。そうなると、早坂は接点のないクラスメイトの兄に親身になってくれたことになる。いくらケガ人といっても、普通そこまでするだろうか?
ちらりと早坂を見ると、なんとも言えない苦笑を浮かべていた。どう判断していいものやら。
そのとき、ふと思った。陽介は早坂を知らなかったが、逆は違った――早坂は、陽介をしっかりと認識していたのだ。もしかすると、早坂は一方的な片思いをしていたのではないだろうか。
腹立たしいことに、陽介は意外とモテた。このノーテンキな男のどこがいいのかわからないが、ラブレターやバレンタインチョコを、よくもらっていたのをおぼえている。
早坂が陽介に片思いしていたなら、俺に対する親切も納得できる……気がした。
「俺の言ってたことが本当だって、わかってくれたか?」
「……はい、彼は倉本くんだと思います」
ほんの少しためらいを含んだ顔であったが、早坂は小さくうなずく。
まだ心底信じきったわけではないのかもしれないが、とりあえず、いまはこれでいい。
『えっと、それで、そのハヤサカが、どうしてそこにいるんだ? 兄貴、ナンパでもしてたのか?』
「ふざけんな、バカ。早坂は図書委員で、お前が無茶ぶりしてきたドラゴン退治の方法を探すの手伝ってくれてるんだ!」
『そうなんだ。そりゃありがたい――でも、成果はないんだよな』
俺はため息をついて、苛立ちを髪をかき乱すことで発散した。早坂は一層深く苦笑する。
「あのなぁ、ドラゴンなんて存在しない生き物を、どうやって調べりゃいいんだよ」
『ドラゴンは存在するぞ、こっちの世界には』
「そっちのことは、そっちで解決しろよ。存在しているなら、そっちのヤツのほうがくわしいだろ」
『つれないな、兄貴。どうもできないから兄貴に頼ってるってのに、少しはオレに協力してくれよ』
話は平行線をたどり、一向におさまらない。それを見かねたのか、早坂が遠慮がちに割り込んできた。
「倉本くん、ドラゴンってちゃんとした生き物なんですか?」
『なんじゃ、そりゃ。ちゃんとしてない生き物なんているのか』
「えっと、センパイから聞いた話だと、四足歩行なのに羽があって飛ぶんですよね。形状的に空を飛べるようには思えないし、そもそも手足の他に羽まであるっておかしくないですか。昆虫なら、そういうこともあるのかなと思うけど、ドラゴンって実は昆虫的な生き物だったりするんですかね」
『ご、ごめん、いきなりワッと言われたら混乱する。一つずつ解いていこう……』
早坂の思わぬ質問攻めに焦った陽介は、仲間の知恵袋だというエルフを呼んで解説を頼んだようだ。
エルフという亜人種もいることを、このとき知る。
『まずドラゴンがどうして飛べるのかってことだけど――』陽介はエルフに説明を聞いて、それを答える。『ドラゴンは
俺と早坂は顔を見合わせて、困惑を共有する。魔法のない世界に生きる俺達にとって、いまいちピンとこない説明だ。
「魔力って、どういうものなんだ。陽介にもあるみたいだけど、生き物は全員持ってるのか?」
『保有量に差はあるけど、だいたい
「元素って、水兵リーベ僕の船――の元素?」
いきなり陽介は声をあげて笑う。突然笑いだした仲間の姿に、エルフが驚いている様子が伝わった。
『うわ、なつかしいな。水兵リーベ僕の船、そんなのあったなぁ』
転生した陽介にとって、元素記号の語呂合わせも郷愁を誘う呪文になったようだ。楽しそうな声色の奥に、せつない感慨がひそんでいる。
もっと浸らせてやりたいところだが、いまはドラゴンの話が先決だ。
「その魔力っていう元素を使えば、空も飛べるわけか」
『まあ、簡単に言うと、そういうことになるな。
どこまで理解できたかは微妙なところだが、それでも、無理やり噛み砕いて自分を納得させるほかなかった。
ドラゴンが飛べるのは、魔力(魔法)のおかげ――とりあえず、そのことだけは認識する。
『そんでもってドラゴンの羽のことだけど、飛んでるときに体勢を安定させたり向きを変えるのに使ってるのを見たおぼえがある。飛行機の尾翼みたいな役割なんだろうな。羽が生えてるのが不自然って意見は、正直びっくりした。こっちのモンスターには、ワケのわからん角だの牙だのフツーに生えてるから、そういうもんだと深く考えたことがなかった』
どういう用途があって備わったのか不明な肉体的特徴を持つ動物は、地球上にもたくさんいる。単に俺の知識不足ということもあるだろうが、生き物はそういうものなのだと深く考えることはなかった。そういう意味では、陽介の言っていることはよくわかる。
ゲームやアニメで刷り込まれたドラゴンという存在が対象なら、なおさら羽があろうと火を吹こうと疑問に思わず受け入れやすい。
『見た目は爬虫類系だな。なんか恐竜は鳥の祖先って話を聞いたことあるけど、そんな感じでまったく違う種類の可能性も考えられるか。ただ昆虫ではないことは確かだと思う。さすがに虫の要素があったら、オレでもわかる』
イメージの問題だが、ドラゴンが虫だとちょっと嫌だ。
エルフが何やらささやいている声が、かすかに届いた。わざわざ陽介を介さず、直接話せばいいのにと思ったが、きっとできない理由があるのだろう。よけいな口出しはしない。
『ドラゴンは卵生らしいぞ。繁殖期は数百年に一度だってさ。知能は高いそうだが、あいつらもエロいこと考えたりすんのかねぇ』
唐突に差し込まれた下ネタに、早坂は眉間にしわをよせている。むこうでもエルフが文句を言っているようだ。
バカな話に付き合うのは、やめておいたほうがよさそうだ。こぼれそうになっていた下世話なジョークを、ノドを鳴らして飲み込む。
「とにかく、ドラゴンがどういうものか、おおまかにはわかった」
「その世界の生態系がどうなっているのか、ちょっと気になりますね。ドラゴンの起源とか、進化の過程とか――統括して考えると、ドラゴン学って面白いかもしれないです」
『いやいやいや――』陽介が声を荒げてつっこむ『お前ら、当初の目的忘れてないか?!』
忘れていたわけではない。いわば現実逃避だ。
ドラゴンのことを少しばかしわかったところで、攻略の糸口など見つかるはずもない。俺も早坂も、お手上げ状態だ。
『もう倒す方法までは期待しない。せめて火の対処法だけでも考えてくんないかな。ドラゴンは火が、一番厄介なんだ。ゲームなんかだと火も打撲も切り傷も、どんな攻撃だろうと一律ライフが減るだけで同じだけど、実際はそうじゃない。傷によって、処置法は変わってくる。なかでも火は、めっちゃくちゃつらい。ヤケドは本当にやばいんだ』
ケガに関しては当たり前の問題なのだが、ファンタジーな異世界であることを思うと、その厄介さを見落としてしまう。
現実と同じ――ケガや病気や死と隣り合わせの世界であることを、ここにきて考えさせられる。
「防火服の作り方でも調べてみるか……でも、そっちで材料が集まるとはかぎらないよな。そもそも防火服で、魔法の火を防げるのかって疑問もある」
『ドラゴンの吹く火は、魔法じゃないぞ』
「えっ、そうなのか?」
『原則的に魔法は二つ同時に使えないものなんだ。
コンロ一つ、フライパンも一つ、料理を同時に作ることはできない――そんな感じだろうか。
ドラゴンの火が、俺の認識している火と同じものなら、現代の火災対策が通用する可能性はある。ただ、その方法はまったく浮かんでこない。
『ドラゴンの体内には火袋があると言われているんだってさ。どこまで本当かはわからないけど』と、エルフの話を、陽介が伝える。
不可解そうに首をかしげていた早坂が、ためらいがちに質問を足した。
「あの、ドラゴンが吹く火は、どういう形状なんですか。センパイに聞いた話では、火炎放射器ってことですけど、持続的に火を吐きつづける感じなんでしょうか?」
『それはたとえであって正確じゃない。どちらかと言えば、火の玉って感じだった。口からでっかい火の玉を放って襲ってくる』
「火の玉……」
何に引っかかっているのかわからないが、早坂はアゴに手を当ててまた首をかしげる。
火の形状の違いに、どんな意味があるのか俺にはチンプンカンプンだ。
『あー、兄貴、そろそろ魔法が切れそうだ。次の連絡まで、攻略法をしっかり考えといてくれよ。えっと、ハヤ、ハヤカワも頼むな!』
「早坂だってぇの。本当に勝手なヤツだ」
俺は通話の切れたスマホにぼやく。
その様子を見て、早坂が小さく声をこぼして笑った。彼女はメガネを支えながら、穏やかに微笑んでいる。
「やっぱり兄弟ですね。よく似てる」
「どこが。そんなこと言われたのはじめてだ」
ノーテンキな陽介と似てると思われるのはマジで心外だった。
わりと本気でムッときたが、早坂を見ていると毒気を抜かれて不満はうすれる。
「悪いな、変なことに巻き込んじゃって。気にせず忘れてくれていいぞ。俺も忘れたいくらいだ」
早坂は笑顔で首を振り、きっぱりと言いきる。
「いいえ、センパイ、やります。わたし、本気でドラゴンのこと考えてみようと思います!」
なぜ、そこまでやる気になったのか――まるでわからなかったが、糸口のつかめない状況だ、前向きな後輩の言葉はとても頼もしかった。
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